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6 病に倒れようとも、君は(前編)


 ――リュートが、倒れた。


 その異変を教えてくれたのもまた、マイラの作った共鳴石であった。

 夏の終わりの頃のある日。突然共鳴石が真っ赤に染まり、マイラの胸元で燃えるような熱を持ち始めたのだ。


 慌ててリュートの元へと駆けつけたマイラの目に映ったのは、粉々になった水差しと……そして、濡れた床の上で意識を失ったリュートの姿。

 彼はこの困難を、一人で解決しようとしていたらしい。ベッドの周りには既に食べ物や着替え用の衣服が準備されていた。そして最後の水の用意……というところで、力尽きて倒れてしまったのだろう。


 ――どうして私を……もしくは私でなくても良いから誰かを、頼ってくれないのか。

 その光景を前にして、マイラの胸に打ちひしがれた想いが広がっていく。悔しさに唇を噛みながら、リュートを抱き起こしてひとまずの応急処置を始めた。


 しかし。

 そのざっくりとした治療を進めていく過程で、マイラの眉間の(しわ)はさらに深く刻まれることとなったのだった……。




「マイラの見立て通り、ヴェール熱で間違いないわ」


 リュートの症状を見てマイラが真っ先に行なったのが、かつての仲間である聖女セラを呼び寄せることであった。

 稀代(きだい)の治癒の使い手と評されている彼女は、手早い診察を行なうと簡潔に結論を述べる。


「ヴェール熱……リュート、この国の人間じゃないものね」


 マイラの相槌(あいづち)に、苦いものが混じった。自身の見立てが間違っていることに賭けたかったが、現実は非情だ。目の前のセラも厳しい顔で頷く。


「普通は子供の頃に(かか)っとくものなんだけどね……一度罹れば二度とヴェール熱に罹患(りかん)することはないし、回復すれば身体も強くなる。だから子供の内のヴェール熱は、喜ぶものなんだけれど……」


「大人になって罹るヴェール熱の、回復割合ってどのくらい?」

「六割くらい……ってところかしら。ただ、それはあくまで最低限の生存の割合。ヴェール熱は生き残ってからの後遺症もひどいから、完全な回復という意味では……三割、ってところかな」


 ――三割。

 数字は、あまりにも残酷に現実を説明してしまう。


「なにか……なにか私たちにできることはないの……?」


 必死に(すが)るが、セラは悲しそうに首を横に振る。


「こればっかりは、ねぇ……。知ってのとおりヴェール熱は治癒魔術が効かないし、効果のある薬も発見されていない。もちろん貴女の魔術で体力の回復や周囲の環境の改善はできるだろうから、それだけでも三割という数字は上げられるとは思うけど。マイラがついていてあげるのが一番よ」


「そんな……」


 三割が四割や五割に上がるだけでは、全然足りない。

 マイラは、確実にリュートを助けたいのに。助けなければいけないのに。




 唇を噛み締めて(うつむ)くマイラを見て、セラは幼子(おさなご)を相手にするようにしゃがみこんで彼女と視線を合わせた。


「大丈夫よ、マイラ。大丈夫。勇者さまはそんな簡単に病気に負けるような方じゃないわ。体力だって十分にあるし、なにより貴女がついてる。彼だって、大好きな貴女を置いて先に旅立てないでしょ」


「……まだ、告白受け入れてもらってない」


 何故か楽しそうな顔で「あら」と、セラは口元に手を当てる。


「それなら、なおのこと死ねないわね。……もう、マイラったら……そんな顔しないで。この国の大聖女たる私が言うんだから、助かるんだって信じなさい。子供が生まれたばかりだから治療が終わったら帰るけど、明日も見にくるから」

「……うん」


 これ以上はできることはないから、と促されて、手当てを終えたマイラは後ろ髪をひかれながらも寝室を後にした。

 セラと一緒にととのえた寝室で眠るリュートの寝息は、確かに最初よりも穏やかなものになっている。しばらくゆっくりと寝かせておいてあげた方が良いのかもしれない。

 それでもリュートが心配で、マイラはソワソワと食堂の椅子に立ったり座ったりを繰り返してしまう。呆れた顔を浮かべながらも、セラはそんなマイラの前にハーブティーを差し出した。


「あの意地っ張り、まだマイラのこと受け入れてないんだ?」


 促されてコクリと一口お茶を飲む。ふわりと優しい香りが広がり、少しだけ気持ちが落ち着くのを感じた。

 椅子に深く座りなおし、マイラは小さく頷く。


「……うん。六年連続で失恋記録更新中」


「六年連続ぅ!?」


 大袈裟なほどの悲鳴を上げた後、セラははぁ、とため息をついた。


「六年間諦めないマイラもすごいけど、マイラのことを好きなくせに毎回断り続ける勇者さまも大概よね……」

「えへへ……そう見える?」

「褒めてないし、喜ぶところじゃないから」


 呆れた顔をしながらも、セラは優しい瞳でマイラを見つめる。


 一緒に旅をしている頃から、年上のセラはマイラにとってお姉さんのような存在であった。セラもまた、妹のようにマイラのことを可愛がってくれている。

 彼女になら他の人にも言えないような話だってできる。そんなことを思いながら、マイラはゆっくりと今年起きた出来事を彼女に打ち明けていった。




「なるほどねぇ……確かに勇者さまは、私たちには言えない悩みを抱えてそうだなとは思ってたけど」

「……うん」


「でもね、多分勇者さまは本当に貴女のことを思ってそういう判断をしているんだと思うわ。(はた)から見ていても、マイラへの好意はあからさまだったもの。だから貴女の気持ちを受け入れようとしないっていうのは、本当にそれなりの事情があるからで……それを貴女が知ったら傷つくから言えないんでしょう」

「そうなの……かな」


 勝手な憶測だけどね、と言ってセラは一旦言葉を切る。そして躊躇(ためら)いながらも、彼女はマイラの手をとって慎重に口を開いた。


「彼を諦めた方が幸せになるとしても……貴女は彼を選びたいの、マイラ?」

「うん」


 ――迷いはなかった。まっすぐにセラを見つめて、マイラはしっかりと頷く。


「ねぇ、セラはジルと結婚して、子供ができて……幸せ?」

「それは、もちろん。今まで生きてきて良かったって、本気で思ってる」


「私もね、そうなりたいの。その幸せを、リュートと掴みたいの。――もちろん、リュートが絶対に嫌だ、無理、って言うなら諦めるけど……今の私はまだ、そこまで彼に拒まれてるとは思えないんだ。もし困難があるとしても、彼のためなら私、どんな無理難題だって乗り越えてみせる。それだけの覚悟はしてるから」


「……そう」


 苦笑いでセラはマイラの決意を受け止めた。


「まぁ私もジルをオトすのに結構強引な手を使ったから他人のコト、言えないか〜」

「えっ、その話詳しく……!」


 久々の恋バナは、それから彼女が帰る時間までずっと盛り上がり続けたのだった……。



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