ヒロインは脱落しました。
「実は昨日、衝撃的な事実な事実が発覚したんだ……」
仕方なく、二宮先生の話を聞くことになった。
まあ先生の悩みを聞くなんで貴重な体験も悪くはないかもしれない。
「衝撃的な事実?」
「ああ……思い出すだけで気分が沈んでくる……」
先生が鬱屈とした表情を見せる。
「実はこう見えて……私はコミュニケーション能力が乏しくてな」
「先生の目にはどう見えてるんですかね」
「やはり、そうか……」
「えちょっと!? 今ボケたんですからいつもみたいに暴力的にツッコんでくださいよ!?」
どうやら先生は相当気が参っているようだ。
「そんな私にも幼稚園からの親友がいてな、名を小春という」
「へー」
「小春は心優しい親友というか、社会人になっても小春とは定期的に会うほど仲が良かった」
「それは良いですね」
「お互い仕事もあるので頻繁とまでは言わないが、機会があれば一緒に飲むのが楽しみだった。会話の内容はたいてい……まあ愚痴だな。“オトコなんていらない!”とか、“結婚なんて必要ない!”とかだな」
恥ずかし気に先生は言う。
「え? 結婚願望あるんじゃないんすか?」
「まあそれは強がりのようなものだ。親友もしきりに頷いて共感してくれていた」
「親友も同じ境遇だったんですね。相性ピッタリじゃないですか」
「その通りだ。それで、別に結婚しなくても、休日にたまに気兼ねなく時間を過ごしてくれる相手がいればいいと思っていた」
「その相手が小春さんだったわけですね」
そういう考え方も全然あるだろう。何となくだが共感できる。
ただ……先ほどから気になるのは、全部過去形の話になっていることなんだが……。
「そして昨日、同窓会があったんだ」
「お、親友と飲めるいい機会じゃないですか?」
「残念なことに、親友は出席していなかった」
「あらら」
「だが、そのかわりにとある話が隣のテーブルから聞こえてきた」
「ほう?」
「“小春ちゃん──育児が大変だもんねー”と」
「……は?」
「実は3年前に小春は結婚していたらしい」
先生が苦々しい表情を見せる。
……それはつまり、親友が自分に黙って結婚して、さらに出産までしていたと……!?
「……ちなみに最後に会ったのは?」
「今年の頭に一緒に飲んだはずなんだが……オトコなんていらないという話題で盛り上がっていたあの時間は一体何だったんだ──というショックで、同窓会はそれ以降の記憶がない」
「……」
「しかし小春の気持ちも分かるというか、私に報告しようとしていたんだと思うが、優しいあいつのことだ。ついつい私の状況に合わせて黙っていたのだと容易に想像がついてな」
「なかなか……ですね……」
同じ独身仲間だと思っていた親友が実は子持ちだったとか、そんな絶妙な裏切りはなかなか心に堪えただろう。
例えるなら、二宮に許嫁の美人幼なじみがいるレベルだ。
そんなのがいたら、抹殺せざるを得ない。
二宮の方を。
「昨日は家に帰り、あまりの惨めな気持ちをお酒で誤魔化してこう誓った──心機一転、これからは結婚について真剣に考えようと」
……なるほど。
今朝の先生の変わりようが理解できた。
大きな心境の変化があったというわけか。
「そもそも僕は先生のことだから、恋人の一人や二人、いると思ってましたよ」
「お前の倫理観が非常に気になるところだが……どうも私はなぜか経験豊富なオトナの女性に見られることが多くてな」
「僕にもそう見えてますよ」
常に真っ黒のパンツスーツに身を包み、いつもきっちりとしていて服装が乱れているのは見たことがない。
授業も分かりやすく、経験任せでアドリブで板書を書いて授業をしているような先生の類ではない。あれはノート取りづらすぎて萎える。
生徒からの人望もある先生は、先生という職業に対する表現は適切ではないかもしれないか、バリバリのキャリアウーマンという印象。
──仕事も恋愛も完璧ですけど何か?
と周囲に思わせるような、何かがある。まあ実際に仕事はできるんだろうが。
しかし、じゃあ恋人にしたいかと言われれば、それはまた別の話になってくるわけで……。
「敷居が高いと思われているのか、全く男性から声を掛けられたことがないんだが……どうしてだと思う?」
顎に口を当てて、不思議そうに尋ねる先生。
「それはもちろん、男は自分より有能な相手を敬遠するみたいな心理が働きがちだし、先生の鋭い目つきが、男からするとすべてを見透かされているような感じで怖いし、なんか無駄に勘が働いて付き合うにはちょっとしんどそうだからに決まってるじゃないですか」
……なんて言えるわけもなく。
「いやー、分かんないっすよねー!」
俺は正直に嘘をついた。(矛盾)
これは矛盾しているようで矛盾している(矛盾)素直な嘘(矛盾)。
複数の矛盾が互いに打ち消し合って真実へと昇華されるという、極めて稀有な事例を垣間見たわけだが、もう何言っているか正直自分でも分かんない。
「じゃ、とにかく先生の事情は分かったんで、僕もう帰りますよ」
もうノルマは達成したはずだ。
生徒指導室の扉を開けようとする。
が、鍵がかかっていることを忘れていた。
「先生、鍵開けてもらっていいすか?」
「お前なら力になってくれると思ったんだが……ちょっと聞いてくれないか?」
「はい?」
なぜか席を立つ様子がない先生。
「実は生徒に直球の告白をされたんだ」
「へ、へえ……」
「しかも、大勢の前で堂々とな」
「ふ、ふうん……」
「しかもその音源は私が所有している」
「……」
「私もいけないとも思っているんだが……32でどうこう言ってられない。もうこの際──」
「──誰か!! 誰かこの扉を開けて!! 早く!!」
「そんな大声を出して扉を叩くな。人が来たらどうする」
「……何するつもりですか!?」
ま、まずい!
さっきから先生の理性と感情と言動と行動がどれも絶妙に噛み合っていない!
……先生もどうやら混乱しているのかもしれない!
ここは時間に解決を委ねよう。
幸いにも、もう夏休み。
2学期にはいつも通りの先生に戻っていると信じるしかない。
早くこの場を去らないと……。
「落ち着け山市、冗談だ」
先生が呆れたように笑って、鍵を取り出しながら腰を上げる。
「なんだ……冗談ならもっと分かりやすく言ってくださいよ……」
「私も現役の教え子相手に手を出すつもりはないから安心してほしい」
「そうですy──」
──現役の?
……野暮なことは聞いたら負けだ。きっとこれも冗談だ。
卒業後の俺の身は不安で仕方がないが、とにかく聞いたら負けだ。
「それにしても──そんなに私が嫌か? さすがに私でも傷つくというか……」
──鍵を開けるために俺のすぐ隣に立った先生は伏し目がちに呟いて、綺麗な白い指で長い髪を耳元にかける。
真夏特有の燦燦とした日差しが窓から差し込み、二人の影が重なる。
先生の長いまつ毛がまばたきで静かに揺れる。
先生は普段の険しい表情とは打って変わって、憂いを帯びたどこか不安げな表情で俺を見つめている。
「……っ」
自分の鼓動が急速に速くなっていくのが分かる。
──落ち着け早まるな! ギャップにやられるな! ギャンブルするな! そっちは駄目だ……!
でも、思考が上手く、まとまら、ない……。
「お、おい!」
暑さにやられたのか、気が動転しているせいか、立ちくらんで足元がふらついた俺の身体を、先生が支えてくれる。
とっさのことで、俺が先生の首元に顔をうずめる形となった。
シャンプーなのかリンスなのか、もしくは香水なのか、はたまた妙齢の女性特有の色香なのか、とにかくよく分からないが、脳がクラっとする危険な甘い香りがそっと鼻腔をくすぐる。
──先生のヒロインルートも悪くはないんじゃないか……?
おぼつかない意識の中で、そんな危険思想を抱いてしまう。
今まではありえなさすぎて、その可能性について検討することもなかった。
目を閉じて、先生のことを考えてみる──
確かに先生のことは苦手ではあるが、別に嫌いというわけではない。
ちょっと暴力的なところもあるのは否定できない。
だが、それも生徒への愛ゆえと思えば……まあぎりぎり目もつむれなくは……ないかもしれない。
──むしろ先生の長所なんていくらでも思いつく。
例えば、かっちりしたスーツを突き破らんとする、自己主張の激しい胸。
黒板を書くときについつい視線が吸い寄せられる、万有引力定数がG+δのヒップ。
それでいて、引き締まっていてほしいウエストラインは綺麗なくびれの流線形を奏でている。
ほら、もう先生の良いところが3つも出てきたじゃないか!
これはもう、人生のメインヒロインが決まったも同然なんじゃないか!?
よし!
ちょっと俺の未来予想図をシミュレートしてみようじゃないか。
俺のプランでは高校卒業後は大学進学で、大学院に進むかは分からないが、早ければ22歳で社会人になっている。
籍を入れるのは、経済的な安定を手にしてからがいいな。
となると、社会人2、3年目が妥当な線だろう。
その頃には俺は25ぐらいで……おお、約10年後ってところか。
先生は、えっと、今が32歳だから、つまり10を足すわけだな。
……。
「今回は採用を見送らせていただきます」
「何を想像したか吐け」
──山市凛空に音速の拳が飛んでいく同時刻。
旧校舎の放送室で二宮陸は山市凛空の帰りを待っていたが、そこに人智を超えた理解不能な美しさを持つ女子生徒が訪ねていた。
「後日談が長引いてほんと申し訳ない」
『まだまだ続くようだ』
「もう後日談という発言を取り下げさせてくれ。もう普通に本編の続きってことで」
『ちなみに、先ほど気付いたんだが、おそらく初めてコメディ月間1位を獲得していた』
「おお、ついにやったか!……おそらく?」
『ああ。さすがに以前のようなビッグウェーブも過ぎ去ったので、最近はあまりランキングの類を確認していなかったんだが』
「毎日更新も終わったしな」
『偶然、なろうのトップページのランキングで月間1位を獲得していたことに気付いた。あまりの嬉しさにizumiがスクショしていたほどだ』
「小心者エピソードには事欠かねーな……」
『妹たちよ、応援誠に感謝だ! ではまた会おう!』
「……後書き、だいぶ短くなったな」
『……実は、後書きを短くするだけでなく、本格的に自粛しようと思う』
「やっと反省したか。後書きのせいで本編に影響出たこともあったもんな……でも急にどうした?」
『izumi曰く──ここに時間を割くよりも、本編に時間を割くべきだと気付いたらしい』
「今さらかよ!? ……まあ本編あっての後書きだからな」
『後書き自粛については……実は月間1位を取ったらそうしようと以前から決めていたのだ』
「へえ、そんな覚悟があったとはな……」
『──と言った方がなんかかっこいいので、そうすることにした』
「知ってた」
『というわけで、妹たちの新生活も始まる4月から、後書きはizumiに余裕がある時のみの不定期開催へと変更させてもらう』
「りょーかい」
『後書きまで読んでくれた妹たちよ、誠に感謝だ!!』
「ああ、後書きを楽しみにしていてくれたリスナーには申し訳な──いやそんな奴そもそもいなくね?」
『確かに唐突に始まったものだからな。反省すべき点として、途中から明らかにやりたい放題だった』
「…………最初からじゃね?」
『……本当に付き合ってくれて感謝だな』
「まじでそれしかないわ。ほんとありがとな」
※後書きが完全になくなるわけではないのでご安心を!
そして、月間1位ありがとうございます!
これに関してはizumiは全く関係なく、読者の方々のお力添え以外の何物でもありません。
流行り廃りとは無縁な、こんなよく分からない本作を発掘して押し上げたご自身を誇るべきです。
ただ他人には言わない方がいいです。多分それ黒歴史ってやつです。
さて、これからも少しずつですが、頑張っていこうかなと思います!
最後に、いつも誤字報告をしてくださる読者の方々には頭が上がりません……!
正直、毎回後書きは誤字報告をしてくださる読者の方々に向けての長文のラブレターにしたいくらいです!
そんな本作ですが、これからもお付き合いいただければ幸いです。
izumi
 




