メインヒロイン登場。
──翌朝。
眠い目をこすりながら時計を見ると、時刻は7時前。
「さすがに今日は遅刻できねえよな……」
いつもなら二度寝しているが、愛しの先生の顔が脳裏に浮かんだので目が覚めてしまった。
──それにしても、昨日は意外に何とかなったんだよな……
放送を終了して、速攻で新校舎に何食わぬ顔で戻ったが、全く何も言われなかった。
謎の校内ラジオ番組が突然始まった形となってしまったが、新校舎に放送は届いていない。
噂が広まるのもスピードというものがあるので、当たり前といえば当たり前なのかもしれない。
旧校舎では話題騒然となったのかもしれないが、幸運なことに学校生活において3年と1年の接点なんてものは全くない。
そして人の興味もそこまで長く続かない。忙しい高校生のことならなおさらだ。
昨日のことなんて、もう忘れていても不思議ではない。
ともかく、色々心配する必要もなかったということだろう──
とりあえず自室から出て、リビングに向かう。すると、
「ふえ? りっくん、早起きだね!」
元気はつらつ、天真爛漫、純粋無垢を絵にかいたような幼い少女──佐藤茜が俺に気付き、まんまるな目を大きくしている。
この子はとにかく俺に懐いている。もうベッタリ過ぎてこっちが心配になるくらいだ。
「あーちゃんよ、小学生に早起きと言われる高校生の気持ちを考えたことはあるかね?」
「おかーさん! りっくん起きてきたー!」
なんかふつーに無視された。つらい。
「あら凛空君、今日は早いのね?」
と、おばさんがキッチンの向こうから顔を出す。
「いやー、さすがに二日連続で遅刻するとやばそうなんで」
「それもそうね」
「ねーりっくん、今日はゆーきゅー? ゆーきゅーならあーちゃんと一緒に学校行こ!」
ゆーきゅー……ああ、有休か。
子どもってやたら難しい言葉覚えるの早いよね……。
きっと、おじさんの言葉でも覚えたんだろう
「あーちゃんよ、りっくんは高校生だから有休はないんだなこれが」
「ふえ!? なんでないの!?」
「なんでって──確かになんでないんだ?」
思い浮かぶのは社会通念を盾にした理屈ばかり。
そのどれもが、本質から遠く離れた建前のようなつまらない意見。
「いや……盲点だったかもしれない……! 社会人だけでなく学生にだってワークライフバランスは必要だ。むしろ多感な時期を過ごす我々学生こそ、心安らげる休息の時が必要なのはもはや自明の理と言える」
「もーてん? わーくらいふばらんす?」
あーちゃん の レベル が 上がった!
あーちゃん は あたらしいことば を おぼえた!
あーちゃん は ゆーきゅー を わすれて わーくらいふばらんす を おぼえた!
「ならば、我々学生は有休消化が進まない日本の根深き社会問題に真っ向から真摯に取り組み、休暇を取得しやすい日本の明るい未来の実現に貢献するべく、率先して学校を休むべきである──あーちゃん氏は、そうお考えというわけか!?」
「そーだそーだ!」
「何と頼もしいお言葉だろうか! それでは今こそ我々が社会の模範となるべく、本日!今日の良き日をもって! 有休を取得することをここに宣言する!!」
「せんげんする!!」
我らは天に拳を掲げ、熱き誓いを己の胸に刻んだのであった。
これが、かの有名な“桃園の誓い”として後世に名を残すこととなり──
「あんたたち、ふざけてないで、早く学校行く支度しなさい」
鶴の一声によって、我らの誓いは儚くも消え去るのだった。
◇
俺の両親は俺が小学生の時に離婚し、母親に引き取られた。
その母が今年から海外赴任となり、ろくに生活力のない俺を親戚の家に預けたのが今年の4月。もう3か月も前のことだ。
最初は若干の居心地の悪さがあったのだが、あーちゃんを介して、徐々に佐藤一家とのコミュニケーションがうまく取れてるようになった。やはり子どもの存在は偉大だ。
あーちゃんがふざけて「しょーらい、おとーさんじゃなくて、りっくんとけっこんする!」と言って、家庭内に一瞬不穏な空気が立ち込めたような出来事もあったような気もしないでもないが、そんな過去も今は昔。
と、過去に思いを馳せながら珍しく早めに家を出て、学校へ向かうバスに乗ったとき──事件は起こった。