何気にこの回が一番好き。
──旧校舎の放送室前。
「はあ……」
なんか、とんでもない目に遭ったけど──ん?
「それで……お願い……何だ?」
「それは……そうですね……」
──がやがや……。
放送室から二宮と誰かの喋り声が聞こえてくる。
放送室に来客なんて普通はありえないが……。
放送室の扉を開けると──
「や、山市!?」
「お兄様!?」
見慣れない二宮・柊木ペアが机に向かい合って座っていた。
「どした? 生徒会がこっちに来るってなんかあったのか? ポイントはもう払ったんだろ?」
「あ、ああ……ちょっとな」
「生徒会は部活動の監査も業務内容ですから」
柊木はにこやかな笑顔を浮かべる、
──やっぱ意味分かんないくらいキレ―だなこの人……。
そういえば、放送の件で先延ばしになっていたが、お兄様呼び問題が解決していなかった。
「というか山市……制服が血で汚れ、擦り傷、斬り傷があちらこちらにあるが……一体何があった?」
「気にすんな、ちょっと理数科でな」
「なるほど」
「……今の会話になってました?」
こんな殿上人に、俺たちのような掃き溜めの世界の住人が悪影響を与えてはいけない。
「たしか、先輩らが置いてった予備のカッターシャツとか余ってたよな? それに着替えとくか……」
「ああ、それなら確か、あそこの棚に…………あったぞ、受け取れ」
「さんきゅー」
二宮が投げたカッターシャツを受け取る。
「にしても汚れてんな……血って意外に落ちにくいからなあ……」
カッターシャツを脱いでパタパタして、とりあえず空いている柊木の隣の椅子に掛け、新しいシャツに身を通す。
「で、柊木の用はもう済んだのか?」
「ええ。私はこれで失礼しますね」
そう言って柊木が席を立つ。すると、
「あら……?」
「どうした?」
異変に気付いた二宮が問いかける。
「いえ、何か引っかかって……」
柊木が椅子を動かした時に、何かが椅子の前足に引っかかったようだ。
俺はテーブルの下に潜り込んで、小さな正方形の包装を拾い上げた。
「……」
「……」
「……」
それは、とある用途のために作られた人工的な円形極薄ゴム──いわゆるコンドームというものだった。
「二宮……てめーなんてもん部室に持ち込んでんだよ……」
ついにこいつの頭はそこまでイカれてしまったのか。
「待て山市! 話し合おう。話せば分かる」
「分かってたまるか」
「確かに対妹用避妊具という限定グッズは存在するが、それはオレのじゃないぞ」
「今すぐそのグッズを差し押さえろ。そして購入者を捕らえろ」
一体どんな狙いでそんなグッズを開発しているの──
「え? 待って──これまじでお前のじゃないの?」
「当たり前だろう?」
……二宮が嘘をついているようには見えない。
「むしろ見損なったぞ山市。つまらない見栄を張るために、そんなものを持ち歩くようになったとはな!」
「いやいや俺のじゃないって! 正直現物見んの初めてだし!」
「貴様、とんでもない失態のあまり、気が童貞しているようだな」
「“動転”な! なんだ”気が童貞している”って! まあ童貞だから間違ってねーけども!──って何のやり取りだよこれ!」
「いや貴様が始めたんだが」
こいつの巧みな術中に嵌められてしまった。
「じゃあそれは山市のものではないんだな?」
「ああ。お前のでもねーってことだな?」
「その通りだ」
「なるほどな! じゃあ──」
……。
…………。
………………。
──沈黙に包まれる放送室。
「……え? 何ですかこの微妙な間は!?」
柊木の悲鳴にも似た叫びが沈黙を破った。
「い、いや別に……」
「オレたち、何も言っていないぞ……」
「ちちちち違いますよ!? え、えと、あの、その、と、とととにかく違くて!! えっと、その、あの!」
珠のような綺麗な白い肌が途端に真っ赤に染まっていく。
と、俺と二宮の視線が交差して旧部秘伝のテレパシースキルが発動する。
(めっちゃ慌ててんなこの人……)
(ああ……)
「何ですかその目っ!? あ、明らかに私だと疑ってますよね!? ご、誤解です!」
「……柊木。俺たちは別にこのゴムが誰のものなのか、犯人探しをしたいってわけじゃないんだ」
「その通り。オレたちは別にそのゴムが柊木のものだなんて一言も言っていない」
「心の中で私だって言ってますよね! 3人いて2人が違うって言ったらそうなるじゃないですか!?」
赤面して慌てふためく柊木。
(なあ二宮……)
(うむ……)
「なんつーか、その……そういう用意、女子側がちゃんとしてるって、全然良いと思うし」
「むしろ、一見守備的に見えてよく考えればアグレッシブ、という絶妙な姿勢は高く評価されるであろう……」
「ああ、攻守のバランスも完璧だし、万が一のカウンターケアもばっちりで申し分──」
「──何ですかそのサッカーみたいな話!? わ、私は! その……gムなんで持ち歩いてませんから!!」
淑女であろう柊木は、その言葉を口にするのも憚られるようだ。
「ま、まあ……柊木ってめちゃ綺麗で大人に見えるし、全然、ね? もう、してても、違和感ないし、変に否定しなくても……」
「う、うむ! 一度否定した手前、もう引っ込みがつかなくなってしまう気持ちも分かるというもので……」
「だから誤解ですっ!!」
(……二宮、ここは俺に合わせろ!)
(ま、任せた!)
学園の女神様の失態を、何とか俺たちの手でリカバリーしてあげなくては……。
俺が逆の立場だったら、羞恥のあまり今すぐ逃げ出しているだろう。
彼女の強靭なメンタルに報いるためにも!
──この膠着状態を、無理やりにでも打開する必要がある!
一旦落ち着いて、深呼吸をする。
そして俺は──快刀乱麻を断つ如く、この場における鮮やかな解答を叩き出した。
「一旦さあ、これ──なかったことにしよう」
「承知」
とりあえず、避妊具を制服のポケットに突っ込む。
「つーか二宮! お前が俺のガセネタ流したらしいな!?」
「そう褒めるな」
「褒めてねーよ! おかげで理数科の連中にどんな目に遭ったか分かるか!?」
「あれはお前のためだったんだ。信じてくれ」
「誰がどう信じろと!? おかげでこっちは理数科にボコられるわ、先生に殺されるわで明らかにオーバーキルだぞ!?」
「現に生きてるだろう? ならば問題ない」
「──いや待ってください!! さっきの話はどうしたんですかっ!?」
柊木が無理やり俺たちの会話に割って入ってくる。
(なんでこの人、振り出しに戻す真似を!?)
(オレたちが気を利かせてやっているというのに!)
「なあなあにしないでください! 全然お兄様の誤解が解けてませんっ!」
(プランBだ!)
(承知!)
「──え、誤解? 一体何のことっすか?」
「何をそんなに騒いでいるんだ?」
「え、いや、だから……その……」
黙りこくる柊木。
「……どした? 急にそんな黙って」
「具合でも悪いのか?」
「ち、違いますからっ!」
「え? じゃ、何の話っすか?」
「別に無理をする必要はないが?」
「だから、その…………goムの……話です……」
柊木は身体をもじもじさせながら言う。
「なんて?」
「だから……ゴムですっ!」
「おい山市? ゴムってなんだ?」
「さあ? 俺には何が何だかさっぱり……」
「その……だから……避妊具のことですっ!」
顔を真っ赤に染め上げて悶えながら言う柊木。
「おい山市──察してやらないか、彼女が言いたいことを……」
「へ? ……あっ!」
「えっ、えっ!? 何です!?」
「そ……そういうことか!! だから柊木は!」
確かにそこに気が回っていなかった……!
「えっと、これ──職員室前の落とし物ボックスに置いとくから」
「別にオレたち──後で回収したか確認しないと誓うぞ?」
「返してほしいわけじゃありませんっ!! そもそも私のものじゃないですからっ!!」
なんか、この人いつも赤面してるなあ……。
(山市、ここはもう強制的に終わらせるのが吉と見た)
(だな。その方が彼女のためだ)
「了解です。この件は追って連絡するんで」
「今日のところはこれでお開きだな」
「ええっ!? どうして急に私を追い出そうと……」
無理やり柊木を廊下に追い出す。
「ま、待ってください! 私を帰らせて「あいつって実は……」って絶対話すつもりですよね!? 本当の本当に誤解で──」
「では、また会おう」
「絶対そんな話しないって。じゃ、お疲れっした」
──バタンッ!
……。
やっと放送室が静かになったな。
「俺らもそろそろ帰るか?」
「うむ。今日は色々あって疲れたぞ……おお、忘れないうちに渡しておこう」
「お? なんかくれんのか?」
二宮はカバンから、お洒落にラッピングされたプレゼント袋を取り出した。
「受け取れ。1学期の放送お疲れを労う品だ。旧部存続祝いも兼ねてるが」
「ま、まじかよ……お前がこんなもん用意するとは意外だが……」
「色々と放送の影響を受けているようだからな」
「ほんとだぜまじで……」
申し訳ないという気持ちがあるのが意外だが……こいつなりに少しは反省していると信じたい。
「目の前で開けられると恥ずかしいのでな、家に帰ってからでも開けてくれ」
「おっけさんきゅー、ありがたく受け取っとく。にしてもさ」
「ああ。そろそろ頃合いだろう」
「だよな。柊木って、やっぱり清楚系ビッ──」
「──(ガラッ)やっぱりその話、してるじゃないですかっ!!」
いつまでいんだよ。
『次回更新はしばらく先になる……』
「ほんとに申し訳ない……」
『飽きたとか、別の作品を書きたいとかではなくて、ただただ本当に書く時間がないらしい』
「まあただの言い訳なんだが……申し訳ない」
『だが、このような状況で、なろう作家として色々と得るものがあった』
「おう? 例えば?」
『やはり──エタらせる作者の気持ち』
「今それ絶対言っちゃいけないやつだろ!! 頑張ってそこ避けて話してたじゃん今まで!!」
『いや、文章を読んでいる妹が頭に浮かんだものを巧みに言語化してなぞるという行為は、人を笑わせる点において非常に重要で……』
「いやそうだけど! 明らかに更新頻度減ってるしそのバッドエンドルートを辿ってるけど!! リスナーの頭に絶対"エタる"っていう3文字浮かんでたけど!!!」
『なんだ、合ってるじゃないか』
「だからってそれ自白する作者いるか!? 聞いたことねーだろ!?」
『いや、色々と今までやって来たからオレたち、もう何でもありだろう?』
「怖いもの知らずすぎるわ……」
『それと、ブクマや評価はもちろん、やはり妹からの感想は非常に励みになる。この作品は妹の応援無くして、今ここに存在することはないと断言できる』
「良いこと言ったって、もう取り戻せねーよ……!」
『というわけで妹たちよ、ブクマ、評価、いいね、感想、何でも待ってるぞ!』
「どういう神経でそれ言ってんの?」
『……こんなことを言っていて、仮にこれが最後の更新だとしたら、それが一番面白くないか? コメディ作品のオチとしてこれ以上ない完璧なものだと思うが……』
「頼むからもう縁起でもねーこと言うな! 確かにそのオチを超えるオチは多分この世にないけども!」
『よく見たら、もう今回の話が投稿された時点で実はもう"連載中"じゃなくて、"完結済み"になってるとかはどうだ?」
「確信犯じゃねーか! 確かにそれ見たら俺だったら笑うけど! 絶対吹き出すけど! 今確認しようと思ったリスナーいるだろうけど!!」
※流石にネタでそこまで振り切る勇気はizumiにありませんでした。悔しいです。
更新頻度はお察しで申し訳ないですが……皆様からの応援、誠に感謝!
感想だけでなく、もちろんブクマや評価もいいねでも嬉しいizumiなので、ひとつよしなに!
 




