6 魔物襲撃
剣士がわたしの腕を掴もうとして、ジークに止められた。
「俺の連れに手を出すな。その腕、切り落としてやろうか?」
いきなりの脅し文句。
なにもそこまで言わなくてもいいのに。
「なんだてめえ!叩きだしてやるぞ」
いきり立った剣士を止めるでもなく、仲間たちはにやにやしながら見ている。どういうつもりなのかしら。
「お客さん方、喧嘩するなら降りてもらいますよ!」
御者席から大声が聞こえる。
もっともな言い分に、商人と旅人が頷いた。
まだ町を出てもいないのに、この騒ぎ。うんざりするよね。
ジークは席に座ったままですごんだ。
「残念だったな。俺達をカモにする気だろうが、おまえ達じゃ相手にならん。大人しく黙ってるか、この馬車を降りるんだな」
どういうつもり?冒険者5人を相手に立ち回りでもする気?
「大変だ!」
御者が叫び、馬車を急停止させた。それでも、ゆっくり進んでいたおかげで誰も倒れずに済んだ。
「ぎゃんっ!」
ルオが尻尾を踏まれて、また商人が謝っていた。
ハンター達は、外の様子を探るために我先にと馬車を降りて行った。
旅人が馬車の窓から外を覗き込み、叫んだ。
「狼の群れだ!大変だ!」
転がるようにして馬車を降りていく。
「恐らく、前に町を襲った連中だろう。行くぞ。俺の獲物だ」
ジークは余裕の笑みを浮かべて、嬉しそうに馬車を降りて行った。
わたしはルオのリードを外してから、ジークの後を追った。
商人だけが、馬車の隅で小さくなって震えている。
馬車を降りると、ハンター達が狼と戦っていた。
狼の数は約20匹。わたしの記憶にある狼より大きく、連携の取れた攻撃で人を襲っている。1匹だけ離れた場所で指示をしている狼がいて、他の個体より一回り大きい。あれがリーダーかもしれない。
ジークは、迷わずリーダーを目指して走り出した。
速い!
「奴を殺せ!」
狼のリーダーが叫んだ。その指示に従い、群れが大きく動いた。一斉に向きを変え、ジーク目がけて牙を剥く。
ところが、狼よりジークの方が速かった。次々に襲い来る狼を切り捨てると、そのままリーダーに切りかかる。血しぶきが上がり、リーダーが倒れる。
「くそうっ。なんでこんな奴が、ここにいるんだ………!」
リーダーが呻き、ジークにとどめを刺されると動かなくなった。
それを見た生き残りの狼達は一目散に逃げていった。
それまで逃げまどっていた人達の間から、喝采が巻き起こる。
「拍手なんかしてる場合か。怪我人の手当をしてやれよ」
そう言って、ジーク自身が怪我人の手当を始めた。怪我をした箇所に手を翳し呪文を唱え、最後にヒールと呟く。すると狼に嚙まれた足の傷がきれいに消えた。
「ルオ、あれは回復魔法ね?わたしにも使える?」
他の人には聞こえないよう、小声で聞いた。
ルオは小さく頷いた。
そこでわたしも怪我人の傍へ行き、
「ヒール」
と呟く。
傷はきれいに塞がった。人の役に立てて良かった。
ほっと一息つくと、ジークと手分けして怪我人の治療に当たった。終わった頃には、例のハンター達はいなくなっていた。どこに行ったんだろう?
「あいつら、俺の獲物を横取りしてんじゃないだろうな」
ジークが不機嫌そうな顔で呻いた。
「どういうこと?」
「とりあえず、ハンターギルドへ行くぞ。魔物討伐の報酬をもらうからな」
「ハンターギルド?どうして、魔物を狩ればお金がもらえるの?」
「いいから行くぞ。歩きながら説明してやる」
「はーい」
歩き出したジークを速足で追いかけ、隣に並んだ。ルオもしっかりついて来ている。
ジークの話によると、このアステラ大陸にはハンターギルドがあり、身分を登録したハンターは、魔法で刻印された身分証を持っているんですって。魔物討伐クエストもあり、報奨金を稼いで生活しているハンターも多いそうよ。ハンターギルドの身分証は各国で通用するしっかりしたもので、辺境の町にも支部があり、各地の安全管理も行っている。辺境では特に、国の警備兵の数が足りないこともあり、ハンターが重宝されるそうよ。
ハンターギルドに着くと、さっきのハンター5人組が、なにやら揉めているところだった。
「だから、さっさと報酬をよこせよ。この血をみりゃわかんだろ。さっき戦っていたんだよ」
「町を救ってやったんだ。ケチったら承知しねえぞ」
などと、因縁をつけている。
確かにこのハンター達も戦っていたけれど、素早い動きに翻弄されて、まともな攻撃はできていなかった。狼を倒したのはジークだけだ。
「そうは言いますけどね。目撃者の話では、狼を倒したのは別の人だと言うじゃないですか。勝手に報奨金をお支払いすることはできません」
受付嬢がきっぱり言い切った。
「あ!あんた、さっきは助かったよ。ありがとう」
声をかけてきたのは、乗合馬車で一緒だった商人のおじさん。
「この兄さんが、わしらを助けてくれたんだ。そっちのごろつき共じゃないぞ」
という言葉に、色めき立つハンター達。馬鹿にされてかっとしたようだけど、ジークには勝てないと判断したのか、唾を吐き捨てて去って行った。汚いわね。