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2 六年目の星夜祭(中編)


 ――魔王を(ほふ)った伝説の勇者、リュート。


 今やこの国で誰ひとりとして知らぬ者の居ない彼だが、実のところ彼はこの国の人間ではない。そしてもっと言えば、この世界の人間ですらなかった。


 彼がここにやってきた発端(ほったん)は、今から八年前に突如として現れた「魔王」という存在にある。

 無尽蔵に魔物を生み出し、大地の生気を根こそぎ枯らし、永遠の夜をもたらす存在――魔王。その圧倒的な力を前に、人々は当時なす(すべ)もなく逃げ惑うことしかできなかった。


 もちろん、人間側にも対抗策はあった。それが魔王を斃すための神器、聖剣である。

 しかし、ここで誤算がひとつ生じた。恐ろしいことに、どれだけ手を尽くして探しても肝心のその聖剣を扱える者がいつまでも現れなかったのである。


 ――このままでは、この世界は滅びてしまう。

 追い詰められた王家は、そこでとんでもない手に打って出た。それこそが、異世界召喚……リュートがこの世界にやってきた召喚魔術である。

 聖剣を扱える者として一方的に異世界から呼びつけられ、魔王を斃す役割を押しつけられた異邦人(いほうじん)……それこそが勇者リュートと呼ばれる存在の真相であった。


(普通、縁もゆかりもない土地に突然呼び出されて、相手の勝手な都合で『魔王を斃してくれ』なんて言われても反感覚えるだけだよね……しかも勝手に呼びつけておきながら帰す手段はないとか……)


 そんな身勝手な要求にあっさりと頷いてくれた彼に、今更ながら尊敬と感謝の念を覚える。当時幼かった自分はそのありがたさがわかっていなかったが……。




「何考えてるの、マイラ?」


 声をかけられて、思い出に浸っていたマイラの意識がはっと戻った。


「勇者さまと出会った時のことを、思い出していました」

「へえ?」


 にっこりと笑んで、リュートは温かなココアの入ったマグカップを差し出す。マイラの好きな、甘さ控えめで少しだけハチミツの入ったココア。

 ――覚えてくれたんだ、とそれだけでマイラの口元が緩む。


 しかしマイラの喜びをよそに、そこで彼は涼しい顔で大きな爆弾を落とした。


「出会ったばかりというと……顔を合わせた途端、勝負を挑んできた小さな女の子の話?」

「っ! あれは本当に、若気の至りで……! 今は本当に反省してますから、あの時のことはもう……」


 六年前の当時、十二歳だったマイラは『最年少にして最高峰の天才魔導師』なんて今振り返れば恥ずかしい称号をほしいままにしていた。

 そうして狭い世界でプライドばかり大きく育ってしまった彼女はその時、出会ったばかりの彼に魔術勝負を挑み……そして、あっさりと負けたのである。


 黒歴史を掘り返されて、恥ずかしさのあまりマイラの顔には血が昇っていく。それなのに、「まあまあ」と彼は心底楽しそうな顔で言葉を続ける。


「あの時召喚されたばかりの僕は、どこへ行っても救世主さまって拝まれてばかりでさ……丁寧なもてなしは受けられたけど、誰もに遠巻きにされて孤独感に(さいな)まれていたんだ。だから、君の飾らない乱暴な歓待が嬉しかったんだよ。あれがきっかけで仲間との距離も縮まったし、あの時の君の気遣いは本当に冴えていた」

「十二の小娘が、そんなこと考えていた訳ないでしょう……」




 もうこれ以上は勘弁してくれと、マイラは強引に話題を転換する。


「仲間といえば……、他の皆さんには最近、会いました?」

「会ってないなぁ。ここに前回人が来たのは、夏に君が素材採集のついでに寄ってくれた時だよ。こんな辺鄙(へんぴ)な場所まで来るのは、君くらいさ」


「皆さん、お忙しい立場ですもんねぇ……私も直接お会いした訳ではないですけど、剣聖のジルさまには最近子供が産まれたそうですよ。騎士団長の仕事を放り出して、あかちゃんにメロメロだって噂です」

「へぇ、あの無愛想で鉄面皮だったジルが?」


「まぁ聖女セラさまと結婚される頃から、そのキャラ崩れ始めてましたけどね。セラさまもそんな訳で、今は各地の慰問を控えて王都にいらっしゃるみたいですよ。フェリル皇子は王位を継ぐためにあちこち飛び回って実績を積み上げてるようですし……暇なのは、私だけかも」


 もう六年も経ちますもんね、と呟きながらマイラはバスケットの中身を机に並べ始めた。


「そして私も……」


 仲間たちの近況についてひと通り終え、続ける声に隠しきれない喜びが滲む。今日のために用意した「アレ」を取り出しながら、マイラは堂々と宣言した。


「今年で十八になりました! 勇者さまがここに来た時と同じ年齢ですね。……これで、晴れて成人。今日は、初めて飲むお酒で一緒に乾杯してもらえませんか?」




 ――きっと断られるだろうな、とそんな提案をしながらもマイラは内心でそう予想していた。彼は、今まで一度も酒の誘いを受け入れたことがないのだ。

 最初は「僕の故郷では、まだ酒が飲める年じゃないんだ」と断っていたが、それから何年経っても彼は酒を飲もうとしない。おそらく故郷の決まりというにはただの口実で、本当は酒が嫌いなのだろう。


 ――しかし、そんな予想に反して。


「う〜ん……僕も飲んだことがないから、どこまで付き合えるかわからないけど……良いよ、せっかくの成人祝いだ。乾杯しよう」


 リュートは迷いながらも、その提案に頷いた。


「っ、嬉しいです! 初心者でも美味しく飲めるとオススメの、甘くて美味しい蜂蜜酒(はちみつしゅ)を持ってきましたので……おかずも、おつまみになりそうなものばかり揃えました!」


 思いがけない返事に、抑えきれず声が飛び跳ねる。彼の気が変わらないうちにと急いで食卓の支度をととのえ、マイラはお酒の瓶へと手を伸ばした。


 「僕にとっても……だし、ね」という彼の呟きが背中越しに聞こえる。

 しかし、思いがけない事態にはしゃいでいたマイラは、そんな独り言を完全に聞き流していたのだった。




 持ってきた瓶を傾けると、グラスの中でぽこぽこと小さな泡が立って琥珀(こはく)色の水面が揺れる。蜂蜜酒といっても香りはあまり蜂蜜らしくないんだな――そんなことを考えながら、グラスを掲げた。

 宝石のように煌めく水面の向こうに、穏やかな笑みを浮かべたリュートが見える。その幸福を噛み締めながら、マイラは高らかに声を上げた。


「それじゃ……乾杯!」



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