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かぞくつうしんぼ

作者: aqri

「ママに問題です。私の好きな色は何でしょう」

「ピンクでしょ?」

「はずれ。私は青が好き、空と海が好きだから。これは一年生と二年生の時何回も言ったよ」


「パパに問題です。私の友達の名前は何でしょう」

「えーっと、アレだ、ほら、マナミちゃんだろ」

「はずれ。エミカちゃんとケイちゃん。晩御飯の時話してるよ、何十回も」


 広い部屋の中央にポツンと置かれたテーブルを挟み少女と男女が対面で座っている。部屋はあまりにも広すぎる。真っ白な壁紙と真っ白な床、テーブルと少女たちの他に何もなく、扉さえない。

 男女……少女の両親は嫌な汗をじんわりとかいていた。少女の雰囲気もいつもの弱弱しいものではない。まるで人形のように無表情だ。両親を見る目は今まで見たことがないくらい冷たい。


「ママに問題です。私の好きなご飯はなんでしょう」

「……ハンバーグ、だっけ」

「ママ作ったことないよ」

「……」

「おにぎりだよ、シャケおにぎり。ママはおにぎり作ってくれないからいつも遠足はコンビニで買ってたよ」


「パパに問題です。私の宝物はなんでしょう」

「ええ、ああ……ぬいぐるみか?」

「持ってないよぬいぐるみなんて、パパもママも買ってくれたことないよ」

「そう、だっけ」

「……」

「あ、いや、そうだな、ごめん」

「私の宝物はエミカちゃんからもらったお花のハンカチ。パパに見せたこと何回もあるよ」


 つう、と父親と母親の顔に汗がつたって落ちる。暑いわけでもないこの部屋で汗をかいているのは極度の緊張状態にあるからだ。少女からの質疑応答以外の事をしたら容赦なく……。

 ちらり、と床に転がっているものを見てしまう。体の関節がおかしな方向に曲がり絶叫を上げたあと動かなくなった少年。自分たちの息子、少女の兄。

「ママに問題です。私が誕生日に欲しかったものは何でしょう」

「えっと」

「ヒント、私はずーっとずーっと言ってました、誕生日にこれが欲しいっていつも言ってました。ママはわかったって言ってました」

「え、ええ、あの、お洋服かな?」

「そんなわけないじゃん、ママと一緒にしないで」

「……」

「誕生日おめでとうって言って、って言った。言われたことなかったから」


「パパに問題です。私がやりたかったことはなんでしょう」

「え……」

「ヒント。夏休みに行きたいって春休みの時から言ってました、何回も言ってました。パパはわかったって言ってました」

「あ、遊園地に行って遊ぶことだろ、そうだよな」

「全然違う。そんな所行きたいって言った事一回もない」

「……」

「旅行がしたいっていった。場所なんてどこでもよかった、行ったことないから」


 少女は父親と母親に問題を出しながら、紙に結果を書いていく。何かの文章が書かれており、その後に少女が次々と質問を投げかけ「×」を書いていく。どんどんバツで埋まっていく。

 床に放られている紙は少女の兄が質問を受けて答え、そして最後まで空欄が埋められたものだ。赤ですべてバツがついている。少女の問いに一つも正解することができなかった。


・おにいちゃんが壊した私の大切な物は何ですか

・おにいちゃんが私を叩いたのは何回ですか

・おにいちゃんが悪い事をした後私のせいにしたのは何回ですか

・おにいちゃんがとった私のお小遣いは全部で何円ですか

・おにいちゃんが殺した近所の犬と猫は何匹ですか

・おにいちゃんが私を裸にして体を触ってきたのは何回ですか

・おにいちゃんが寝ていた私にキモチワルイ事をしたのは何回ですか


 すべて不正解。その後突如少年はその場で関節がすべて逆に折れ曲がり、断末魔を上げて倒れこみ動かなくなった。問題数は七個ということだ。すでに両親は五個答えていて、一つも当たっていない。

 父親と母親の夫婦仲は冷めきっており、どうやって離婚するかを考えていた。息子は反抗期に入り家にいないことが多くいても会話をしない。小学生の娘は大人しい性格でどうにでもできる。息子に関しては家庭内暴力などをてきとうに作り家と接触しない措置を取ってもらえばいい。娘はもう面倒なので施設に出せばいいだろうと軽く考えていた。

 子供たちに離婚の事を伝えることなく着々と離婚の準備を進めていて、家に帰ってきてリビングに入った途端ガクリと落ちる感覚があり、気が付いたらこの部屋だ。家に帰ってきたはずなのに全く知らない部屋。そしてどこにも出入り口がない。

 父親、母親、兄の三人は何が起きたのかわからずきょろきょろと辺りを見渡していた。座った覚えがないのに椅子に座っている。立ち上がろうとしても動くことができない。

 目の前に座る少女に何だこれはと聞いても何も答えず、突然この問答が始まった。

 少女が書いている紙は字が小さくて読めないが、かろうじて見えたタイトルであろう大きめの文字。


「かぞくつうしんぼ」


 少年の通信簿は真っ赤な字でバツが並び、最後のバツが付いた後毒々しいまでの赤いハンコを押されて少年は息絶えた。


 理解できたのは、少女からの質問に正解しないとああなるという事。最初は怒鳴ったり責めたりいろいろ言ったが、少女はまったく動じた様子もなく質問を続けた。何を言っても無駄だというのを学ぶのには少年のあの有様を見たら瞬時に理解できた。

「あ、あのね。今度おにぎり作ってあげるから、だから」

「ママに問題です」

「ひぃっ」

「私が二年生の時、ママが私についた嘘は何でしょう」

「え、二年生のいつ!?」

「……」

「それくらい教えてよ! 一年間もあるじゃない!」

「ヒント。私がその嘘で泣いたらうるさいと叩きました」

「泣いた、泣いた……」


 そんなことで思い出せるはずがない、少女はいつも泣いていた。母親から優しく接してもらった事はない。やることが遅い時、思い通りにならない時はだいたい叩くか蹴っていた。


「あと10秒」

「待って!」


 母親の言葉に耳を傾けることなく、少女はカウントダウンをする。母親はてきとうにいろいろ言ってみるがカウントダウンが止まるはずもなく。


「ゼロ、時間切れ。正解は、次の土曜日レストランに連れて行ってあげるから、ママが知らない男の人といちゃいちゃしてたのはパパには内緒よって言って、レストランに連れて行ってくれなかったこと」

「はあ!? お前何やってんだよ!」

「うるさい! アンタちょっと黙っててよ! 今それどころじゃないのがわからないの!? あのね、違うの聞いて」

「こんなひどいお母さんなんて気にすることないぞ、な。もうお父さんと二人で暮らそう、だから」

「パパに問題です」

「え!」

「私が四年生の時、パパが私についた嘘はなんでしょう」

「待ってくれ! いや、ヒント、ヒント何かないか!?」

「ヒント。私がその嘘で泣いたらチッって言ってどこかに出かけました」

「はあ!? ヒントじゃないだろそれ!」


 そんなことで思い出せるはずがない、少女はいつも泣いていた。父親から優しく接してもらった事はない。やることが遅い時、思い通りにならない時はだいたい舌打ちをして家から出ていた。


「わかるわけないだろそんなの、お前いつも泣いてたじゃねえか!」


 父親の言葉に耳を傾けることなく、少女はカウントダウンをする。父親はてきとうにいろいろ言ってみるがカウントダウンが止まるはずもなく。


「ゼロ、時間切れ。正解は、今度の日曜日水族館に連れて行くから、お金を返せって言ってきた男の人たちが家に来たことをママには内緒だって言って連れて行ってくれなかったこと」

「借金なんてしてたの!? お金たまらないのアンタのせいじゃない!」

「うるせえよ! テメエには関係ねえだろ!」

「関係あるに決まってるでしょ!?」

「お前が好き勝手買い物するうえ働かねえクソの役にも立たねえゴミだから家に金がねえんだろうが! 俺が稼いだ金をどうしようが俺の勝手だクソ女!」


 父親と母親の互いの罵りが始まる。少女は淡々と紙にバツを書き、二人は我に返ってそれを恐怖の目で見た。

 少女はゆっくりと顔を上げる。瞳孔が開き、じぃっと二人を見つめるその姿はとても恐ろしいものに見える。 自分たちの知っている娘とは思えないその姿に恐怖が積み重なっていく。

「最後の問題です」

「いやあ、ちょっと待ってよ!」

「だいたい何なんだよこれ!? どうなってるんだよ!」


「パパとママに同じ問題です。私が、昨日、二人にお願いしたことは何だったでしょうか」


 昨日。そんなつい最近の事ならわかると思った。しかし二人とも考えるそぶりを見せたあと慌て始める。まったくわからないのだ。

 当然だ、二人は普段から少女の話などまるで聞いてない。何か話しかけてくれば忙しい、疲れてるから後にしろ、うるさい、静かにしろ、部屋に行け。それだけだった。それでも少女は毎日話しかけてきた。

 少女の話に耳を傾けたことなど一度もないので、まったく覚えていない。


「あと10秒」


その言葉に二人から悲鳴があがる。


「ああ、えっと! 私の話を聞いてとか!?」

「お小遣いが欲しい!?」

「もっと優しくして、よね!? ごめんね今まで! 反省したから!」

「どこにでも連れて行くから! やりたい事全部やっていいから! 頼むよ!」


 必死に命乞いをし、涙を流しながら懇願するが両親の言葉に耳を傾けることなく、少女はカウントダウンをする。カウントダウンが止まるはずもなく。


「ゼロ、時間切れ。正解は」


 少女は大きくバツを書いた。そして獣のような鋭さで両親を睨みつける。両親の体が自分の意志とは関係なく、おかしな方向に曲がり始めねじられていく。


「消えろ、でした」


 少女はつうしんぼにハンコを押す。まるで血のように赤い、手のひらほどの大きさもある大きなハンコを押した瞬間辺りに悲鳴が響き渡った。しばらくして動かなくなった両親に紙をパサっと投げつける。




かぞくつうしんぼ。

パパ 「生まれ変わってもっとがんばりましょう」

ママ 「生まれ変わってもっとがんばりましょう」

おにいちゃん 「生まれ変わってもっとがんばりましょう」



END

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