攻略対象(王子)だけれど前世の記憶が落ちてきたので軌道修正を試みるよ
「サファイア様! サファイア様っ!」
眩しい光の中、桃色の髪の少女が涙を流しながら私を見下ろしている。だれだ? 彼女は誰だ? 私、私は?
その時まるで天恵のように記憶が流れ込んできた。
私はサファイア、サファイア=ブラウ。
青い髪と青い目を持つ、この国の第一王位承継者だ。
目の前の桃色の少女の名前はルビー。
ルビー・ローゼ。癒しの力をもち、特例として学園に召し上げられた平民の少女。この乙女ゲーム、『色彩の宝石箱』のヒロイン。
そうだ、ここは乙女ゲームの世界だ。
ピシャリと落ちた天恵を受け入れて身を起こす。どうやら私は彼女と遠乗り中に障害物を避けて落馬してしまったらしい。
カッコ悪いな。
「すまないルビー。大丈夫だ。情けないところを見せてしまったね」
「サファイア様っ! ご無事で良かった……」
ぽろぽろと涙を零すルビーの頬をハンカチで拭う。幸い周りに人の気配はない。カッコ悪いところは彼女にしか見られていなさそうで安心した。
さて、現状を把握しなくては。
この世界はよくある発達系中世欧国風の、剣と魔法と微妙な近代社会が混じったしゃれおつかつ便利な世界だ。
私は前の世界ではこのゲームをスマホと呼ばれる媒体でプレイしていた。名前も年齢も、性別すら思い出せないが前の世界の私は現代社会人という生き物だったと思う。
それがどうして今ここにサファイアとしてあるのかはよくわからないが、私は間違いなくサファイアでもある。
これまでサファイアとしてどう生きていたかはしっかりと私の中にあるし、意識もどちらかというと前世よりもサファイアとしての今の方が強い。けれど少しこう、視野が広がった。というか一歩引いて自分を見ることができるようになった。
これは間違いなく先程の天恵、もとい前世の記憶のためだ。
この状況はサファイアルートの恋愛イベントの三話目に当たる。ヒロインと王子が学園を抜け出してキャッキャウフフして距離を縮めるヤツだ。
今のところ彼女は、ヒロインであるルビーは私だけを攻略しようとしているようで、把握する限り他の攻略対象とのイベントは起きていない。一途に思って貰えるのはありがたい。しかし一国の王子が業務を放棄し平民の少女と戯れる現状は割と不味い状況だ。
それに、彼女は。
「ルビー、少し確認したいことがある」
「はい、何でしょうか?」
「『色彩の宝石箱』この言葉に覚えはあるか?」
「なっ、なんでサファイア様がタイトルを⁉︎」
やはりそうだ。ルビー、彼女も前世の記憶がある転生者だった。
所々言動がおかしいと思っていたのだ。時折「萌え」「推せる」「新規スチルゲット」とうめいていたのは前世の影響で溢れた彼女のそう言った感情だろう。
つまり彼女も転生者、良くある転生主人公な訳だ。
「大変申し訳ないが私にも今前世の記憶が落ちてきたんだ。君の推しの中に割り込んでしまってすまない」
「嘘でしょ推しの中にクソ理解ある中の人が降りて来ちゃったなにこれ泣きたい」
いや、泣いている。泣きたいではなく泣いている。先程の可愛らしい涙ではなく男泣きとも取れる悔し涙を流すルビーの頭を撫でると、「複雑ぅ! でもありがとうございますやっぱサファイア様好き!」と早口でキレられた。
どうやらヒロインは自由度が高いらしく前世の占める割合が強いらしい。正直ちょっと面白い。
「さて、お互い前世もちということを踏まえての現状把握だが、私たちは既に結構詰んでいる」
「詰み?」
すんすんと鼻を啜るルビーを慰めつつ頷く。
「現状私は王族、かつ王位継承権第一位でありながら平民であるひとりの少女にうつつを抜かすダメ王子で、君は王子を誑かす身分知らずの無知女だ」
「まぁ乙女ゲームですしそんなもんじゃないです?」
「ゲームとしてなら良い。だが悲しいことにこれは現実なのだ。このままいくと私は王位継承権を剥奪されて国外追放、ならまだ良いが、下手すると処分される。父上も母上もその辺は割とシビアだからな。そして君は王族を誑かした悪女として断罪される訳だ」
「ヒッエ、貴族社会こぇえ。でもゲームではサファイア様ルートだと私が聖女になってラブラブエンディングに出来ましたよね?」
「ゲーム通りならばな? けれどこの世界にはもうひとりイレギュラーがいる」
「あー、悪役……伯爵令嬢です?」
「そう、彼女の存在だ」
そうなのだ。この世界にいるイレギュラーは私達だけではない。伯爵令嬢クリス・クラールハイト。ゲームではライバル令嬢に当たる彼女も間違いなく転生者だ。
ルビーは学園入学時に前世の記憶が落ちてきたと言っていたが、おそらくクリスは幼少期から記憶がある。十年程前から伯爵家は異様な成長を見せていた。おそらく彼女が前世の記憶を駆使し色々と暗躍したのだろう。
前世チートを駆使したその成長ぶりは凄まじく、王族の地位を脅かすほど。
王家にとって伯爵家は国家発展に従事する素晴らしい家臣であると共に、目の上のたんこぶでもある。そんなクラールハイトを王族に取り込む為、クリスは私の婚約者候補だった。候補という名目だが、国家存続のためほぼ確定事項であるそれを、今現在私は蔑ろにしている訳だ。
「おそらく今回の遠出も君と私との浮気現場としてクリス達に把握されている。という訳で君と私は詰んでいるんだ」
「あー、やけになんかこう、色々便利だと思ったらクリスさんが動いてたわけですね。それにしても悪役令嬢転生物のヒロインって負け枠じゃないですかヤダー」
「彼女に対するコンプレックスで目を背けていた私は仕方ないとして、君は気が付かなかったのか?」
「サファイア様しか目に入ってなかったんで」
キリッと返された。なんて迷いのない目をした凛々しいヒロインなんだ。
「えー、私の断罪はまぁ良いとして、サファイア様が落ちるところは見たくない、と言うか断固拒否なんですけど」
「自分はいいのか」
「私の人生の最優先は推し(サファイア様)ですから」
本当に彼女はサファイアが好きなのだ。ここまで真っ直ぐな好意を向けられると正直嬉しくなってしまう。クリス嬢からは「関わりたくないです近寄るな」オーラしか感じなかったから余計に。
……彼女となら生きれるかも知れないな。
「そこで提案なのだが、私は王位を返上し冒険者になるので一緒についてきてくれないか?」
「詳しく」
「この堕落した現状を利用するんだ。私はわざと愚王子を演じ、君を協力者としクラールハイトの調査をしていたとしてあの家がしていた不正を王に進言する。そして国の為にとはいえ王達を欺いた事を憂い、自ら王位継承権を放棄し国外へ出るんだ」
実際彼女の家は色々やましい事をしているからね。彼女自身も私以外の攻略対象と仲良くしているみたいたし、不貞と不正の証拠を集めるのにはそう時間はかからない。
「つまり、クラールハイトさん家を悪者にしてクリス嬢をマジモンの悪役令嬢にしてしまおうって訳です?」
「いや? 彼女の知識は有効だからね、第二継承者である弟のダイアの妻となって国に尽くしてもらう予定」
ちなみに弟も攻略対象だ。彼の方が王族としての意識が強いし、前世が入った事で自由人感覚になってしまった私よりも王として向いていると思う。
「体よく弱み握って王家の奴隷にしちゃおうって訳ですね! 鬼畜! そんなところも好き!」
「人聞きが悪いな。でもまぁそんなところだ。君には諜報員として他の攻略対象から情報を得てほしい」
「見返りは?」
「王太子、改め元王子である冒険者サファイアの新スチルを一番近くで見ることができる権利、でどうかな?」
「乗った!」
「ありがとう。契約成立ってことで。王族って何かと面倒だから、私には冒険者の方が性に合ってると思うんだ」
「わかりますわかります、サファイア様めっちゃくちゃ自由人ですもんね! そんなところが好き! それにお忍び王子が冒険者になるって新しい扉を開けてしまうありがとうございますありがとうございます命に変えても成し遂げて見せよう」
「いや、命に変えないで欲しいな。君が隣にいなきゃつまらないだろうし」
「ひぇ……推し流石」
「なんだかんだでサファイアとしても私としても君のこと気に入ってるし、一緒にいたいなぁと思ってるから」
「 」
「息して」
「 」
「うん、大丈夫。これは現実。だから息をして?」
という訳で、ヒロインと共に色々詰んでしまったこの状態をどうにか打破して冒険者を目指そうと思うよ。
私たちの冒険は今、始まったばかりってやつさ。