10 星降る夜を何度でも、君と(後編)
「と思っていたんだけど……」
と、リュートはここで一旦言葉を切った。
思いがけない情報の目白押しに固まってしまったマイラを前に、彼は困ったような顔で首を傾げる。
「その考えが、最近あることがきっかけで変わった」
「それってもしかして……私がドラゴンの巣で死にかけたこと?」
あまりの情報量に感情が振り切れてしまって、マイラの思考は逆に冷静になっていた。
彼の言う「マイラに心を奪われた」という表現や、話を続けながらも決して離そうとしない繋いだ手の感触も、今は敢えて脳内から締め出しておく。
一度でもそれを意識してしまったら、もう落ち着いて話を続けることはできなくなるだろう。
リュートは、ゆっくりと頷いた。
「……そう。僕は考えが甘かった。人は、寿命でなくても簡単に死ぬ。病気や事故や、冒険の旅路で。そのことに……気がついたんだ」
さらに、と掠れた声でリュートは言葉を続ける。
「その発見すら慢心だったということに気がついたのは、最近になってからだ。死は、他人事じゃない。僕だってそうなんだ。病気や事故で死ぬかもしれないのは、マイラと同じ。僕が君たちの死を見届けるとは、限らないんだ。そんなのは、ただの思い上がりだった」
「……私もあの頃、ヴェール熱でリュートが死んじゃうんじゃないかってすごく怖かった」
その時のことを思い出しただけでも、マイラはちょっと泣きそうだ。リュートは繋いでない方の手でぽんぽん、とその頭を優しく撫でた。
「それに気がついた時、思ったんだ。このままじゃ後悔する、って。……だから」
リュートはゆっくりと手を離すと、おもむろに居住まいを正した。びしりと背筋を伸ばし、彼は真摯な表情で切り出す。
「マイラ、君のことが好きです。今の話を聞いて嫌になったり、もう気持ちが変わったりしてるかもしれないけれど……もし良かったら僕と今夜、星降る夜を一緒に見てくれませんか」
「…………!」
思わず泣き出しそうになる衝動を抑えて、マイラは震える声で言う。
「私の方が先に老けちゃうんだよ? リュートからしたら、あっという間におばあちゃんだよ?」
「構わない。どれだけ年の差が広がっていっても、僕は君を愛し続けると約束する。君を看取る覚悟もある。……そんな日なんて、来てほしくないけど」
でも、とリュートは深呼吸をしてまっすぐに告げる。
「最後の日まで、僕はマイラと居たい」
その切なる告白を聞いて、マイラは死の淵から目覚めた時のことを思い出していた。「寿命じゃなくて唐突に君を失うなんて、覚悟ができてない」と、口走ったリュート。
今なら、その意味がわかる。彼はずっと前から、二人の間に存在する断絶について悩んでいたのだ。
――もし、自分が逆の立場だったら。
少しだけ考えてみる。彼が九十まで生きたとしても、マイラにとってそれはたった三十年――確かに、その差はあまりに大きい。
「……長生き、しなくちゃね」
ぽつりと呟くと、リュートが嬉しそうに顔を上げた。その笑顔が、直視できない程に眩しい。
「私も……リュートが好き。優しくて頑張り屋なところも、いつも穏やかに話を聞いてくれるところも、私の頭を撫でてくれるその手も。うん、私も最後までリュートと一緒に居たいです」
「っ、マイラ!」
その言葉が終わるよりも先に、リュートはガバリとマイラに抱きついていた。
テーブル越しの無理な体勢だというのに、その腕は緩められることがない。ぎゅうぎゅうとマイラの身体を抱き締める。
「ちょっとリュート、苦しい……苦しいって……!」
ぽかぽかと背中を叩いてそこからなんとか解放されると、マイラはにっこりと彼に手を差し伸べた。
「それじゃ、外へ行こう? 早くしないと、星夜が終わっちゃう」
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
――夜空は、まさに星が降り始めたところであった。
冷たく澄み切った夜空に、氷の粒のような星がいくつも散りばめられている。その動かない星たちの間を縫うように、少しずつ降星が流れ出す。
「わぁ……」
しっかりと手を繋いで、マイラとリュートは並んでその景色を見上げる。二人の吐く息が白く立ち昇って、まるで天の川のように夜空に広がった。
――やがて、ゆっくりと星が大地に降り始めた。
雪よりも優しく、ゆっくりとした速度で星は降る。蝋燭の炎より微かで、生命のように暖かな光を灯して。
「すごい、本当に星が降ってる……」
感嘆のため息と共に、リュートは声を洩らした。「流れ星のことじゃなかったんだ」と、独り言のような呟きがその後に続く。
素直な彼の反応にクスリと笑むと、マイラは胸元で手をそっと広げた。静かに待つ内に、その手に収まるように小さな光が降りてくる。
しばらく手の中で優しい輝きを放った星は、そのまま雪が溶けるようにそっと消えていった。
視線を感じて顔を上げると、そんなマイラの姿を優しい目で見下ろすリュートと目が合う。愛情の篭った、柔らかな眼差し。
甘えるようにリュートの身体に擦り寄い、マイラはそっと囁く。
「星夜の光はね、亡くなった人たちが還ってくる魂だとも言われているんだよ」
だから、と続けるこの言葉が彼の救いになるかはわからないけれど。
「来年も、再来年も、その先も……こうして、一緒に星夜祭を過ごそう。遠い未来、私が魂だけの存在になったとしても、きっとこの日は戻ってくる。戻ってきて、貴方を照らすから、だから……」
それ以上は言葉にならない。見つめ合った二人は、柔らかな星の光に包まれながらそっと唇を重ねた。
刹那とも永遠とも思える幸福の時間。
――来年も、再来年も、その先も。
マイラは胸の内で、そっと呟いた。
この幸福が永遠でないことは、知っているけれど。それでも。
――星降る夜を何度でも、君と。
これにて本編完結です! 最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
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