フェルマーの最終定理
──放課後。旧校舎にて。
「どうする? やっぱ荷物整理でもしとくか? さすがに明日の1学期最終日にここ整理して、明け渡すのはなかなかしんどくね?」
今のうちに分担して持ち帰っておきたいところだ。
「いや待て、それは時期尚早というものだ」
「そうか? でも色々整理しとかないと、いざって時に持ち帰れなくて手遅れになるぞ?」
放送室の一角にある棚の中身を隠すように掛かっている布を、とりあえず目についたのでめくってみる。
すると、ドッキング中の二次元少女が俺を満面の笑みで迎えてくれた。
「もう手遅れだしいいか」
「何のことだ?」
俺の知らない間に、いつの間にか未知なる妹ゾーンが領域展開されている。
「さすが山市。確かにこの布を撤去するのは賛成だ。これでいつでも拝める!」
「いやいや……拝んで何を願うつもりだよ?」
「オレに妹ができますように」
「ただの安産祈願じゃねーか」
二宮が、棚に被さっていた布を取っ払う。
すると、エロゲやフィギュア、アニメグッズにDVDなど、妹一色の品々が登場。
「もうこれはいいわ。んで、さすがに撤収準備やんないとだろ? さすがに旧部が存続できるほどの活動実績がねーわけだし」
昨日、今日の活動だけで旧部の活動実績と認めてもらえるどうかは怪しい。
「それもそうだが、実際に学校側も脅すだけ脅して、実は放任するパターンもある。要は注意したというポーズだけ欲しいということだ」
「……まあその可能性もなくはねーな」
既にすべての部活動が新校舎に拠点を移した中、新校舎に居場所のない俺たち旧部だけが、この旧校舎にぽつんと取り残されている状況。
空いている教室や部室などいくらでもある。
しかし、実際に部活として成り立っている時点で、しっかりと予算が組まれているのは間違いない。
きっと顧問を担当する先生は、ただでさえ忙しい通常業務に加えて、色々な煩雑な業務が課されるのだろう。
二宮先生という旧部顧問がいるからこそ、なんとか今までこの旧放送室を占領できていた側面もある。
そう考えると、二宮先生はもしかしたら弟のために、目の見えないところで支えてくれている優しい姉なのかもしれない。
「ま、結局のところ、何とかなってくれることを祈るしかねーな」
「うむ、その通りだろう」
「──残念ながら、何とかなりません」
突然、聞いたことのない女性の声が聞こえる。
放送室の外からだ。
声が聞こえてきた方向に目を向けると、放送室の扉窓にぼやけた人影が映っている。
──俺たちは目を合わせて意思疎通を行った。
(山市、お前の知り合いか?)
(いや、違うと思う。お前は心当たりあるか?)
(どこかでこの声を聞いたことがある……)
(つーかまずくね? 入って来られたら見せらんねーもんがたくさんあるぞ!?)
(そう案ずるな。しっかりと鍵をかけて──)
──カチャリ。
サムターンと呼ばれる、室内側についている鍵の開け閉めに使うツマミが、なぜかゆっくりと回る。
そして──
「失礼します」
凛とした声と共に、一人の女子生徒が現れる。
すらっとした背格好に、きめ細やかな白い肌。艶やかな長い黒髪に、端正な顔立ち。
これは明らかに──普通ではない。
容姿、佇まい、雰囲気、そのどれもが美しいというほかなく、非常に整っている、というよりこれは──整いすぎている。
明らかに人間が兼ね備えることができる美しさの埒外だ。僅かばかりの空恐ろしさすら感じる。
自分と同じ人間ではない別の何か──そう思わずにはいられない。
人間より、もはや空想上の何かと捉えるのが自然に思える。
まるで真夏に雪女に出会ってしまったような気分──いや、それより女神のような……。
「「……」」
この世のものとは思えないほどの、人外レベルの美しさを目にした俺たちは、言葉を失ってしまった。
(バケモンレベルにキレ―な奴来たけど誰!?)
(こ、これは……!)
吸い込まれるような大きな瞳が、俺たちに向けられる。
「旧放送部のお二人ですね。本日は部活動の停止についての連絡に──」
……。
……。
……。
彼女の言葉が不意に途切れる。
──パラパラ……。
そして、彼女が持っていた書類が白い手からすり抜けて、床に散らばる。
「……」
そして──みるみるうちに彼女の真っ白な頬が赤く染まっていく。
「あ、やば……」
慌てて振り返るが、時すでに遅し。
彼女の揺れる視線の先には、俺が布をめくったままの二宮氏の純正妹グッズ(18禁)があった。
◇
「す、すみません! ちょっと目をつぶって待っててください! ほんっとすみません!」
「は、はい……」
後ろを向いた彼女から弱々しい返事が聞こえる。
「二宮ぁ!! てめえなんてもん見せてんだよ!? 明らかにこんなもん見せていいレベルの相手じゃねーだろこれ!?」
「し、仕方ないだろう!? いきなり向こうが入ってきたんだからな!」
「す、すみません……」
さらに、彼女の声が弱々しくなっていく。
「それに隠すなど、そんな恥ずべき行為はできんぞ!」
「はあ!?」
「よく見るんだ! ほら、あなたも! 目を背けないでほしい! それは作品に対する冒とくだ!」
二宮が彼女を無理やり振り向かせる。
「え、いや、私は……」
「誤解されがちなんだが、これは決して低俗なものではない!」
二宮が、妹がメインルートのギャルゲ(18禁)のパッケージを彼女に差し出す。
「え、あの……」
「よく見てくれないか!? あなたの曇りなき瞳で!」
「でも、これ……」
「うわべだけにとらわれては駄目だ! もっと深淵を覗き込むような覚悟で!」
「は、はい……」
彼女は顔を赤らめながら、エロゲのパッケージを覗き込む。
「こ、これ……その……えっちなやつ──」
「断じて違う! これは兄妹同士のスキンシップだ。兄妹同士なら一緒のベッドで寝ても、不自然なこともあるまい」
「服を着ていないのは……」
「おいおい、人間は裸で生まれてくるんだぞ? どこがおかしいんだ?」
「え……じゃあ、これは?」
「おいおい、家族と一緒にお風呂に入ったことがない人間などいないだろう?」
「え? え? じゃあ……これは?」
「ああ、これはお腹が空いたから、ソーセージを咥えているだけだぞ?」
「で、でもこれは──」
「これがそう見えるのなら、きっとあなたの心が汚れているんだ!」
「てめえの心が汚れてんだろうがああぁあ!!!!」
──二宮を止めるのが少し遅くなったのは、決して“超絶美少女が赤らめている姿を堪能したかったから”だとか、“いいぞ二宮もっとやれと思っていた”だとか、そんな低俗な理由ではなく、深遠な理由があるということをこの話の余白に明記しておく。
しかしその理由を書くには、少しばかり余白が狭すぎる。
よって、残念ながらその理由を語ることはできない。
感想のコーナー!
『山市、ありがたいことに全国の妹たちから来ているぞ!』
「百歩譲って女性読者がいたとしても、年齢的に確実に妹じゃなくて姉だろ」
『おいおい、中学生以下のリスナーがいるかもしれないだろう?』
「中学生はこんなの読まねーよ。チートかハーレムとかもっと王道読むわ」
『何を言う、この作品も放送をきっかけにオレたちが成り上がっていくという意味では王道だろう?』
「どこがだよ! 今絶賛俺成り下がってんだよ! 王道から逸れすぎて迷子だわ!」
『まあとりあえず。せっかくならこの場を借りて感想に返信してゆくぞ!』
「……了解。読んでくれてほんとに感謝だしな。ありがたいことに3日続けてコメディ部門で日間2位、長編で1位とかもう奇跡だよな」
『まずは、前回の後書きで最大瞬間風速が今だという発言に対しての感想だ』
「いやせめて本編の感想だろ。なんでコーナー初回から盤外戦展開してんだよ」
『その感想がこちら──』
【乗るしかないこのビッグウェーブに】
「いやその通りすぎる。センスあるなそいつ」
『今回はこんなところだ。投稿者名を載せてもいいという妹は感想に”感想のコーナー!”を明記してくれるとありがたい』
「キューブネームを付けてくれると面白いかもな」
『よろしく頼むぞ! こいつは面白くなりそうだ!』
「これで一切感想来ないのが一番面白いけどな」
『それと、一つ言っておかなければならないことがある』
「なんだ?」
『更新期待! という感想がいくつかあるんだが、原作ストック全くないからきついらしい』
「まあ、本来終わったはずの物語だしな。延長戦やってる感じっつーか」
『ちなみにメジャーでは延長戦は決着が着くまで永遠にやり続けるぞ』
「……何の暗喩だ」
『とりあえずほんのちょっとの間、毎日更新してみるけど期待はしないでほしいそうだ』
「なんか三日ぐらいで終わりそうな雰囲気だな。さすが投稿初日で放置したやつは言うことが違う」
『ブクマは十分もらったからな、みんなからの感想、いいねを待ってるぞ!』
「……まあブクマも欲しいけどな」
 




