柊木とのエンカウント
『さて、一応の最終回が終わったその日に、速攻で番外編をねじ込む強気のスタイルだが』
「相変わらずやりたい放題だな」
『やはり、後書きはオレたちで締めないとな!』
「普通に考えたら、めちゃおかしいこと言ってるからな?」
『今回の番外編はちょっとボリュームがある。他の没ネタは短いものがほとんどだが……』
「ほう? 好きなのに諸事情で没になったネタとあるが……どの場面だ?」
『今回は柊木とのエンカウント後の場面だ』
「……あったなあ、その没ネタ。……俺がフェルマーの最終定理を導いたところからだよな?」
『お前も頭おかしいこと言っているからな?』
「ちなみに没になった理由は?」
『……当時、連載再開をしたばかりでストックもないので、その場のノリだけで書き進めて明らかに間延びする……という未来が目に見えていた』
「見えてる割にはその未来一直線に突き進んでたけどな」
『というわけで……物語を早く進めなきゃいけないというプレッシャーから丸々カットした』
「なるほど」
『加えて、せっかく連載再開して旧部以外のキャラクターの初登場回なのに、速攻でこれはあまりにもかわいそう、という理由もあった』
「直前でお前からとんでもないセクハラを受けてるのに……だもんな」
『まさか、お前も悪ノリするとは……』
「というわけで、その前の場面からどうぞ!!」
彼女は顔を赤らめながら、エロゲのパッケージを覗き込む。
「こ、これ……その……えっちなやつ──」
「断じて違う! これは兄妹同士のスキンシップだ。兄妹同士なら一緒のベッドで寝ても、不自然なこともあるまい」
「服を着ていないのは……」
「おいおい、人間は裸で生まれてくるんだぞ? どこがおかしいんだ?」
「え……じゃあ、これは?」
「おいおい、家族と一緒にお風呂に入ったことがない人間などいないだろう?」
「え? え? じゃあ……これは?」
「ああ、これはお腹が空いたから、ソーセージを咥えているだけだぞ?」
「で、でもこれは──」
「これがそう見えるのなら、きっとあなたの心が汚れているんだ!」
「てめえの心が汚れてんだろうがああぁあ!!!!」
──二宮を止めるのが少し遅くなったのは、決して“超絶美少女が赤らめている姿を堪能したかったから”だとか、“いいぞ二宮もっとやれと思っていた”だとか、そんな低俗な理由ではなく、深遠な理由があるということをこの話の余白に明記しておく。
しかしその理由を書くには、少しばかり余白が狭すぎる。
よって、残念ながらその理由を語ることはできない。
◇
「本日、ここに伺ったのは旧放送部の活動停止についてお話に来ました」
結局、隣の空き教室に移って話を聞くことになった。
まだ、若干顔が赤い件については絶対に触れるな、というオーラが伝わってくる。
「えーと、その前に。あなたは?」
俺と二宮の向かいに座るこの人物が、なぜ旧部を訪れたのか。
「そういえば伝えていませんでしたね。私は生徒会の者です」
「生徒会ですか……」
道理で鍵を開けられたわけだ。
生徒会権限で、マスターキーでも持っているのかもしれない。
「そういえば、柊木雪音っていう1年生の副会長がいるってほんとっすか?」
「たしか、副会長が留学に行くことになって、補欠選挙が行われたのだろう?」
今日の放送で出てきた“生徒会の女神”こと、柊木雪音は1年生ながら生徒会に名を連ねていると、二宮に教えてもらった。
柊木学園の生徒会は1年に前期生徒会と後期生徒会の二つの選挙が行われる。
生徒会選挙は3月と9月にあり、本来1年生は前期生徒会選挙に立候補することはできないので、柊木雪音はイレギュラーな存在と言えるだろう。
「ええ、事実ですが……それより話の続きを──」
「オレも気になっていることがあるんだが、一ついいだろうか?」
珍しく、二宮が口を挟む。
「はい、なんでしょうか?」
「単刀直入に聞く。一体お前は──いつからそんなに仕上がってたんだ?」
「本人に聞くなよ」
「しかし! お前も気になるだろう!?」
「まあそうだけど!」
確かに目の前の人外美少女は高校1年生の少女にしてはあまりにも仕上がりが過ぎるというもの。
「あの、話を本題に戻しますが……」
「あーそういえば──」
「しばし待ってくれ。もう一つ気になることが──」
「……もしかして、必死に話を逸らして誤魔化そうとしてませんか?」
「「……」」
俺たちの企みはあっけなく潰えた。
そう、俺たちは必死に時間を稼いでいたのだ!
あともう少しで夏休み。夏休みに入れば生徒会の活動も休止するはず。
この場を上手くかわせば……せめて夏休み期間だけはこの旧放送室を守ることができる。
先ほどの意味のない質問を繰り返したのは──そして、その前の二宮の暴走を止めなかったのは全て、時間を稼ぐためだったのだ!
……ほんとだよ? 二宮のセクハラを止めなかったのも、時間稼ぎのためだったんだよ? 決して、"今いいの思いついたからそれでいこう!"とかじゃないよ? ねえ信じて?
「言っておきますが、旧放送部の活動停止は避けられません。肝心の活動実績がない部活に、場所と予算を割くわけにはいきません」
……正直、その通りという感想しか出てこない。
「し、しかし、旧校舎はまだ3年生の教室として使われている! 放送を行う旧部は必要だろう!?」
「旧校舎を対象とした放送は、新校舎の放送室から行うことができます。新放送部だけで十分ですので、旧放送部は必要ありません」
「ぐっ……オレたちは真っ当な活動をしているのに」
「アレのどこが真っ当なんですか……?」
彼女が例の18禁ゾーンから顔をそらしながら言う。
「“アレ”? “アレ”とは何のことを言っている?」
「“アレ”は……“アレ”ですよ! 言わなくても分かりますよね!?」
「ふむ、さっぱり分からんが、山市氏、何か分かるか?」
二宮がいけしゃあしゃあと俺に振る。
「いやあ、僕にも何のことか分からなかったな」
「あ、あなたまでそちら側につかないでください!」
哀願するようにこちらを見る超絶美少女。
なんだろう、可愛い。めっちゃ可愛い。超癒される。
「すみません。我々には“アレ”が何か分からないので是非ともご教授願いたいところなんですが……」
「い、言わせないでください! いいですか? 私がアレを報告したら、間違いなく大問題になりますよ!」
再び、彼女の顔が赤くなっていく。
「二宮氏、何か思い当たることは?」
「いやあ、浅学非才のオレには難しくて検討もつかん。山市氏は?」
「僕もだよ。“アレ”というのが何を指すのか、純粋無垢な僕らには分からないみたいだ」
「純粋無垢な子は自分でそんなこと言いません!」
「ですが、僕は親にこう育てられました。──知らないことは知っている人に聞けと。聞くは一時の恥、そして聞かぬは一生の恥だと」
「言うのも一生の恥です!」
彼女の凛とした声が空き教室に響きわたる。
「もういいです! 本当に報告させてもらいます!」
彼女が勢いよく席を立つ。
「な!? そ、それは困る!」
「あなたがいけないんですからね!」
二宮が慌てて彼女を止めようとするが、彼女は聞く耳を持たない。
しかし──問題ない。
「二宮氏、問題ないさ」
「何、本当か!?」
「いえ、私は本当に報告するつもりです!」
彼女はアレを報告することはできない。
「僕らにはアレが何か皆目見当もつかないが、きっと口に出すのもはばかられるものなんだろう。それを淑女たる彼女は一体誰に、どうやって説明すると思う?」
「へ?」
「……なるほど」
二宮がニヤリと笑う。
「生徒会の顧問を務める先生や、他の生徒会役員に彼女は自分の口で伝えなければならない。おそらく、詳細な情報を求められるだろう。写真もないことだし、彼女は自分の口で説明するしかない」
「うぅ……」
彼女の顔が真っ赤に染まっていく。
「想像するんだ。大勢がいる会議で君が報告している姿を。きっとそこには君が慕う生徒や君を慕う生徒もいることだろう。そんな中、君は顔を真っ赤に染めながら、羞恥に震えながら、悶えながら、たじろぎながら……言葉を紡ぐことになる。淑女たる君の口から、普段では考えられないような卑猥な単語の数々を……」
「で、出直します! 次来る時までに整理していてください! か、必ずですよ!!」
そう言って、人外美少女は逃げるように旧放送室を後にした。
『いかがだっただろうか?』
「この悪ノリは嫌いじゃねーけどな。ここでまさかの時間稼ぎの意味が明かされるとは……」
『こういう悪ノリを入れるから、どんどん間延びしていくのだがな』
「でもコメディ作品として、どこかしらでこういうのやりたくなるという心理というか真理」
『こういうのを上手くストーリーに織り交ぜるのが想像以上に難しかったというのが正直な感想だよな』
「やっぱ連載には準備が必要って分かったよな。じゃないと短編のつなぎ合わせみたいなものなるって気づいた。コメディに限った話かは分かんねーけど」
『確かに』
「今振り返ると、こういう没ネタって結構多かったよな?」
『izumiの手元に文章としてきちんと残っているのはあまりないが』
「まあ完全に蛇足だけど、好評だったらまたやるかもしれねーな」
『では、機会があったらまた会おう!』
「……つーかさ、なんか……」
『どうした?』
「いや、意外にこの感じ……」
『……多分同じ気持ちだぞ?』
「まじで? ……せーの」
「『前書きと後書き──今までで一番しっくりくる使い方な件について』」
 




