俺たちの戦いはこれからだ!
……これ大丈夫? 夫婦の間に決定的な亀裂入ってないよね!? ねえ!
「あの……話を戻してもいいでしょうか?」
「ええ。ごめんなさいね。でも気が緩んでるいい機会だったから助かったわ。よくあることだから凛空君は気にしないで」
「そ、そっすか……」
……え? これよくあんの? じゃあいいわ。いやよくねえわ。
「凛空君! ひどいじゃないか! さては誘導尋問なのか!?」
「ひどいのはそっちじゃ……というか一旦話を戻させてください! 僕はSNSに書かれているような10歳年下が好きとかは嘘なんです!」
「嘘だ! 男は若い娘が大好きに決まってるさ!」
い、いかん……完全におじさんがヤケになっている。
「凛空君は6歳のあーちゃんを狙っているんだろう! 駄目だぞ! 将来あーちゃんはお父さんと結婚するんだ!」
「そもそも16歳の俺的には、6歳の幼女を選ぶくらいなら、36歳のオトナの女性の方が絶対いいです……」
「あら? もしかして私、口説かれてるのかしら?」
妖艶な笑みを浮かべる子持ちの女性(36歳)。
「え、いや、そういう意味では……」
「まさか、あーちゃんだけでは飽き足らず、僕の奥さんまで……」
「あなた、これ以上私をないがしろにするなら……もういっそ乗り換え──」
「わ、分かった!! もう夜遊びはしない!」
「あら、じゃあ今まで夜遊びしてたの?」
「うぐっ……」
……おかしい。
どうして居候先の奥さんを口説く留学生という薄い本みたいな展開になっている?
もしかして第6話のサブタイトルの”メインヒロイン登場”って……あーちゃんじゃなくておばさんのことだったの?
誰もこんな意表をついたどんでん返し、期待してなくない?
……あれ?
俺が来たせいでもしかしてこの家庭……崩壊しつつある?
居候先の娘さんによからぬことをしようとした疑いだけでは飽き足らず、幸せな一般家庭を荒らす文字通りの厄介人……。
おかしい──俺は何を間違えた?
──3日前のあの瞬間から、俺の平穏な日常が崩れ去っていく。
あの放送事故に端を発した一連の数奇なストーリーはどこに向かう?
今にして思えばおかしなことばかりだ。
──なぜか居候の俺になつくあーちゃん。
──急に現れて俺を”お兄様”と呼ぶ人外美少女。
──急に婚活に目覚めておかしくなってしまった二宮先生。
──元々おかしかった二宮。
──あらすじに書いてあるのにいまだに登場しない新放送部。
──結局なんでオンになっていたか分からないマイク。
そのどれもが不自然極まりない。
この目まぐるしい3日間の果てに何がある?
SNSの件やその他大小の爆弾はすでに起爆済み。
今から新しい火種が急にやってくるとは思えない。
見落としている不発弾の存在も、思い当たる節がない。
──最後に一体何が待ち受けている?
「……とにかく。あーちゃんみたいな年端もいかない幼女は、劣情を向ける対象じゃないですからね」
「まあそうよね。本当にそうだったら大問題だもの」
「さすがにそれは完全にアウトだからね……」
いくら考えたところで答えは出ない。
とにかく、無事に今日を終えることが何よりだ。少し考えすぎているのかもしれない──
「ねーりっくん」
背後から突然あーちゃんの声が聞こえた。
──不思議なことにその瞬間、これから起こる全てを理解できたような気がした。
破滅へのカウントダウンが0になったことを示すかのように──日付の変更を告げる時計の電子音が響き渡る。
──意を決して振り向くと、長方形のプレゼント袋を両手で逆さまにして、小さなテーブルにプレゼントを広げていた。
「これ、なーに?」
あーちゃんが手に取って、笑顔でこちらに見せたのは──
もうここから先は詳細に語る必要はないはずだ。
──凍り付くリビング。
──時を刻むことを止めた世界。
──世界の理の外に放り出され、ただ静かに厳かに、自分だけが活動することを許される。
状況を考えると、自分が取るべき行動は一つしかなかった。
ゆっくりと立ち上がる。
無表情であーちゃんからそれをひったくる。
2階の自室に向かう。
手早く身支度を整える。
大きなカバンを背負って下に降りる。
その場で深く、深く一礼をする。
玄関に向かう。
そして──
「短い間──お世話になりましたぁあぁあぁあぁぁあああ!!!」
玄関の扉を開けて空を見上げると、星々が輝く満月の熱帯夜。
頬をそっと優しく撫でてくれる、少し暖かな風。
まるで旅立ちを祝うようなそよ風にゆっくりと背中を押されながら、少年はその一歩を踏み出す。
静寂の夜に小気味よく響き渡る、少年の駆け出す足音。
街灯は少年を優しく見つめ、地面にその姿を映し出してくれる。
少年は涙ながらも、決して振り返ることなく、真夏の夜を駆け抜けていった。
──年端も行かない幼女たちが、あられもない姿で満面の笑みを浮かべながらあれこれしている娯楽物のパッケージを片手に。
「に……に……二宮ぁぁあああッッッッ!!」
山市凛空、家を飛び出した16歳の夜。
so cube 1学期編──閉幕。
次回、胸躍る夏休み編!
※一瞬で終わります。
 




