主人公の咆哮
「うう……ひどいです……」
人外美少女は恥ずかしいのか、書類で顔を隠しながら呟く。
ちなみに彼女が座っているのは、どこにでもあるぼろい学校の椅子にクッションを乗せたものだが、是非ともそのクッションのイラストを見ないことを願おう。
「ほんっとすいません……あとで厳しくこいつに言っとくんで!」
「何を言う山市。オレのプレゼン、正直よかっただろう?」
「ああ、どうでもよかった」
とりあえず、颯爽と訪れた人外美少女の出鼻をくじいてしまった非礼を平身低頭して詫びておく。
「ところで、二宮先生はいらっしゃらないのですか?」
書類を膝に置いた人外美少女は、部屋を見渡しながら問う。
「姉貴か? 姉貴は普段ここに来ることはないぞ。普通に職員室にいると思うが」
「そうでしたか。話は通してあるはずなんですが……ちょっと職員室に行ってきますね」
そう言って、人外美少女は席を立った。
「……わざわざ来てもらったのに、なんかすみません」
まさか校内で、ろくでもないものを見せつけられるとは思わなかっただろう。
なんてツイてない人なんだ。
「いえ、収穫はありました」
「え?」
「だって──お兄様に会えたんですから」
人外美少女は俺たち二人を見て、可憐に微笑む。
「…………は?」
待て待て。
今この人、俺らに向かってなんて言った?
幻聴か?
幻聴だよな?
……お兄様?
俺に妹なんていない。
そもそも、こんな美の怪物に会ったことなんてない。
と、なると……?
残っている可能性はもう一つしかない。
考えたくはない。
考えたくはない……が。
……。
「てめー妹いんのかよ!!」
俺はとんでもない裏切り者──二宮に掴みかかる。
「な、何をする!?」
「妹いねーと思ってたから笑えたけど!! リアル妹いてよくもまあ、いけしゃあしゃあとあんなこと言えたなおい!?」
「お、落ち着け!」
「他人にいきなりエロゲ見せるなんておかしいと思ったわ! さすがに妹オタクでも無理あるわ!」
こいつ……しかもバレねーように、あなたとか他人行儀な呼び方してやがった……。
「こ、これはきっとなにかの誤解──」
「そんな、知らないふりをするなんて……ひどいです」
「誤解がなんだって?」
「い、いったん落ち着け!? オレの話を!」
慌てて弁明する二宮だが、この状況で誰がそんな見え透いた言い訳に耳を貸すだろうか。
「ほら! こっちはもうネタが上がってんだよ! お前まじか!? まじでイカレてたんだな!? ちょっと待て……え、待ってもしかして」
俺は二宮に掴みかかったまま、人外美少女──二宮妹に視線をよこし、
「確認なんだけど……あ、あんたとこいつ……血、つながってる?」
すると──二宮妹は首を横に振った。
…………まじかこいつ!?
「俺が校内で白い目に見られてるうちに、てめーは家でこんな綺麗な義妹と仲良くしっぽりやってたってのか!? お前、俺がどんな思いで……うぅ……」
「おい、急に泣き出すなよ!?」
「そりゃてめーはノーダメだわ! 仲間だと思ってたのに……一発ぶん殴らせろ! てめーはそれだけのことをしたんだからな!!」
「ただの嫉妬じゃないか!? というかオレの話を聞いてくれ!」
必死の抵抗を見せる二宮。
だが正義は我にある!
「なんだよそれ! 何勝手に俺の相棒ポジションで主人公ムーブかましてくれてんだよ!
お前あれだろ──さては隠れて何か別の作品の主人公でもやってんだろ?
劣等とか陰キャとかぼっちとかモブを自称する超絶ハイスペッククソモテ野郎なんだろ? 順風満帆のくせにタイトルでハードルくっそ下げて実は完璧でしたテヘペロ、ってパターンなんだろ!? どうしてお前らはそう平気で虐げられてます感を演出できんだよ!? お前らに主人公としての誇りはねーのかよ!?
……それどうやってやるのか教えてくれよ。言われたとおりに俺ちゃんとやるから! 俺頑張るから!! お前らばっかずるいって!!! この後俺にちゃんとハーレム展開が待ってるんだよなあ!!??」
「早まるな山市! 増えた読者をふるいにかけるのが早すぎる! お前こんな長文初めてだぞ!?」
「あ、あの……お兄様?」
「この妹についても、どうせお前のことだから、子供の頃からお兄ちゃん大好き妹になるようにそそのかしたんだろ! もしかしてもう手ぇ出してんじゃねーだろうな!? そらこんな完璧美少女出来上がったらご馳走になるに決まってんだよなあ!! ああん!?」
「お、落ち着け! OBの時よりも怒ってないか!?」
不意に、袖が引っ張られる。
そちらに目を向けると、二宮妹が遠慮がちに俺の袖を引っ張っていた。
──チッ!! お兄様をお慕い申し上げる系の健気で従順な義妹に育成済みってか!?
……ますますコイツが憎い!!
「そんな乱暴な言葉遣いはらしくないですよ。お兄様」
「あんたは黙っててくれないか! 今から、妬み嫉みによって生み出された、無影無踪、紫電一閃、殺戮破壊の人類最高到達点をこいつに味わわせてやる!」
「もう、お兄様は相変わらずですね」
「危ないから離れててくれな──え?」
……。
……。
聞き間違いだろうか?
今度こそ幻聴だったんじゃないか?
二宮の拘束を解いて、人外美少女に向き直る。
「……すみません今なんて言いました?」
すると、彼女は、ふふっとはにかみながら、
「だから、乱暴な真似はよくないですよ──お兄様?」
二宮の方ではなく、俺の瞳を覗き込みながら、二宮妹──もとい、山市妹はそう言った。
……え?
……もしかして、今までずっと俺に向かってお兄様って言ってた?
「は? 俺の妹? ……いやいやいや、俺に妹なんていないし、親が再婚したなんて話もない。なんなら今日初めて、お会いしました、よ、ね……?」
「もう、お兄様は冗談がお上手ですね」
目の前の得体のしれない女は、こちらに可憐な笑顔を振りまく。
……一体全体この女は何を言っている?
全く理解できない。
おそらくこの人が明らかにおかしいのは確かだが──
──たった今、この瞬間で何よりも大事なことは他にある。
「……あー、そうだったかもしれませんね。じゃあ僕、用事思い出したんでこの辺で失礼し──」
しかし身体が動かない。
いつの間にか、背後から肩をがっちりと掴まれていた。
しかし、背後を振り返ってはいけない。
奴と目を合わせてはいけない。
「オイキサマ」
「人違いです」
ダメだ。
身体がビクとも動かない。
「ユイゴンヲキコウ」
「気のせいです。何かの誤解──」
「誤解だなんて、お兄様はひどいです……!」
「ゴカイガナンダッテ?」
「……」
……どうしよう。
振り返ったら殺されるのは確定。
──これはステージ4。
命が助かるとか、そんな生ぬるい次元ではない。
もはや死に方を選ぶ段階に到達している。
──考えあぐねていると、先に動いたのは化物だった。
「……アナタトコイツ、チノツナガリハ?」
人外美少女は満面の笑みで──ゆっくりと首を振った。
その光景を見たのが最後、俺の意識は彼方へと散っていった。
『よし! さっそく感想のコーナーを』
「……」
『……ん?』
「……まじかよ、こんなことあり得んのかよ……?」
『おい、どうした? 何かあったのか?』
「おお、二宮か……いや、実はな、ありがたいことにさっき、誤字報告があったんだよ」
『ほう』
「で、問題がその誤字の内容なんだよ」
『どういうことだ?』
「まず、誤字報告があったのは第2話、【渦中の彼らに手向けの花を】。ご存知の通り、モンハン史上最高にかっこいいクエスト名を巧みにパロったものであって」
『待て待てご存知あるわけないだろう……。なんだそれは? 種明かしされた今でも多分誰一人としてピンときてないぞ』
「え? まじで? ご存知ない? じゃあ……空は蒼、大地は桜……これなーんだ?」
『急になんだ……レウス亜種夫妻討伐か?』
「正解! 良いクエスト名だよな。では、舞うは嵐、奏でるは災禍の調べ……これなーんだ?」
『えっと……もしかしてアマツマか?』
「正解!」
『ほう、クエスト名だけでも意外に雰囲気で分か──いや待てこれ何の時間だ!? 9割の読者が置いてけぼりだぞ!』
「まあ別に後書きだからいいと思って。ちょうど20代中盤あたりに刺さるかなって」
『せっかく絶滅危惧種の中学生から感想が来たというのに……』
「……実在したのかよ。それは申し訳ないことをした。次回じっくり聞くわ」
『それで、誤字が一体何だというんだ?』
「言われるまで全く気付かないミスをしていたんだが、誤字というか、奇跡的に別の意味で伝わるミスをしてたんだよ」
『……どういうことだ?』
「第2話の俺のお前へのセリフなんだが、訂正後は──
【まあ、お前が三次元の女の子に関心があるわけねーか……】
──ってなってんだけどな」
『訂正前はどうだったんだ?』
「訂正前が──
【まあ、お前が二次元の女の子に関心があるわけねーか……】
──になってた。奇跡だな」
『一瞬分からなかったが、よく見たらとんでもない誤字だぞ! オレを愚弄するか!?』
「危うくこれを伏線とするどんでん返し物語を紡ぐとこだったぜ……」
『誤字報告をしてくれた妹よ、恩に着る!』
「それと、我らが母、izumiからリスナーへ伝言を預かってきた」
『もはや恒例だな。どんな内容だ?』
「たった一言──【毎日更新、もう限界】だってよ」
『言い出してまだ1日しか経ってないんだが?』
「3日も続かなかった件について」
『……本当にこれについては申し訳ないな』
「ああ。本当に申し訳ない」
『ちなみに本日、izumiが活動報告で、この作品に温かい応援を送って押し上げてくれた妹たちへ感謝を綴っている』
「文句なり、応援なり、コメントしてやってくれると嬉しい」
『ちなみになんだが……』
「なんだよ? もうみんなテンション下がってんぞ?」
『本日、日間コメディランキングでついに1位になった』
「……それ最初に言えよ」
『じゃあ、一応……』
「ああ、もっかいやっとくか……」
「『最大瞬間風速、絶対今だよなあ……』」
 




