やはり先生との青春ラブコメは間違っている。
──今からでも間に合う!
アラサーからの婚活はこれで決まり!
──アラサー女子が気を付けておくべき7つのこと。
妥協しない相手選びの秘訣!
……。
……。
……。
──ダッ! (逃げ出す音)
──ガシッ! (肩が掴まれる音)
──バキィィッ! (肩の骨が破壊される音)
「ま、待て! せ、説明させてくれっ!」
「ええ、僕の肩を破壊した理由をね」
どうして俺の右肩は破壊されたのだろう?
「そ、その……これは……」
突然のことに気が動転している先生。
……あまり人に見られたくない情報だったのかもしれない。
確かに先生が婚活しているというのは知らなかった情報だが、別に昨今、珍しくもなんともない。
今日は多様性が認められ、個人の考えや生き方が誰に縛られるのを良しとしない世界。
婚活している女性をバカにして笑うなんて時代、とうの昔に終わっている。
先生は堂々としていればいいのだ。
──あたふたしている先生に対し、ここで俺に求められている反応は、決して自分自身の保身などではなく、真に相手の立場を慮った忌憚なき対応。
「先生、よかったら──」
となれば、おのずとかけるべき言葉が浮かび上がってくる。
「──僕が良い人紹介しますよ?」
「……」
「…………」
「…………」
「……何も見てないです」
「逃がすか」
離脱しようとするも首根っこ掴まれてしまった。
「い、いいかっ!? 誰にも言うなよっ!? 生徒はもちろん先生にもだぞっ!?」
「……」
「ほらっ!? 返事は!? 口外したらいくらあたしでも怒るんだからな!?」
「……それ、殴りながら、言う台詞じゃ、ない、ですよ?」
殴られながら、どうやって返事をしろと?
いつもの険しい表情とは打って変わって可愛く赤面している先生は正直、悪くはない。
むしろ普段は見せないそのギャップが、ころっと10代男子のハートを射止めても不思議ではない。
だが、恥じらいながらボディブローを決めてくる先生を愛でる気分になれるほど、達観していないのもまた事実。
ころっと物理的にハートを止められても不思議ではない。
しかし、ここで俺が悲鳴を上げてしまえば、教師の体罰問題になるが、さすがに今回ばっかりは俺が100%悪いという自覚がある。だがもう鳩尾あたりの感覚がない。
「落ち着いてくださいよ、婚活してるなんて恥ずかしいことじゃないです。そんなの一昔前の風潮ですって」
「そ、そうだよな……」
とりあえず無難に話を切り上げて、さっさと要件済ませて帰ろう。
「それにきっと先生なら、すぐに良い人見つかりますよ。それより、柊木生アプリの旧部アカウント……どうしました?」
「……」
俺の言葉を聞いた先生の顔が、途端に曇ってゆく。
何がまずいことを言ったか?
特に変なことは言ってないはずだが……。
「良い人が見つかる──そう言われ続けて……もう10年経ったなあ……」
「……」
「もう、気付けば、32歳かあ……」
お、重い……。
つーか先生めちゃ若く見えるけどもう30越えてたんだ……。
「せ、先生、一旦落ち着きましょう」
椅子に座ったまま、どこか遠くを見つめて呆然とする先生をなんとかフォローしないと。
「今の世の中は色々な生き方が広く受け入れられています。結婚が当たり前ではありません」
「……ああ」
「あえて結婚を選択しないという人への理解も高まってます! ご安心を!」
「そうだよな……」
「籍を入れないカップルだっていますし、無理して結婚という形に縛られる必要はないんです!」
「でも──それ相手のいる人の話って分かってる?」
「……へ?」
「相手のいない私にそんな次元の違う話をするって……馬鹿にしてる?」
「え、いや、その……と、とにかく! “結婚=幸せ”という価値観に縛られる必要はないってことです!」
「じゃあ──普通に結婚願望がある私はどうすればいい?」
「……」
ねえ、誰か早く職員室来てよ!
こんなの耐えられないよ!
なんかちょっといつもと口調がおかしいし!
早朝に来たせいで、二人っきりの時間が続きそうだよ!
できれば、こんな先生──
「で、どうすればいい?」
「……」
いやまだ続いてんのかよ!
もうそのくだり終わって、今モノローグの時間だから──
「ねえ、どうすればいいと思う?」
いや、だから──
「どうすればいいと思う?」
え──
「どうすればいいと思う?」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「…………………」
「…………………」
「…………………………」
「…………………………」
「……頑張る、とか?」
──すると先生は何も言わずに遠くに視線をやった。
「もう周りは結婚して、子供もいるのに……」
……。
「誕生日……素直に祝えなくなったのは、いつからだろうなあ……」
──先生に一体何があったんだよ!?
いや、今まで何もなかったからこうなったのかもしれねーけど!
昨日今日で変わりすぎだろおい!?
さては二宮、これが原因で俺にこの役目を押し付けたんじゃねーだろーな!?
ちくしょう……後で二宮に事情聴取するとして、とりあえず先生を慰める方向にシフトを敷くしかねーな……!
「や、やっぱ学校の先生って! 生徒に見られないようにデートするの大変みたいな話聞きますもんね! しょうがないですよ!」
「ああ、私も新任教師の時は、前もって学生がいないようなデートスポットを探したなあ──一度も活用する機会はなかったのに」
「……」
お、重いよう……。
胃が痛いよう……。
未婚男性教師の間で二宮先生をめぐって水面下の激しい争いが起きている、という噂をどこかで聞いたはずなんだが……。
……夏休みを目前に、一体先生の身に何があったのかは分からないが、とりあえず今日の先生は、何を言っても駄目な日ということが分かった。
そもそも人の目もある職員室でそんなことを調べてる時点で、まともなメンタルじゃない。
──俺たちは今日の昼休みになかなかの大博打に打って出る所存。
申し訳ねーけど……今は先生にあまり構っている余裕がねーんだよなあ……。
ただでさえエピソードが渋滞してるってのに。あと完全に柊木出るタイミング間違えたわ。原作ストックないとこうなるんだよなあ。
──よし!
もう撤退だ。アカウントの件は事後報告にさせてもらおう。それで別に問題はないはずだ。
じゃあ、さっさと──
「いつから、こんな手遅れに……」
「……」
「どこで道を間違えたのかなあ……」
「……」
──帰りづれぇ……。
何でそんなに元気がねーんだよ!?
とりあえず、先生を褒めて褒めて褒めまくって、良い感じになんか、こう、ふわっとさせとこう!
そうすれば、いつもの元気な先生に戻るに違いない。
「先生ほど魅力的な大人に、僕は会ったことがないですよ! 本当に!」
「……そうか?」
「そうです、先生の魅力なんていくらでも思いつきますよ! だから元気出してください!」
「……本当か?」
「本当です!」
「例えば?」
「胸」
「コロス」
ほら。元気いっぱいの右ストレート。
……いや違う。
確かに元気が出たが、きっとこういうことじゃない気がする。
朝だから俺の頭が寝てるのかもな。でも今の一撃で目が覚めた。次の一撃でよく眠れそう。
「お前もどうせお世辞を言ってるんだろ……頭の中では、行き遅れの年増とか思っているんだろ……」
被害妄想の激しい先生は、ついに俺に背を向けて、机に突っ伏してしまった。
一体この人の精神年齢は何歳なんだろうか?
普段はめちゃくちゃしっかりしてるはずなのに……。
「いやー! 先生が先生じゃなかったら、今頃僕、告白してるんじゃないかと──」
「──山市、そういう冗談はやめろ。それは駄目だ」
突っ伏した姿勢のまま、顔だけ素早くこちらに向ける先生。怖っ。
……でも、先生を励ますためとはいえ、あまり軽々しく言っていい内容ではなかったかもな。
メンタルが落ち込んでいても、流石は先生だ。
どんな状況でも生徒が間違いを犯せばちゃんと諭してくれる。本当に人格者だ。
「……すみませんでした」
「分かればいい」
「先生……」
「でないと──自分を抑えられる自信がない」
──ダッ!!(逃げ出す音)
 




