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王子から婚約破棄を言い渡されましたが、完全論破して、その口にマヨネーズをあ〜んして、愛してもらいましたわ!

作者: 池田瑛

 私は、アメリア王国の次代の王である。


 アメリア王国では11月の第4木曜日に、感謝祭(サンクスギビングデー)が盛大に行われる。神に秋の恵みを感謝し、その収穫の蓄えをもって、厳しい冬を超えることができることを友人たちと分かち合うのだ。


 我が国の伝統では、七面鳥の丸焼きをメインディッシュとして、親しい友人たちと食べる。それは王侯貴族から庶民にまで親しまれた、我が国の愛すべき伝統である。

 その伝統に倣って、建国以来、ともに苦楽をともにして来た貴族たちと王家も晩餐会を開いているのだ。


 が、我が婚約者の行動に、私は眉を顰めていた。


 メインディッシュである七面鳥の丸焼きの副菜として、マッシュポテトが出される。

 マッシュポテトの主な材料は、じゃがいもである。

 

 じゃがいも。


 それは我が国の偉大な先祖たちの苦難の歴史であり、そして我が国の繁栄の歴史でもある。私たちの先祖は、イングランディア帝国から迫害され、新大陸を目指してきた者たちだ。そして、その苦難の歴史を乗り越え、新大陸で新しい国を築いたのだ。


 そのとき、重要な食料となったのが、じゃがいもである。

 悪魔の食べ物、とされていた。

 しかし、毒があるのは発芽して芽の部分であり、澱粉が多く含んだ茎の部分は、栄養価が高い。しかも、痩せた土壌でも育てることができ、先祖たちの命をつなぎ、いまも我らアメリア王国の重要な穀物である。


 その伝統と格式と、そして誇りあるマッシュポテトに、我が婚約者であるクリスティーヌは、得体の知れない白い液体を、たっぷりとかけているではないか!!!


「クリスティーヌ! なんだ、その液体は! 今日は、感謝祭だ。他の貴族たちや、この国の有力な商人たちなどが晩餐会に招かれているのだぞ! 王家の誇りに泥を塗るな! なんだその、下品な食べ方は!」


「は? マヨネーズをかけているのですが、なにか?」


 マヨネーズだと? そんな白い、どろどろとした物の名前など知らぬわ!


「クリスティーヌ! 先祖代々受け継がれて来た、塩味を楽しむのだ」


「そんなの嫌ですわ」


 クリスティーヌは、まだまだ、マヨネーズをマッシュポテトにかけ続ける。おいおい、マッシュポテトよりも、マヨネーズとやらの体積の方が多くないか?

 なんて下品な。

 あれが生クリームだったとたら、マッシュポテトの塩味と生クリームの味が混ざり合い。


 私は想像しただけで吐き気を覚える。もちろん、我が婚約者の行動にもだ!


「せめて、胡椒をかけたらどうだ? クリスティーヌ」


 胡椒は、かつては黄金と同じ重量で取引されていた。イングランディア帝国が、7つの海を支配し、東インディア会社を設立し、胡椒貿易を独占していたのだ。

 だが、我がアメリア王国はイングランディア帝国の艦隊を打ち破り、胡椒貿易の独占を打ち破った。

 我が国でふんだんに胡椒を使えるのは我が国の繁栄の象徴である。庶民では届かなかった胡椒がいまでは、肉料理だけでなく、マッシュポテトにまで振りかけるほど、我が国では流通している。

 庶民から貴族まで愛される安価な調味料、それが胡椒だ。そして、アメリア王国が海上貿易の覇権を握った象徴である。


「クリスティーヌ、黒胡椒の実をこのように粗挽きに砕くのだ。そして、マッシュポテトに振りかけるのだ。香ばしい香りと味が、食欲を引き立てるぞ」


 私は、婚約者であるクリスティーヌの前で、自ら胡椒を砕き、そしてふんだんにマッシュポテトにかけて、スプーンで優雅にマッシュポテトを掬い上げて口に入れる。


 塩胡椒はやっぱり旨い。


 オリエンタルの香り。砕かれたばかりの胡椒が、太平洋を超えて、はるかインディアの国の潮風を伝えてくれる。


「嫌ですわ。私は、マヨラーなのです」


 クリスティーヌは、私に対してそっぽを向いた。


 いつから、クリスティーヌは、変わってしまったのだろうか? あの聡明で美しかったクリスティーヌが、いまでは下品に、マヨという得体のしれないものを、キャベツやブロッコリーなどのから、副菜、そしてメインディッシュである七面鳥の丸焼きにまでかけるようになってしまったとは!!


 千年の恋も冷める行い、というのはこのようなことなのであろう。


「何を言っている! お前の領地だけでなく、お前の頭までもお花畑なのか!!!!」


 ・


 ・


 ・


 クリスティーヌは、侯爵家の令嬢である。そして、領地は豊かな土地である。民を飢えさせないために、大事な食料を生産するための領地である。小麦に、ジャガイモ、とうもろこしの生産で知られる土地が、クリスティーヌの領地であった。


 だが、その大切な土壌を、クリスティーヌは、お花畑に変えてしまったのだ。


 ひまわり畑。


「見てください殿下! 花開いたひまわりたちが、すべて太陽の方向を向いていますよ。なんて美しい光景でしょう!」


 夏に、視察旅行にクリスティーヌの領地に出かけた俺は愕然とした。


 あの豊かな小麦畑が……ひまわり畑に変わっている? こいつ、何やってる?


「た、たしかに美しいが、小麦の収穫が減るであろうな」


「大丈夫です。私の領地の人々が食べるのには十分な農地は残してあります」


「ちなみに、こっちは?」


 もはや、豊かな麦畑が見る影もない。


「こちらは、アブラナでございます。美しい黄色い花々ですね」


 そう嬉しそうに言い切るクリスティーナ。私は、この国の王子として、そして次代の王として、クリスティーナに尋ねざるを得なかった。


「小麦が不足すれば、パンも不足する。クリスティーヌの領地以外で、小麦が不足したらどうする? 民は飢えるのだぞ?」


「え? パンがなければ、マヨネーズを舐めればよいではないのですか?」


 キョトンとした顔で答えるクリスティーヌ。


 私は、聡明であったクリスティーヌは過去であると悟った。どうして、私はクリスティーヌを婚約者として選んでしまったのだろうか。


 

 アメリア王国の11月の第4木曜日の感謝祭(サンクスギビングデー)。本来なら、祝いの席であるはずだ。


 しかし、私は、この国のために、クルスティーヌと婚約破棄をせねばならない。彼女はすでに、マヨネーズというものの虜になってしまった。


 いや、よくあることだ。初恋は実らぬもの、という格言がある。


 農地をお花畑に変え、民を飢えさせるような者を、アメリア王国の妃とするわけにはいかない。


「クリスティーヌ、お前との婚約を破棄する!!!!」


 私は、感謝祭の晩餐会で宣言をした。


 ・


 ・


 ・


 私の名前はクリスティーヌ。頭の固い婚約者を抱えて苦労している令嬢ですわ。


「クリスティーヌ、お前との婚約を破棄する!!!!」


 突然、私の婚約者が婚約破棄を感謝祭の席にて宣言した。


 本当に、殿下は頭が固い。そこが愛しいところではあるのだけど、あまりに伝統と格式を重んじすぎるのが玉に瑕である。


「殿下、理由をお伺いしても?」


 感謝祭という祝いの席ではあるけれど、言い出してきたのは殿下ですもの。旧態依然の殿下の凝り固まった考えを、打ち砕いて見せますわ!!!!!!!!


「お前は、自分の領地の、豊かな耕地をひまわり畑や、アブラナの花畑に変えた! 自分が花を愛でるためだけという理由でだ! 小麦、じゃがいも、とうもろこしは、民が植えないために必須の作物だ! 民を私利私欲のために飢えさせようとする! 十分な理由だ」


 殿下が真面目な顔でそう言った。しかし、私の頭では理解できない。


え? 殿下は、小麦、じゃがいも、とうもろこしの我が国の年間生産量の推移と、価格の推移をご覧になってないのかしら?


 私は、感謝祭の晩餐会に出席している貴族や商人たちの顔を見渡す。皆等しく、苦笑いをしている。


「お言葉ですが殿下。アメリア王国では、西部開拓が順調に進んでおり、農地の開拓はかつてないほど進んでおりますが?」


「それがどうした!!! お前が畑を私利私欲でお花畑にしてよい道理ではない!」


 私利私欲? まぁ、マヨネーズの材料となる油を、ひまわりの種子からひまわり油を。油菜(あぶらな)から菜種油を採取したかったという意味では、私利私欲ではあるのだけれど。


「殿下では埒があきません。ケインズ、見込まれている穀物の生産量と価格相場の予測推移に関して、あなたの見解を殿下に教えて差し上げて」


 アメリア王国の商人のケインズがたまたま近くにいたので話を振ることにいたしました。どうせ、私の言葉など、頭に血が登った殿下はお聞きにならないでしょうし。


「恐れながら申し上げます。三年前まで小麦一キロあたり、5ドルであったものが、今月は一キロ3ドルにまで低下しております。原因は、西部開拓により王国の穀物の生産量が飛躍的に増大したこと。我が国の人口は増加しておりますが、それでも需要にたいして供給がはるかに上回っている状況です。すでにアメリア王国の貯蔵庫は満杯で、数年分の備蓄がある状況。穀物を輸出しようにも、限界がある状況です。数年後には一キロ50セントを切り、農家の経営が立ち行かなくなるほどです」


 ケインズの見解と私は同意見。

だから、私は自分の領地の農地改革を行い、ひまわり畑や菜種を栽培する方向に舵を切った。


「だからと言って、お花畑にしてよい道理があるか!」


 殿下はまだ理解をお示しにならないのね。


「だからこその、ひまわり、菜種でございます。お花畑なのは殿下の頭でございます。ひまわりなどの種子からは油が収穫できます。また、アメリア南部では穀物に変わり、綿花などの栽培が可能です。食物油も、綿花も、アメリア王国を利する貿易商品ともなるのです! 特に、食用油は、マヨネーズの材料として必須のものです」


「クリスティーヌ様のおっしゃる通りでございます」


 ケインズをはじめとする商人たち、農地改革に乗り出した貴族たちが私の発言に同意の意を示す。


「未来のことなど誰が正確に言い当てられるものか! 私はそんな戯言信じないぞ! 特に、その得体のしれないマヨネーズをな! 」


 殿下は信じてくださらない。私たちの言葉を否定する。本当に頭が固い方。でも、そういうところが愛おしいと思う私は変わり者なのでしょうか?


 感謝祭の上席にて行く末を見守っていた国王様も王女様も困り顔で殿下を見つめている。


「わかりましたわ、殿下」


 私は諦める。


 こうなったら、最終手段ね。この方法だけはとりたくなかったわ。


「婚約破棄の前に、お願いがございます」


「なんだ? やっと自分の悪行の数々を認める気になったか!」


「私は、結婚式にて執り行われる、ファーストバイトが憧れでございました。せめて、殿下に一口、スプーンにて、『あ〜ん』差し上げても良いでしょうか?」


「馬鹿を言うな! 破廉恥な! 婚約者の身分でそんなことができるか! 恥を知れ!」


 本当に殿下はお固い方ですわ。


 私は、視線で国王様並びに王女様に助けを求める。


国王様と王女様は、私の視線に気付き、うなずいてくださいました。


そうですわよね。だって国王様も、王女様も、すでにマヨネーズの虜。マヨラーですもの。


 それにくらべ、殿下は、食べず嫌いにもほどがありましてよ?


「いささか一方的な婚約破棄である。それくらいの譲歩は必要であろう?」と国王様がご発言くださり、殿下はそれに従うしかない。


「では、お許しが出ましたので、お口を」


 私はたっぷりとマヨネーズを乗せたマッシュポテトを殿下の口に近づけていく。


「はい、殿下。『あ〜ん』してください」


 私だって、結婚を夢見る乙女。本当は、ウエディングケーキで『あ〜ん』したかったわ。


 殿下も観念したのか、目を瞑って口を大きく開けた。


「殿下、『あ〜ん』」


「あ〜ん」と殿下はスプーンにかぶりつく。マヨネーズがたっぷり乗ったマッシュポテトを。


 そして、殿下は咀嚼しながら目を見開く。


「こんなにうまいマッシュポテトは初めてだ! もう一口だ、クリスティーヌ」


 それはそうでございましょう。だって、マヨネーズがたっぷりと乗っているのですから。それにしても、もう一口、だなんて、本当に殿下は愛しい方ですわ。毎日だって、『あ〜ん』して差し上げたいですわ。


「そうしたいのですが、私は婚約破棄された身です。もうこれ以上は、私に恥の上塗りをしないでくださいませ。もう私は、殿下にファーストバイトを公衆の面前で捧げてしまったのです。もう、お嫁にいけませんわ」


「むむむ。いや、このマッシュポテトの新境地。味の地平線。我が国のニューフロンティアだ。旨いは正義だ。よって、マヨネーズは正義だ。婚約破棄を撤回したい。私の浅慮を許してくれるだろうか? 愛しのクリスティーヌ。君の目指しているアメリア王国が私にも見えた。そして、その道をともに歩んでいこう! 愛している、クリスティーヌ!!」

 

 私は涙する。殿下との婚約が決まったのは7才の時だ。そして、私がマヨネーズと出会い、マヨラーになったのは10才の時。


 狂おしいほど愛した殿下。


 その殿下が、フレッシュトマトにマヨをかける私。


 キャベツにマヨをつけて食べる私。


 コーンをコーンマヨにする私。


 ツナにマヨを混ぜて、ツナマヨにする私。


 そんな私を冷たく見ていた殿下。


 17才の11月の第4木曜日に、感謝祭(サンクスギビングデー)に、やっと殿下の愛を取り戻すことだできた。


「私も、殿下を愛していますわ!!」


 私は殿下に飛び付いた。そんな私を殿下は優しく受け止め、そっと口付けをしてくださった。


 殿下との初めてのキス。


キスの味は、もちろん、マヨネーズ。

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