もう二度と三人称コメディなんてやんない!
──ガラッ。
「おお山市、姉貴の説教はどうだっt……柊木?」
二宮陸の視線の先には、生徒会の女神と謳われる人外美少女の柊木雪音が立っていた。
「失礼しますね」
柊木は気品あふれる所作で頭を下げると、ラノベを読む二宮陸の真向かいの席に腰を下ろした。
てっきり一言二言、何か伝えに来た程度の要件だと思っていた二宮だったが、柊木の突然の行動に戸惑いを覚える。
「……き、昨日ぶりだな。そういえば今日の大講義室の使用許可については礼を言う」
「設備利用の申請期限はとっくに過ぎていたんですからね。生徒会副会長の私に感謝してくださいね」
「う、うむ……」
「どうしましたか?」
「い、いや、なぜここに来たのか疑問で……目の前に座られると圧があるんだが……」
「普段はお兄様がここに座っておられるので、慣れているはずでは?」
そんなことは意に介すつもりないという態度で、質問を返す柊木。
「……なぜそこは山市の席だと分かったんだ?」
「あら、偶然当たっただけですので気にしないでください」
「そ、そうか……それで要件は?」
二宮は読んでいる本を閉じて、柊木と向かい合う。
見目麗しい彼女の容姿、雰囲気はまさに二宮が理想とする妹の完成形に近いが、見つめ合っているというのに、あまりいい気分はしない。
それどころか、どこか追い詰められているような圧迫感と、逃げ出したくなるような恐怖心が芽生えてくるのを自覚する。
それもそのはず。
柊木は普段からうっすらと微笑をたたえているようなイメージだが、目の前にいる少女の微笑はどことなく険のあるものであり、彼女の背後には現実に存在するはずのないどす黒い何かがうごめいて見える。
「その、どことなく含みのある微笑も、正直怖いのだが……何か恨みでも、ある、のか?」
「恨み? そんなもの──」
彼女は満面の笑顔をたたえて、
「──沢山あるに決まってますよね?」
そう言い放った。
「……え?」
「よくもまあ、私の作戦を狂わせてくれたものです。大人しく廃部になっておけばいいものを……!」
柊木は悔しそうに顔をしかめる。
──彼女がこのような表情を他人に見せることなど、本来ありえないものである。
いついかなるときも容姿端麗、才色兼備で、完璧美少女の格好を崩すことなどない彼女の、滅多にお目にかかれない新鮮な様子。
本来であれば──
(完璧美少女が自分にそんな態度を見せてくれるなんて……!)
と、思春期の男子高校生の男心をくすぐられるシチュエーションであるはずなのだが。
彼女の憎しみの対象が自分だと分かっている状況ではその限りではない。
むしろ、権力者の普段見せない一面を垣間見た目撃者がその後どうなるかといえば──
(こ、これは……バッドエンドまっしぐらじゃないのか!?)
──心中穏やかではない。
「大講義室を押さえて放送に踏み切るまでは想定内でしたが、あんな公約と共に募金を呼び掛けるとは……プランBで対応しましたが、まさか二宮先生という思わぬ誤算が入るとは……!」
言葉を重ねるほどに彼女は邪悪で禍々しい気配を纏っていく。
(なるほど、これは旧部OB相手に山市が怒る様子に似ているな……!)
と感心している場合ではない。
二宮には目の前の美の化身の考えが全く読めないのだから。
「ですが──終わったことを嘆いても仕方ありません。大事なのは今、そしてこれからの未来なのですから」
「う、うむ……」
「とりあえず──単刀直入に言います、この旧放送室には成人向けのコンテンツがありますね?」
突然、鋭角に放たれる指摘。
「な、何を馬鹿な!? それは昨日処分したと──」
「本当に全て処分しましたか? 私の目を誤魔化せるとでも?」
「なぜ山市すら気付いていない秘蔵コレクションの存在が!?」
「私の観察眼を甘く見ないでほしいですね。二宮さんが処分したように偽装して、旧校舎の空き教室に隠している品々の存在も確認済みですが?」
「うぐっ……」
なんて末恐ろしい女だろうと思うと同時に、この女を敵に回すと厄介なことになると二宮は悟った。
「……何が望みだ?」
「察しが良いですね。話が分かる方で助かります。私のお願いを聞いてくだされば、この件は見過ごして差し上げましょう」
「……う、うむ」
「お願いは、お兄様に関することです」
その方向性は予想通りのものだ。彼女は明らかに山市に固執している。
「そのお願いを聞く前にオレから一つ聞いてもいいだろうか?」
「いいですよ」
発言の許可を得た二宮は──意を決して核心に切り込んだ。
「山市との関係性について教えてくれないか? 昨日、お前のことについて少し話していたんだが……あいつは本当にお前のことを知らない様子だったが?」
二宮の問いに対し柊木は、
「お兄様が私のことをお話して下さっていたんですね……ふふっ、嬉しいです」
とはにかみながら答え、それまで彼女が放っていた禍々しいオーラが嘘のように一瞬にして霧散し、和やかな雰囲気に包まれる。
あまりの雰囲気の急激な変遷に、二宮は呆気にとられる他ない。
「お兄様が私のことを覚えていなくても、無理はありません。私たちが最後にお話ししたのは、昨日を除くと4歳の頃なのですから」
「ほ、ほう……なるほど……」
(過去の幼なじみパターン──にしては、あまりにも幼すぎるな……)
4歳ぐらいの記憶など、鮮明に覚えている人などほぼいない。、山市が覚えていなくとも無理はない。
なんとなく覚えていたとしても、今の柊木と一致していない可能性もある。
「私とお兄様は遠い親戚です──正しくは遠い親戚だったという表現の方が適切ですが」
(たしか……山市は幼少期に離婚を経験していると言っていたな……)
「そして──私とお兄様は将来を誓い合った仲なのです!」
「…………え?」
フリーズする二宮。
……彼に言わせれば、事実はギャルゲより奇なりだが、まさかそんなことが実際にあるとは想定の埒外。
しかも……。
「ちなみにその約束をした年齢は……」
二宮は恐る恐る問うと──
「4歳の頃ですが?」
──恐ろしい答えが返ってきた。
「そ、そうか……」
(あいつ──ヤバい奴を引き寄せる万有引力でも働いているのだろうか?)
自虐ともとれる思考を進める二宮。
本来なら、うっとり顔で虚空を見上げる柊木を見て、鳥肌が立つほどの恐怖感を覚えるべきなのだと頭では分かっているのだが、なまじ容姿は化物じみて整っているせいか、異常であるという認識が薄れてしまう。
それはまるで、日本人が戦国武将に対して、つい親しみを持ってしまうような感覚に近いかもしれない。殺人鬼には変わりないはずなのだが。
「本来であれば、お兄様がこの学校に入学したことにすぐ気づくべきだったのですが、理数科と普通科であまり接点がなく、名字が変わっていたため、気づくのに少々時間がかかってしまいました」
「そ、そうか……」
「加えて、お兄様にお会いするまでに色々とやらなければならないこともあったので……」
彼女は1年ながら4月の生徒会選挙で副会長を射止めた才媛。
(不慣れな生徒会の仕事でもあったのだろうか……)
「そういえば、なぜお前は山市のことをお兄様と呼んでいるんだ? 幼少期からその呼び名か?」
「いえまさか。お兄様と呼んだのは昨日が初めてですよ?」
「…………え?」
再びフリーズする二宮。
「厳密には私の方が誕生日も早いですし」
「ならば、なぜ……?」
「そんなの──お兄様の好みに合わせているに決まっているじゃないですか」
柊木は淀みなく朗らかに述べる。
この時、二宮陸は思った。
──それ、多分真逆なんだが?
何かがおかしい。
何かがずれている。
何か、とんでもないボタンの掛け違いが起こっている。
戸惑う二宮に気付くことなく、柊木はさらに言葉を重ねる。
「お兄様は、黒髪清楚で健気に兄を慕う妹のような女性が好みのはずですから!」
この時、二宮陸は思った。
──それ、オレの好みなんだが?
「ちなみに……その情報のソースは?」
「実は先月、生徒会の活動の一環で旧放送部の活動実態の立ち入り調査でこの場所を訪れたのですが……あいにくお二人がいらっしゃらず、そこには不用心にも付けっぱなしのお兄様のノートパソコンがありました」
「ほ、ほう……」
「そのお兄様のパソコンには、妹を愛玩する娯楽物が、多数確認できました。フィギュアやアニメ、ゲームの類まで、何やら何まで、全てが妹一色だったんです!」
……。
「これは間違いなく、“妹好き”という、お兄様の趣味嗜好が反映されたものに違いありません!」
この時、二宮陸は思った。
──それ、オレが勝手に見てたやつなんだが。
4月3日21時30分追記。
『なろうにはいいね機能があるというのは知ってるか?』
「ああ、いつの間にか実装されてたな」
『これを見ることで、どの話が妹たちに高評価か判断することができるのだ』
「へえなるほどな。作品全体ではなく、各話の評価が分かるっていうのは新鮮だな」
『ちなみに──今まで一番いいねが多い話は何だと思う?』
「えっ、いやっ……なんだろ。ぜんっぜん分かんねーわ……」
『意外に難しいだろう?』
「でも、まあ……シンプルに第3回放送part3じゃね? キリが良いし、後書きでも良い感じに語ってたじゃん?」
『オレもそうだと思ったんだが実は違う。意外だろう?』
「へえ……つーかさ」
『おや、どうした?』
「いや……」
『なんだ?』
「……なんで普通に後書きやってんの?」
※完全に忘れてました。
以下、追記。
『ちなみに、今回は三人称だったが、次話からはオレの一人称だ』
「今回のタイトルが全てを物語ってんな」
『唐突なチャレンジの理由を後書きでやるには、あまりにもメタすぎるというもので──』
「──気になる人はizumiの活動報告を覗けば……まあその残念な理由が分かる」
 




