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短編集

何でもある日

作者: 海蒼柊

 六月二十三日。何でもない日だ。

 普通に起きて、普通に高校に行って、普通に家に帰ってきた。


 四限は日本史だった。日本史は二週間ほど前から、平安時代の話をしている。藤原道長が活躍していくところは、なんだか入り組んでいて難しい。

 物語として見ればまだマシになる。だが難しいものは難しい。俺は理解が追いつかないなりに、プリントの穴埋めをしていく。

 そんな時先生が、ところでだ、と別の話をし始めた。

「お前ら今日何の日か知ってるか? ……沖縄の地上戦が終わった日だ、六月二十三日。沖縄県では今日、学校とか役場とか全部休みなんだ、慰霊の日って言って。島のあちこちで慰霊祭やるんだって」

 へぇー……。周りの友人は、ずるいなそれ、とか、いいなー、とか言っていた。俺もそう思った。俺たちは学校に出てるんだから、せめて夏休みが一日増えてもいいだろ。

「お祭り!?」と最後の部分に食いついた奴がいた。

「おいお前寝てただろ。起きろ」

 はい……としゅんとなる同級生。クラスにちょっと笑いが起きた。

「いいなーは違うけどまぁわかる」

 と先生は言った。続けて、休みてぇよ俺も、と半ば愚痴って、

 「……まぁ、南に向かって手を合わせとくと、沖縄県民は喜ぶかもね。はいじゃあ続きいきます」

 と、政変のややこしい話を続けた。


 昼飯の時間。俺は先生の余談が頭に残っていた。

 だから席を合わせて弁当を食う友達に、その話題を振ってみた。

「お前手ぇ合わせる?」

「は?」

 突然の質問に、そいつの白飯が箸の隙間から落ちそうになる。それを、やべ、と顔で掬うように口に入れた。友達は貴重な米を落とさずに済んだ。

「いや、さっき先生が言ってた……沖縄の」

「あぁー。いや全然」

 なんも考えてない声音。まぁそうだよな。予想してた答えである。

「だって関係無いし。お前は?」

「俺合わせようかな。面白そうだし」

 へへ、と友達はクソガキみたいな笑みを浮かべる。

「あーそれは確かに。合わすか」

「うん。でも向こうのルールで合わせなきゃダメとかあんのかな?」

「知らねー。どうでもよくね? 適当にパンパンっつってやろうぜ」

 どちらからともなく、二人して箸を置く。南に向かって手拍子二回。目を閉じ十秒ほど合掌。

 合唱を解いた後、俺はツッコむ。

「思ったんだけどさ。これ神社じゃん」

「……。そうじゃん」

 二人してゲラゲラ笑う。

「あはははは」

「分かんねぇよ!」

「まぁいいよ合わしたってことで」

 なにやってんのー? とクラスメイトから笑われた。

 別になんでもねーから忘れろ! と俺たちはぶんぶん手を振った。


 帰り道は呆れるほど暑かった。後から天気予報で知ったが六月だというのに真夏日を記録していたらしい。

 日差しから逃げるように家に転がり込むと、クーラーがガッツリ効いている。突然の寒さに驚いた。

「おかーさん! なんでこんなに寒いのー!?」

 と肌を擦りながら家の奥へ叫ぶと、長袖を羽織ったお母さんがひょこっと顔を出す。

「さむいよねー?」

 肯定するのかよ。じゃなんでこんな低温なんだよ。

 と思ったら、犯人はお父さんだった。曰く、外回りで歩き回ってバテてたとのこと。

 とはいえ設定温度が低すぎたのは事実である。てかこれだけ寒いと温度差で逆に夏バテを加速させる。

 俺は父に怒った。設定温度も二~三度上げる。

「すまん」

「はい。素直でよろしい。」

 環境にも悪いしね、と俺は嘯いた。

 などという一騒動あって、俺は父親とテレビを見る。ニュースでウクライナの話をしていた。今日はウクライナのどこそこがやられたとか、戦場で何名死んだとか、戦力配備がどうとか。日本はどういう対策をしてるとか。

 これが現代の世界情勢なんだとは思えない。

「うわぁーすごいなぁ……」

 お父さんは苦い顔してテレビを見ている

「んーやだね、なんとなく」

「ね。あぁそうだ……」

 俺はお父さんに今日の昼のことを話した。

「へー。なんて言うんだっけ、黙祷? したってこと?」

 違うかもしれないけど、いいんじゃないそんな感じで。と、父親は言う。

「黙祷って言うの?」

「うん」

「へー」

 人の生き死にの話なんだから、そんな適当じゃ良くは無くないか? なんて思って、俺は難しい顔をする。

「ウクライナの方面にも手を合わせとく?」

「うーん、まぁ」

 と答えた所で俺たちは困った。ウクライナ、どっち? 遠い海の向こうの国の方向なんて分からない。

 悩むのも数秒、じゃあもうテレビにしよ、と安直な考えでテレビに黙祷をした。今度は手拍子を打たずにただ手を合わせて目を閉じた。

 テレビから出るアナウンサーの声が部屋に響く、

『……関係各所の適切な対応が求められます。続いて……』

「ご飯出来たよー」

 お母さんの言葉に俺とお父さんはガバッと振り返って、二人でダイニングに突撃する。

「ありがとー! いただきまーす!」

 あんたら似てるね、と母から呆れた顔をされた。俺はそんなことは無いと思うのだが、父親はなんだか嬉しそうだった。キモい。親バカめ。

 でもそれは喜ぶだろうから言わない。恥ずかしいからやめてくれ。

 

 夜遅く、積み上がった数学の課題に嫌気がさして、ぼんやりTwitterを眺めていた。一通りタイムラインを見て、同級生のバカツイートで頬を緩ませた。それから何とは無しにトレンドを見た。『中国爆撃機』という言葉に興味を惹かれたので、タップしてみた。

 全国新聞のWeb記事曰く、「中国からの爆撃機が領空近くに飛来してきた」とのこと。それに対し、「中国からの牽制だ」「憲法九条を見直す時」とか、色々な意見が挙がっている。

 俺は今日の事を思い出した。ニュースの特集や先生の余談が、俺の頭の中をぐるぐる回り出す。Twitterをスクロールする手が止まる。


 沖縄は慰霊祭を行っている。八十年前の戦争を、小さな島に没した人々を、県一丸で思い出す日を過ごす。

 ロシアとウクライナは領土のために戦争している。領土を取り合って、お互いにドンパチやり合っている。

 中国は突然日本の領空に赴く。俺はやろうと思えばやれるぞと、握った拳をチラつかせている。

 これらが、全く同じ日に同時に行われた。

 ……なんだか、分からない。戦争って悪いもの、なんだと思う。先生やテレビが言うのならきっと。でも世界の国々は戦争をしてるし、軍用機だって鉄砲だってたくさんあるし、ちょっと前にはテロだってあった。

 たくさんの人が死ぬはずなのに、一人一人にとっては不都合なはずなのに、なぜか戦争する。

 なんで戦争は起こる?

 というところまで考えて、答えが出なくなった。よく分からない……。

 ま、考えてもしょうがない。つーかぶっちゃけ、数学の宿題の方が大事。

 俺はスマホをそこら辺に放り投げる。そして意味の分からないアルファベットと数字と記号の羅列に挑もうとした。が、

 分からんものは分からん。俺は数学が苦手なのだ。嫌いなのだ。終わんねー。つまんねー。死ね、このクソ課題め。そもそも先生が気に食わない。出来るかよこんな量一週間で。俺は出来ません。

 とかなんとか、愚痴が湯水のように湧いてきて、十分と持たずに集中が途切れた。

 時計を仰ぎ見ると、気づけば日をまたいでいる。

 明日も早いから、さっさと寝なくては。

 風呂はもう済んでいる。机の上を片付けるのがめんどくさいから、明日必要な教科書だけカバンに放り込む。参考書など入れない。だって使わんもん。持つだけ重いので机の上で番人してろ。

 また親から「片付けろ!」って小言を言われるんだろうな、と思ったが、ぶっちゃけうざいだけなので気にせず床に就いた。

 寝る寸前、布団の中で、またさっきの戦争の話を思い出した。

 平和ってなんなんだろう?

 やっぱり変な気分になる。悲しいとか怒りとかじゃない。それは興味なのだと、俺は何となく思った。

 ……今度先生に聞いてみるか。戦争と平和、日本と外国について。

 俺は来週がちょっと楽しみになった。

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