5* -魔法-《イノチ》
「見捨てる。」
まさかの答えに瞬間沈黙する、その後そそくさとその場から退散するように歩む蒼。
そしてその様子に呆れた様子で問いかけるナナ。
「……。えぇと、……その……先程の流れから、魔法を確認するついでに助けるか!みたいなことを期待して魔法を準備しておいたのですが……。」
「いやいや、それはちょっとお人好しすぎるでしょ。いいかい?冷静に考えてごらん。俺の命綱である魔法は3回までしか使えないんだ。
つまり魔法を使うってことは俺の命の三分の一を削るってコトになるわけ。見ず知らずの相手にそこまでする義理はないね。」
そう、何度も言うようであるが蒼はクズである。一瞬にして自分の命を天秤にかけ切り捨てる、それが蒼だ。
しかしそのクズっぷりを初めて目の当たりにしたナナはゴミを見るような目でこう答える。
「……蒼様はクズでらっしゃいますね。」
「そんな当たり前のこと一々言うんじゃない、ほら。モンスターが囮に引っかかってる間に早く退散するよ。」
何も悪びれる様子もなく淡々と撤退し出す蒼、そしてその様子に何とも言えない心境で付いていくナナであった。
しかしそれを遮るかのようにすぐさま再び茂みの奥から女性の声が響く。
「ち、ちょっと!?誰かそこに居るのでしょう!?助けてくれませんのっ!?」
はい、助けてはくれません。何故ならば相手が蒼だから。
しかしそんなことは つゆ知らず、女性は助けを求め続けるのであった。
「た、助けていただいたら勿論お礼は弾みます!!どうか……!!」
女性のお礼という言葉にピタリ、と足を止める蒼。
そして声の主の茂みに近づき値踏みをするように女性を眺め出す。
暗くてよく見えないが恐らく身なりと口調からして良い所のお嬢様であろうと推測される。
その後しばしの沈黙の後答えをようやく返す。
「金はいくら出せる?」
そう、金だ。まずはこの世界で生活するにあたっての資金が当然必要であろう。見たところ金も十分に払えそうな相手。
そうなってくるとまた蒼の天秤の動きも変わってくる。
「お、お金ならいくらでも出しますっ!!なのでお願いします!!!」
当然藁にも縋る勢いで助けを請う女性、その様子にニヤりと笑みを浮かべる蒼。
「よし、契約成立だね!ナナ!出番だよ!!」
先程までの冷めた表情はどこへやら、今度はウキウキでナナに命令する蒼であった。
その様子にナナも再び呆れた様子でこう答える。
「……魔法だけでなく何やら大事な物まで失われてる様に感じますが……了解しました。」
一言毒を吐くナナであったがそれが蒼に響かないと知るとすぐさまに集中するナナ。
すると先程から森の中をふわふわと浮かんでいた小さな光球が蒼の周りに集まっていく。
そしてその光は次第に大きくなっていき蒼を包み込んでいく。
「おっ!?……おぉっ!!なるほどね……この力……手に馴染むように何でも出来る気がする!」
「さぁ蒼様、後は貴女自身がイメージしてそれを放つだけです。」
(イメージ……。炎で焼き払いたい所、だが依頼主も燃えて金が無くなるのは避けたいな……。それに森林火災にでもなったらこっちの命も危うい。と、なると……。)
「風よ!切り裂けッ!!ウインドスラッシュ!!」
蒼が叫ぶ、瞬間。瞬く間に先程までの光が風の刃となりあっという間に少女に巻き付いていたモンスターを次々と切り裂いていく。
「きゃあっ!?!?」
少女にまとわりついていたモンスターの触手がぼとり、と落ちると力の支えがなくなり今度はその少女も地面に叩きつけられる。
……どうやら命に別状はないようだ。モンスターも触手を切られて森の奥へと退散していく。
それを見て安心した蒼は少女の元へ近づき手を差し伸べる。
その様子に安心したのか安堵を浮かべた様子で、その手を握り返そうとする少女だったが……。
「金。」
「第一声がそれですのッ!?!?」
まさかの言葉にパシン!とその手を振りほどく少女。一瞬にして安堵の表情から怒りへと変わる。
しかしその様子などお構いなしに蒼は淡々と答える。
「お金くれるって言ったから。それに助けてあげたのに随分失礼な人だね。」
「うっ……。そ、それはそうですが……。」
そう、この金の亡者に自分は助けられたのは紛れもない事実。命の恩人には感謝しなくてはいけない。
少女はそれを自身に言い聞かせるとコホン、と咳き込み蒼と対峙する。
「…………先程は失礼致しました、旅のお方。わたくしの名前はアクア・ミュール・ユリエガルトと申します。
この度は命の危機を救って頂き大変感謝致します。」
このミュールと名乗る少女、今度は恥じらいながらも感謝の言葉を述べる。
近くでよく見ると碧い瞳に碧い髪、そして碧いドレス。全身から透き通った様な碧さが溢れる少女。
その佇まいはこの薄暗い森の中に似つかわしくないほどどこか気品が溢れていた。
「そして……お礼は勿論お渡し致しますが、先程の魔力……女性でありながら余程名のある家柄だと確信いたしました。失礼ですがお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
(女性……?どう見ても俺は男なんだが…………まぁいいか。)
「……俺の名前は…………。」
その問の答えをしばらく考える蒼。何やら面倒なことになりそうだと直感的に感じたからである。
名前を素直に答えても良いのか?そもそもこの世界において金木 蒼という名前は当然存在していない。
だとするとどう答えるのがベストなのか。
そして暫しの沈黙の後、ようやく蒼が口を開く。
「俺の名前は、モーリーンシアヌス・ヒョス・ピェ・ヘウエル・エウフークアナ・アオイ・ペリーニ=リュ・クレオンだ。」
「……。へっ……?あの…………申し訳ありません……。その……わたくしの勉強不足でそのような家柄は存じなくて……。」
当然である。今流れた言葉は蒼が適当に考えた名前なのだから。
身近な家柄を言って怪しまれるより、いっそ誰も知らないような名前を並べるのがベストだ、と蒼は判断したのだ。
その結果がこのアホみたいに長い名前である。
「えぇと……。モーリーンシアヌス・ヒョス・ピェ・ヘウエル………………。」
「あぁ、もう面倒だからアオイでいいよ……。」
ーーーーーこうしてこの異世界にアオイという存在と名前が生まれたのであった。