手を出したのは、禁断の果実。
──深夜。
「二宮、そんなん一緒に住んでる先生に今言えばよくね?」
「無理だ。家で仕事の話を持ち込むなと不機嫌になる。山市が明日の朝早くに学校に行って頼んでくれ」
「しゃーねーな、りょーかい」
「では、明日は学校サボるなよ」
「当たり前だろ? んなこと言われなくたって分かってる」
「遅刻もするなよ」
「…………おやすみ」
「おい! 今の間はなん──」
電波の調子が悪いのか、通話が切れてしまった。
パソコンの調子でも悪いのかもしれないな。
時計を見ると、時刻は12時を過ぎていた。いよいよ今日が決戦の日だ。
肝心の放送内容は、ある一点を除いて全く打ち合わせをしていない。それは──
リスナーである3年に、旧部存続のためのポイントの寄付を呼び掛ける──ということだ。
実際10万も集まるかは分からないが、1日で10万稼げる可能性があるのはおそらくこの方法しかない。
10クラスあって1クラスあたり、大体40人いるはずなので、3年は400人いる。仮に放送を聞いた全員の人が100ポイント落としてくれたとしても、合計40000ポイント。
10万には倍以上足りず、そもそも全員がポイントを落としてくれるとは考えられない。
そうなると、大量のポイントを寄付してくれる太客の存在に期待するしかないが、正直これは未知数。
……まあいつも通り、出たとこ勝負っつーわけだ。考えたところでしゃーねーな。
そして──放送を行うメリットはもう一つある。
日付変わって今日は1学期最終日。明日からは夏休みだ。
この日を逃すと、ロリコンという俺の誤ったイメージが、学園中に完全に定着してしまう。あいにく旧部にロリコンはもう間に合ってる。
今日の放送は、自分のイメージを正す絶好の機会。
これを逃すともう俺のバラ色高校生活は破綻するといっても過言ではない。
……理数科にいる時点で破綻している気がしなくもないが。
とりあえず、なんとしても俺の不名誉な印象を今回の放送で払拭しなければならない。
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ユーザ名:cube@so cube!!!
柊木学園高等部の1学期最終登校日の明日の昼休み、
旧校舎の大講義室を貸し切って、so cube!!!公開生放送!
【代表リクからのコメント】
この愛を全妹に捧ぐ。
【参謀ソラからのコメント】
チェックメイト。
324いいね 68リツイート 10のコメント
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CN:パック
「全妹に捧ぐ」ってお前の妹になりうる奴は早生まれのやつしかいないだろw
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CN:Mr.X
今日適当にぶらついてたら時の人の代表リクと参謀ソラが漫才をやって別れた後、幼女が泣いてその子の親っぽい人がソラに怒りの形相を向けてたw
何やってんのあの人達www思わずコーラ片手に観戦してたわwwwww
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CN:(ΦωΦ)
まさか長いフリートークから放送が始まるとは、、、放送事故だと思ったんだけどちゃんとした放送だったん!?
それにしても第一回から体張りすぎwww
先生乱入に性癖暴露ってww
二回目も先輩の黒歴史暴露はやばいw
あいつらが必死に走ってんの見れて楽しかった!!企画考えるの頑張れよ(o゜▽゜)o
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CN:旧放送部OB一同
皆の衆、聞いてくれ!
今日の放送で我々旧放送部OBの根も葉もない噂が、
あの憎き闇堕ち参謀のソラによって語られたが、
あれはあくまでソラの冗談であって、
決して信用しないように!
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CN:がっしー
OBが必死に火消しに走ってて草
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CN:土下座地区大会予選通過
自分の罪を告発されてから土下座しに行くとは土下座するものとしての覚悟、プライドが足りない、私だったら放送が始まった時点ではすでに土下座している。
土下座とは求められてからは遅い!
相手の糾弾の意志を折るそれが土下座なのだ!!
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CN:エリカ@リク担
まじでリク様のご尊顔が美しすぎて尊死しちゃう。
明日は最前列で応援確定。
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CN;優菜@リク担
ほんとにcube代表のリクさんが柊木で断トツのイケメンだと思う。
明日はリクさん目当てに見に行くもん。
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◇
──翌朝。
いつもよりかなり早めに起きてリビングに向かうと、あーちゃんと遭遇。
「……」
「……」
──昨日は思いっきり泣かれたし……嫌われたか?
と、高校1年生が小学1年生の顔色を窺っていると──こう言うとロリコンみたいだが──
「りっくん! おはよ!」
まるで何事もなかったかのように、挨拶してくれるあーちゃん。
「お、おはよー……」
「きょうははやいね!」
……確かに子供の時って泣いた翌朝とか、普通にけろっとしてたよなあ。
なんなら泣いてたこと忘れて普段通り過ごして、泣いてたこと思い出してから慌てて拗ね出すまでがセットだったな。
まだおばさんにはイマイチ理解してもらっていない気がするが、ひとまずあーちゃんに昨日の事件が尾を引かなかったことは幸いだ。
流石に嫌われたままでは生活しづらい。
懸念事項が解決したことを確認して、俺は手早く身支度を整えてバス停へ向かった。
◇
不名誉なイメージが払しょくされるまでは、もう二度とバス登校はしないと心に誓いたくなるような出来事を経て、俺は普段よりも1時間近く早く学校に着いた。
旧部顧問の二宮先生に、柊木生アプリでリスナーからポイントを受け取るための旧部アカウントを運用する許可を得るためだ。
柊木生が旧部にポイントを送る際にアカウントが必要になるが、個人以外のアカウントの運用は柊木学園の教職員の許可が必要となる。
まあ実際は形式的な許可で、既にアカウント自体はもう作成してある。あとは先生の許可をもらうだけだ。
二宮先生はいつも朝早くから出勤しているらしく、先生を確実に捕まえるために念には念を入れて、俺も一番早いバスに乗って登校したというわけだ。
──それにしても。
早朝の静寂に包まれた学校というのは、喧騒に溢れた普段とは打って変わってどこか厳かな雰囲気がある。
職員室への廊下を歩いていても、誰ともすれ違うこともなければ、自分の足音以外に物音一つすらしない。
たまには早朝に登校するのも悪くないな、なんて思いながら、俺は職員室の扉を静かに開けた。
──顔を出して中を覗くと、奥の方で所定の席に座りながらパソコンとにらめっこしている先生の後ろ姿が見える。
白いワイシャツと真っ黒のパンツスーツに身を包んだいつものスタイル。
モデルのようなすらっとした体型かつ豊かな双丘をお持ちの、我が1年10組の担任──二宮愛海は、朝から険しい表情で仕事に真摯に取り組んでいるようだ。先生ファンの要望に応えて描写しときましたよ?
二宮先生以外に人影は見当たらないが、集中しているのか、こちらには気付いていないようだ。
ゆっくりとドアを閉め、足音を立てないようにゆっくりと先生の背後に近づく。
集中している先生の邪魔をするのは申し訳ないな、と思いながら先生に声を掛ける。
「先生、ちょっとお話が」
「はわぁっ!? や、山市!?」
普段の生徒を威圧する低い声からは想像できない、可愛らしい悲鳴を上げて飛び上がる二宮先生。先生ってこんなかわいい声出るんだ。
「み……みた……?」
先生のこんな弱々しい言葉は初めて聞いたかもしれない。
「いや、そんな慌てて、一体何の話で──」
──その時、先生のパソコンの映し出された文字が目に入った。
──今からでも間に合う!
アラサーからの婚活はこれで決まり!
──アラサー女子が気を付けておくべき7つのこと。
妥協しない相手選びの秘訣!
『なんと、今日は連続投稿するぞ!』
「おお!?」
『前回の後書きで、たったひとつの件のために昨日投稿しなかったからな』
「あの件、全然伝わってなかったらしいぞ」
『ああ、どうやら少し分かりづらかったようだ』
「さっき感想を見て、慌てて“1000文字”ってizumiが追記してて、なんか情けなくなった」
『あまり流れに水を差すのも野暮なので、次回の後書きはなしで、そのまま第3回放送に突入しようと思う』
「それが物語のあるべき姿なんだけどな」
『ちなみに募集して昨日までにもらったメッセージは全部利用させてもらった。その内いくつかは、一部メッセージを抜粋する形で放送でも読まれる予定だ』
「おお」
『活動報告でも言っていたが、izumi曰く“全部利用するのはめちゃめちゃ大変だった。二度とやらない”と』
「なんてこと言うんだよ!? 」
『まあそれは流石に冗談だが、予想以上に放送内に採用することが難しかったらしい』
「そらそーなるわ。第2回放送を思い出したら分かるけど、メッセージに俺たちのどちらかが合いの手を入れていく形だからな。リスナーが俺たちの合いの手を予測して送るなんて至難の業だ。そんなことできたらそっちの道に進んだ方がいい」
『確かにな……世のハガキ職人とは凄いんだな』
「それにしても、第三回放送まで後書きがないなら、もしかしてこれが更新休止前の最後の後書きになるかもしれないってことか」
『その可能性もあるかもしれないな。……振り返るとここまで長い道のりだった』
「たしかにとんでもない濃厚な二日間だったな……」
『あの瞬間から、オレたちの物語が始まったのだな……』
「ああ。俺が遅刻したあの瞬間から全てが──」
『──5日経ったらアクセスが0から10000になった時から始まったんだよな……』
「それ後書きの始まりじゃねーか! せめて本編を振り返れよ!」
『……真面目な話をすると、後書きコーナーが続いているのは実はちゃんとした理由がある』
「本編を振り返る気はないんだな」
『長編コメディ作品はどうしても1話で面白い部分を作るのが難しい。その保険として後書きで面白くできたらな、という願いがあった』
「……ちゃんと理由があったんだな」
『逆に言えば──本編が面白ければ後書きは書く必要がないと考えているということだ』
「……めちゃめちゃ本編に自信失くしてんじゃねーか!? 後書きどんどん長くなってんぞおい!!」
『仕方ないだろう!? 元々終わったつもりの物語が再び動き出したら、大体駄作になるだろう!? それと同じだ!』
「てめえ地味に分かりやすい例えを出してんじゃねーよ! そういうのは本編でやれや!!」
『そもそも2日目がいくらなんでも長すぎるだろう!? テンポが命のコメディでこんなに時間経過が遅い作品ないぞ!?』
「それは俺も思ってたわ!!」
『……izumiによると、1学期ラスト3日で始めたのが全ての元凶らしい』
「原作ストックがなかったのも要因の一つだな。やっぱプロットって大事なんだな」
『izumi的には1学期が終わり次第、正直色々とテコ入れしたいそうなんだが、そうすると、せっかくもらった感想やいいねと消えたり、その回の内容と感想がずれたりしそうなのでやめとくらしい。いい方法があったら誰か教えてあげてくれ』
「まあこのグダグタ感もこの作品らしさになってる説あるけどな」
『この前ついに、後書きじゃなくて感想欄が本編って妹に言われたからな。となると、後書きが前書きになるわけだな』
「じゃあもう本編は一体どこに行っちまったんだよ……」
『そんな本作をここまで読んでくれた妹たちよ、誠に感謝だ!』
「リスナーからのいいねや感想、ブクマが励みだぜ! 評価もありがとな!」
 




