7 お酒に酔う
無事、狼討伐の報奨金をもらい、ハンターギルドを後にする。
乗合馬車に被害はなかったけれど、出発は明日の朝に変更になった。
お昼には少し早いけれど、食事をすることする。
お腹が空いていたから嬉しいわ。
「どうした。手が止まってるぞ」
昼食のサンドイッチを手に、わたしはジークの戦いぶりを思い出していた。
ジークの動きは無駄がなく、迷いもなかった。あれは、相当な訓練をしていると思う。
「ええ、ちょっと考え事をしていたの。ジークは強いのね」
狼相手の立ち回りを思い出しながら、ぽつりと呟く。
ジークほど強くなくていいから、自分の身を守れる力が欲しいと思う。敵は狼だけとは限らない。この世界には多くの獣や魔物がいるし、いつまた出会うかわからない。そうなった時に、ジークの足手まといにはなりたくない。
「そりゃあどうも。あれくらい普通だろ。でなきゃハンターなんてやってられねえよ」
そうかも。たった1人で、草原で狼討伐をしようとするくらいだもの。強いはずよね。
「で。あんたはどの程度戦えるんだ?」
「………ジークの動きは追えていたから、目はいい方だと思う。魔法は、ヒールとファイアが使えるわ」
「そうか。レナは魔法使いかもしれないな。魔法じゃ俺に教えられることはほとんどないが………」
そう言って、少し考え込む仕草をするジーク。
そもそもジークは剣士だから、魔法が使えるほうがおかしい。
「だが、その短剣は使えるようにしておいた方がいい。俺が稽古をつけてやる」
「え、本当?嬉しいわ」
急いでサンドイッチを飲み込んだ。急ぎすぎて、ちょっとむせた。
ジークは苦笑して、コップを手渡してくれた。
お礼を言ってコップの中身を飲んだけれど、びっくりしてさらにむせた。
「あ、悪い。酒は飲めなかったか」
「わざとでしょ!?飲んじゃったわよ!」
香りはフルーティーでいいのに、なんでこんなに辛いの?あぁ、胸がドキドキする。何なの?頭までクラクラする。
「おい、マジか。今ので酔ったのか?」
何だか………モヤモヤする。落ち着かない!
とっさにコップを掴み、中身を一気に飲み干した。胸のもやもやがひどくなった。俯いて、落ち着くのを待った。
「大丈夫か?吐きそうなのか?」
返事をしようとして顔を上げると、体がふらついて椅子から落ちそうになり、ジークが抱きとめてくれた。おかしいな?テーブルの反対側にいたはずなのに。
「こんなに酒に弱い奴は初めて見るよ」
「………する………」
「何だ?」
「ジーク、良い匂いがする。落ち着く」
ぎゅっとジークに抱きついた。胸のモヤモヤが落ち着いた。満足して、ほうっと溜息は吐く。
「………どんな酒癖だよ」
何か文句を言われた気がするけれど、気にしない気にしない。なにしろ、満足感でいっぱいだったから。
「宿屋へ行くぞ。立てるか?………立つ気ないな。しょうがねえ」
ジークに抱き上げられ、その首にしがみつく。鎧越しに伝わってくる心臓の音が心地いい。嬉しくなって、彼の首元に顔を埋めた。胸いっぱいに、ジークの匂いを吸い込む。
「とんだ酔っ払いだな。おまえ、酒癖悪すぎるぞ」
何を言われても気にならない。
ジークが歩くペースは速かったけれど、その揺れさえも心地いい。幸せな気分だった。
あっという間に宿屋に着いて、部屋のベッドに降ろされた。じっとしていると、皮鎧や短剣のベルト等の装備を外して寝やすいようにしてくれた。
そうして部屋を出て行こうとしたので、すかさず腕を掴む。
「行かないで。一緒にいて」
ジークと離れていると、また胸がもやもやしてきた。
「………」
「お願い」
「わかったから、そんな目で見るな!」
降参とばかりに、ジークは片手を掲げてみせる。わたしをベッドに寝かせて、自分はベッドに腰かけた。
「レナ様は大変お酒に弱く、俺も苦労していました」
とは、ルオの台詞。
他に人がいないから話してくれたのね。
「添い寝して差し上げると、早く寝てくださいますよ」
「やめてくれ!俺の理性にも限度があるんだ」
ルオに言われて、頭を抱えるジーク。
その様子がおかしくて、ふふっと笑うとジークに睨まれた。
「ジーク」
「なんだ!」
怒鳴られても気にしない。
「好きよ」
満面の笑顔で微笑んだ。
「勘弁してくれ………」
がっくりと肩を落とすジーク。
体を起こし、ジークの背中にもたれかかる。少し早い心臓の音が聞こえる。
「ねえジーク」
「今度は何だ?」
「このまま寝ていい?」
「………もう、好きにしてくれ」
「ありがとう」
そうして、わたしは眠りに落ちていった。
………お願いよ………を………守って
悲しそうな、女性の声が聞こえる。
何を守って欲しいの?
………ヴァルヴレイヴ………
意味がわからない。
………神の心臓………
神の心臓?そんな物、どこにあるって言うの?
………………バル………
声が小さくなっていく。
………もう、何も聞こえない。