8 鏡の中の少女
目覚めると、ベッドの上だった。
頭はぼんやりして、まだ夢の中にいるよう。
なにか、大事なことを言われた気がするのだけど………だめだ、思い出せない。
溜息をついて、ベッドから降りる。
すかさずルオがすり寄って来た。
「おはようがございます、レナ様。よくお休みでしたね」
「おはようルオ。夢を見ていたのだけど、それが何だったか思い出せないの」
裸足のまま部屋を横切り、鏡台を覗き込む。寝すぎたのか、目が少し腫れぼったい。
「………覚えていますか………」
「え?何、ルオ」
振り返ると、ルオはきょとんとした様子でわたしを見上げていた。
う~ん。まだ寝ぼけているのかしら。
もう一度、鏡を覗き込む。
「………ヴァルヴレイヴ………」
鏡の中の少女がしゃべった!!
鏡面が水のように揺らぎ、一瞬、ドレス姿の少女が映った。暗いところにいるのか、少女の顔もドレスもよく見えない。ただ、必死な様子だけは伝わって来た。
「ヴァルヴレイヴね。覚えたわ」
鏡の中に向かって話したけれど、反応はない。元の鏡に戻っていた。
何が起きたのか理解できない。
鏡を軽く叩いてみる。
でも、鏡はただの鏡だった。
「………今のは、何だったのかしら?」
「わかりません」
突然の出来事に呆然となる。
こんこんっ
ノックの音が響いた。
「入るぞ」
ジークがひょいと顔を覗かせる。
その顔を見た瞬間、ある記憶が蘇った。ジークの腕に抱かれて、ベッドまで運ばれたこと。広い背中にもたれて眠ったこと。それから………
「ごめんなさい!!」
胸が後悔と恥ずかしさでいっぱいになり、勢いよく頭を下げた。
あぁ、恥ずかしくて死んでしまいそう!
くっくと笑う声が聞こえる。
「あんたに酒を飲ませた、俺も悪かった。今回は、お互い様ってことにしないか」
「そう?」
恐る恐る顔を上げると、ジークは笑っていた。怒っていないようで安心した。
「もうお酒は飲まないわ。絶対に!」
そう宣言する。
「そうしてくれるとありがたい」
それは心からの言葉に聞こえた。
わたしが迷惑をかけたのが、本当に嫌だったんだわ。これからは、うっかりお酒を飲まないよう気をつけなくちゃ。
「ところで、乗合馬車が出発する。行くぞ」
というわけで、急いで旅支度をして宿屋を出た。馬車の乗り場へ走る。すでに乗合馬車の出発時間は過ぎていたけれど、昨日、活躍したジークの頼みだからと、出発を待ってくれているらしい。
走ってみてわかったけれど、わたしは足が速い。走っている途中、ジークがわたしの様子を見てスピードを上げたけれど、遅れずついていくことができた。
わたしに並走していたルオは、時々、嬉しそうにわたしを見ていた。
乗合馬車には、3人の乗客がいた。昨日もいた商人のおじさんと、2人組の旅人。わたしのせいで出発が遅れたのに、御者も含めて誰も怒っていなかった。それどころか、「昨日はお疲れ様」と声をかけてくれた。怪我人の治療をしている姿を見てくれていたみたい。
わたし達が乗り込むと、乗合馬車はレ・スタット国の辺境の町を出て、隣国ル・スウェル国の王都メルバオルト目指して走り出した。
移動時間が勿体ないということで、馬車に乗っている時間を使ってジークが色々と教えてくれることになった。
レ・スタット国は小国ながら資源豊かで、国民は比較的落ち着いて生活をしているのだけど、ここ近年は国王の自分勝手な政策に振り回されるようになってきているとのこと。これは、国民を顧みない、若い国王と、その母である王太后のせいね。
ル・スウェル国は、レ・スタット国の西にある。。国土は広く、西は海に、北はオ・フェリス国に面している。この国は通過国なので、これ以上の説明はなし。
目的地は、北のオ・フェリス国。縦に長い国土で、最北はなんと永久凍土!中立国で、獣人も人間と同じように生活している。世界でも珍しい、平和な国。他国で迫害された者も受け入れてくれるの。追われている身としては、嬉しい情報だわ。
夕方になって馬車が止まってからは、短剣を使った訓練。
「遅い!構えが違う!もっと、こうだ!」
ジークは鬼だった………。
短い時間で効果的な訓練を行うには実践形式が一番ということで、いきなりの戦闘訓練だった。ジーク相手に短剣で切りかかっては、あっさりかわされ反撃を受ける。ということを繰り返していた。
素人相手なんだから、もう少し手加減してくれてもいいのに。
「鬼ぃ!」
何度か目の心の叫びが漏れた。
「上等だ」
ジークがにやりと笑う。
そうして、夜は暮れていく………。
ル・スウェル国の王都メルバルトは、大きな建物で溢れていた。広くて賑やかな街並みに、華やかな人々。食べ物の香ばしい匂いに誘われるように、大通りはハンターや旅人で溢れている。宝石店まであり、煌めく輝きに目がくらみそうになる。
大通りに面した一角に、石造りの重厚そうな建物がひとつ。ここがハンターギルドのル・スウェル国支部なのね。