会心の出来。エピソードありがとね──母さん。
「ただいまー」
1学期最後の出勤を終え、やっと我が家(居候)に帰ってこれた。
せっかく長期休暇だ。部活以外はゲーム三昧の日々を送ってやろう。
「りっくん、おかえり!」
元気一杯のあーちゃんが出迎えてくれる。
手に鉛筆を持っているところを見るに宿題をやっていたのだろ──え?
宿題……だと?
確かあーちゃんも今日が1学期最後の登校日だったはず……
それはつまり──
「あ、あーちゃんよ、まさか──夏休みの宿題にもう着手しているというのかっ!?」
「そーなの! えにっきぜんぶかけた! 待ってて!」
「それはまことか!? というか、絵日記って前もって全部書けるものではないと自分は思うのだが!?」
という俺の叫びもむなしく、どったどったと、家の中を疾走していくあーちゃん。
そして、“なつやすみのきろく”と題されたプリントの束を掴んで戻ってきた。
「ほら!」
あーちゃん画伯による味のあるタッチで彩られた絵日記の数々。
どれもしっかりと描けている。
だがしかし──
「あーちゃんよ──そなたに──大切なことを告げなければならない」
「なーに?」
「絵日記は普通──1日1枚なんだ……」
「ふえっ!? そーなの!?」
鳩が豆鉄砲をくらったように、目をまんまるに驚くあーちゃん。
彼女の絵日記は全て今日起きた出来事を大胆に30枚に綴っている。週間連載漫画家もびっくりの大作に仕上がっている。
特にその中でも傑作であろう、“わーくらいふばらんす”という、名作の予感しかしないタイトルの絵日記を、時間外労働にあえぎ苦しむ諸先生方は涙なくして読み進めることはできないだろう。
文章を読まなくとも、タイトルだけで泣けるようにできている。後世に語り継がれるべき作品として、校内表彰されること間違いない。
「さらに──もう一つ君に伝えなきゃいけないことがある」
「な、なに!?」
「厳密に言えば──今日はまだ夏休みじゃないんだ……」
「がーん!!」
深い悲しみに打ちひしがれる彼女に、掛けてあげられる言葉が見つからなかった。
「あら、凛空君、ちょうどよかったわ」
リビングの奥から、おばさんが顔を出す。
「どしたんすか?」
「今、ちょうど凛空君のお母さんから電話があったのよ。ほら」
と、電話の子機を渡される。
携帯を持っていないので、母親からの連絡は佐藤家の固定電話を介すことがほとんどだ。
「もしもし」
『あらあ、あんた凛空じゃない! 元気?』
「そっちが掛けてきてんだろ……電話のシステム分かってんのか?」
『あら、今どきは進んでるのねえ』
「……」
俺の母さんは、色々なところが抜けている。
だが──うっかり屋とか、天然とか、そういった可愛い言葉の類で表現できるレベルではない。
話が全く通じない、俗に言う、キャッチボールがドッチボール系の人だ。迂闊にコミュニケーションを取ろうなどと思ってはいけない。
……この突然の電話も嫌な予感しかしない。
『ちょっと仕事の都合で日本に戻ってきてるのよ。でももう明日には海外に発つわ』
「はいはい。で、何の用?」
『ひどい! 母さんは用がなきゃ、あんたに電話しちゃいけないっていうの!?』
「いや、そういうわけじゃねーけど……」
『せっかくあんたに朝から母さんの声を届けてあげたのに!』
……。(一応、窓の方を見る)
「朝? もう夕方だぞ?」
『あらまあ、朝方と思ったら夕方だったのね! 空が似てるから母さん勘違いしちゃった』
「……」
『母さん道理で太陽が北にあると思ったの!』
「沖ノ鳥島でも無理だぞ……」
心は日本にあるみたいだが、母親の身体は南半球にあるみたいだ。
はたまた、異世界転生でも果たしたのか。
それと、人類の有史以来初のツッコミワードが出たのは間違いない。
我ながらよく瞬時に日本最南端の島名出たわ。
まさか放送時のツッコミって……母親で鍛えられた説濃厚?
「……で、まじで何の用なん?」
『用件? ……なんだったかしら?』
「俺が分かるわけねーだろが! もう切るぞ!?」
『うーん、最近ちょっと体の調子がおかしいのよねえ……』
「え? ……大丈夫かよ?」
母さんも40代後半。
まだまだ老け込む年齢ではないが、心身に色々な不調が訪れてもおかしくはない。
『最近、なんだか忘れっぽいのよねえ……』
その年齢なら、多少の物忘れが目立っても不思議ではない。
だが……若年性アルツハイマー、つまり──認知症の初期症状という可能性も、無いとは言い切れない。
「一旦、病院に行って精密検査でも受けた方がいいんじゃないか?」
『そうなのよ。それでこの前病院に行ったら、先生に、ナントカ症の傾向が見られるって言われちゃって……なんて言われたんだったかしら?』
「……え……ほんとに……まじで……?」
電話口の向こうから聞こえてくる母親の声が遠のいていき、足元がぐらつくような感覚に襲われる。
──いやいや、おいおい……いやまじで言ってんのか?
いや落ち着け。まだ認知症と決まったわけじゃない。
……しかし確かに思い当たる節がいくつもある。
というかそれしかない。
朝方と夕方を勘違いするなんて豪快な間違え、普通狙ってもできない。むしろ認知症と言われた方が逆に安心できる。
……いや安心しちゃダメだ。
だが仮に母さんがそうだったとしても、早期発見なら症状を改善する手立てもある。最近では進行を止める療法もいくつか発見されていると聞く。
『そうそう! 思い出したわ!』
「……!(ごくりっ)」
『仕送りにみかんとオレンジどっちがいいか聞こうと思って電話したのよ!』
「そっちじゃねーよ!! ってか同じだろそれ!?」
『凛空、あなたさては勉強してないわね? 厳密には違うのよ、もっと精進なさい』
「……」
相手に取りやすいように俺が投げた会話のボールを、キャッチもせずに新しいボールを取り出して、豪速球をぶつけてくる。
こんな人とどうやってコミュニケーションを取れと言うんだ? 古田でも呼ぶか?
『それと──お医者さんからなんて言われたかも思い出したわ』
「……えっと」
『あまり……家族に向かって言いにくい病気なんだけど……』
「病気……っ!? な、なんて診断、さ……された、んだ?」
緊張のあまり声が震えてしまった。
だってしょうがないだろ?
自分の母親が病気だなんて、できることなら考えたくはない。
しかも、電話越しでも伝わる少し深刻そうな声。
──だが目を背けるわけにはいかない。
どんな軽い病気も深刻な病気も、まず大事なのは周囲の病気への理解であり、メンタルケアだ!
そして母さんは病気のカミングアウトという──最も辛い瞬間を今から迎えることになるんだ。
家族が、ましてや息子が──俺が母さんの病気を受け入れなくてどうするんだ!!
『母さんね──心配症っていう病気みたい』
電話をぶん投げた。
「突然の更新だな……」
『大きな心境の変化があったらしい』
「へえ」
『物語のまとまりを考えるのはもう止めて、もう後先考えないことにするらしい』
「おい」
『もう自由に書き進めて、いつかこのリメイク作品書いて整理すればいいやって』
「絶対よくないぞそれ」
『そのためにも、中途半端な形で更新を停止するのではなく、2学期に入る前まで書ききろうという決意を抱いた!』
「おおー」
『ちなみにこれは“仮にエタっても大丈夫なように、キリがいいところで終わらせておこう”という保険に保険を掛けた行為ではなく──』
「分かった分かったもう喋んな! こっちが不安になる!」
『感想をくれた妹たち、ありがとう! 元気づけられた!』
「泣き言を言って申し訳なかった!」
『今日から3日連続くらいで毎日更新しようと思う!』
「おお! このノリ久々だぜ! 速攻で息切れするやつだろ!?」
『オレもその予感しかしない!』
「ということはあと3回ぐらいで2学期に行くということだな?」
『ああ! 本当は1学期が3万字くらいのつもりだったのに、気付いたら10万字だったのは内緒だぞ!』
「オーケー任せろ! つーか書く時間がないんじゃなかったのか!?」
『ワクチン接種の副反応でスケジュールを開けていたところにこれを書いているらしい! 大きな副反応が来ないことを願おう!』
「じゃ、また明日会おうな!
※とんでもない誤字がありました。
怪文書を作ってしまったことを反省します。
 




