モウソウ ──ふれんず
俺と美沙は川沿いの田舎道を下校する。彼女と登下校の道のりを11年間ずっと共に歩み続けたのだ。
美沙は小さい頃、病気しがちで身長も他の人と比べてずいぶん低かった。朝寝坊ばかりするので、美沙の母親から一緒に学校に行って欲しいと言われたのがきっかけだ。
中学になると美沙が病弱なのはずいぶんと克服され、背も伸びてオシャレに目覚め、この田舎では考えられないくらいの美人になってしまった。
美少女だ、美少女。昔はやせっぽちのチビッ娘だった美沙を男子たちはからかいの対象にした。『美沙菌』なんて扱いもした。そんな美沙へ俺は妹を思う気持ちで守ったし一緒にいた。
だけど今は男たちの憧れの的だ。他の男たちは美沙と話をするだけで大喜び。かくいう俺も完全に恋に落ちてしまった。美沙のことを思わない時間はないくらいだ。
可愛らしく微笑む美沙。
どうでもいいことを話続ける美沙。
虫や蛇にビビって抱き付いてくる美沙。
どれをとっても好きだ。
美沙には──、好きな人はいるのだろうか? そんなこと聞けやしないし、言ってきたりしない。
そういう女子トークとか友人としたりしてるのだろうか?
「あの男子がイケてる」とか「あの男子は陰キャとか」。俺は陰キャだ。美沙以外趣味がないぞ。
美沙は今や美少女。だがまさか付き合ってる人などいまい。しかし分からないぞ。俺との帰り道が終わった後の美沙は完全に不明だ。
男と会っていたって不思議じゃない。
美沙は──、キスとかしたことあるのだろうか? いや俺と小さい頃にしたのはお互いにガキだったし、美沙の父母の真似をしてのヤツだから無効だろう。俺にとってはファーストキスだったが、美沙にとってはままごとの延長に過ぎなかったに違いない。
極巳とかと最近仲いいのが気になる。アイツは昔、美沙を中心になっていじめていた。それって好きの裏返しだったのかも。
極巳か? 美沙よ。俺の見ていないところで極巳とキスすんのかよ。アイツの背に合わせて少しだけ背伸びしてお前わっ!
しかも高校生だもの、チョンとちょっとだけ合わせるだけじゃないだろう。もうお互いに食べちゃうくらい唇を合わせ合うのか? あー! いやらしい! 極巳とそんなことしてんのかよ!
いや極巳は彼女欲しいとか最近ボヤいていたもの違うよな? そうだよな? そうだと言ってくれよ。
それとも俺の知らない男か? 美沙よ。
大学生くらいのイケメンと付き合ってたらどうしよう。向こうは車を持っていて週末ドライブでデートするんだ。車の中で男は美沙にベタベタ触ってきやがる! くぅ~。
それもそのはず、大学イケメンとはすでに男女のいかがわしい関係なのだ。美沙はとっくに大学イケメンに女にされてしまったのだ!
クソー! チクショー! なんでだよ、美沙! なんで俺じゃないんだ? 俺じゃダメなのか?
美沙はその男に嫌々強要されているんだよな? ホントはそんなことしたくないのに。でも好きだから相手が喜ぶならと仕方なく……。
いや待てよ。美沙は──、ホントは好きなのか? そのぉ……口で言うにもはばかられるいかがわしい行為を?
自分から求めに行ったりするのかよぉ~、あー! 俺の中の美沙のイメージがぁ! でもギャップがすごい!
美沙はもう昔の少女じゃない。こんなに可愛いのは、その男に見てもらいたいからなんだ。ちくしょう。
はぁー!? だったら中学の時からそいつに気があったのか!? そいつって誰? 極巳? 大学イケメン?
ああクラクラしてくる。めまいも吐き気もするよ~。美沙はもう俺の手の届かないところに行ってるんだ。
あんなこともこんなこともやってるんだー! うぇ。もうダメ。倒れそう。
「ちょっ、ちょっと、晃夜、大丈夫?」
全然大丈夫じゃないよー。どっかに座りたい。
美沙は俺の腕をガッツリと組んで、道の脇にあるベンチに連れていって座らせてくれた。
そして自分の水筒を取り出して、俺に飲ませてくれたのだ。
「どうしたの? 脈は早いし。熱は?」
彼女は自分のおでこを俺のおでこに当てる。余りの近さにドキリとするが、美沙のヤツ、そんなこと平気でできるなんて彼氏としょっちゅうやってるんだな?
しょっちゅうヤってるって……。アカン。また吐き気。
「ちょっとホントに大丈夫? 救急車呼ぶから!」
え? いやそんな。妄想で具合悪くなったなんて言えない……。
「大丈夫。休めば治るよ」
「ホントにィ? 私は何したらいい?」
「そーだな。横に座ってて」
美沙は俺の隣に座って手を握ってくれた。はふぅ、落ち着く。落ち着くけど……、美沙はその手で彼氏の手も繋ぐのかよぉ。マジ悲しいよぉ……。
彼氏がいるのかよ。いないのかよ。どっちなんだい。やー! 美沙よ。
聞いてみるか? いや『いる』って言われたら、今の俺のライフは完全にゼロになる。なんて聞けばいい?
「あのぅ……、美沙?」
「なに? 大丈夫?」
「一個だけ質問いいかな?」
「質問? いいけど……」
「美沙のぉ。あのぉ、好きなタイプはどんな人?」
「はあ?」
「いえ、なんでもありません」
なーんだその質問は。美沙もなんか吹き出してるし。タイプとかってないだろー。いやあるか。美沙は彼氏のことを言ってくるかもしれんし。
「私の好きなタイプ? それはねぇ、私を昔からヒーローみたいに守ってくれる人」
………………。
──はぁ? ヒーロー?
そんな美沙の昔からの妄想なんて分かるわけないじゃん。
アメコミの~みたいな?
いや待てよ!? 親戚か? 親戚の兄貴的な人か? その人とキスしたり、そんなことやあんなことを!?
「あと鈍感。すごい鈍感な人」
ええーー!?
鈍感がタイプだなんて。意味分かんない。分かんない、分かんない。鈍感がなにかも分かんない。
美沙はそんな気持ちがニブい、筋肉マッチョなヒーローに抱かれるですか?
強引なキスをされたりするんですか?
おっおぅ……。もうダメ。
俺はぶっ倒れて、薄れ行く意識の中で、美沙が泣きながら救急隊員に「助けてください! 私の大事な人なんですぅ」と言ってる言葉を聞いたような気がしたが、おそらく夢。