3 泉の傍で3
復活の泉のことを知っていれば、誰だってセレスティナが生きていると思うでしょう?そう思ってルオに言うと、復活の泉を知っているのは魔物だけで、人間はおとぎ話の中でしか知らないとのこと。
だからまずは荷物を回収して、隣国ル・スウェルを目指すことになったの。中立国のオ・フェリス国まで行ければ、万が一レ・スタット国に見つかっても守ってもらえるそうよ。
今向かっているのは、お金や衣類などの荷物を隠した場所。夜にはたどり着けるらしい。
夜になるまで誰にも会わず、無事に荷物の隠し場所へたどり着いた。
「ここです」
大きな木の根元にある動物の巣穴の前で、ルオは言った。
ルオの背中から降りて、恐る恐る巣穴に腕を突っ込む。巣穴の主が出てきたらどうしよう。心臓がドキドキする!
助かったことに、巣穴の主は留守だった。腕を肩まで入れて、ようやくロープに手が届いた。腕を巣穴から抜いてロープを引くと、革袋が3つ出てきた。
1つ目の袋に入っていたのは衣類。靴も入っていた。
2つ目の袋は食料。
3つ目がお金。価値がよくわからないけれど、ルオによると1年はのんびり暮らせるそう。大金ね。
さっそく服を着替えた。膝上丈の、体にピッタリした青いワンピースに、肩と胸を覆う皮鎧、ブーツは膝上まであるけれど動きやすく、どれもオーダーメイドしたようにピッタリ合った。さらに柄に青い宝石が埋め込まれた短剣まであり、嬉しくなった。
食料はリュックに入っていて、そのまま背負うことができる。日持ちする保存食ばかりだったけれど、空腹のわたしには最高のご馳走だった。
脱いだシャツとお金をリュックにしまうと、ようやく一息ついた。
「………そういえば。ねえルオ」
「なんでしょう?」
「昨日の夜は魔法を使って火を熾したの。セレスティナは魔法を使えたの?」
「あ、はい。レナ様も使えたのですね。なによりです」
ルオは嬉しそうに笑った。ように見える。
「しかし、困りましたね」
「何が??」
「追手が、焚火跡に気づくでしょう。レナ様が生きていることに気づいたかもしれません」
「大変。どうしよう………!」
言われるまで、そのことに気づかなかった。
「すぐに移動しましょう。今度は急ぎますので、しっかり掴まってください」
ルオに言われリュックを背負うと、残した物がないか辺りを見回した。荷物に結ばれていたロープを見つけ、手綱にすることを思いついた。衣類が入っていた袋は持っていても使い道がないので、落ちていた木の枝で巣穴の奥へ押し込む。
ルオの首輪にロープの中央を結びつけ、両端を両手に巻きつけて握りしめた。うん。首輪にしがみつくより安定感があるわ。
ロープがもう少し長ければよかったのに。そうすれば、体に結びつけることも考えた。だけど、残念なことにそこまで長くはない。
わたしの準備ができると、ルオは風のように走り出した。ちょっと、早すぎて息が苦しい。体を起こしているとつらいので、身をかがめてルオに背中に顔を埋めた。少し息が楽になった。
わたしの体力を考えて、ルオは頻繁に休憩をとりながら朝まで走り続けた。町や村を避けて、森を出た後もひたすら走った。いつしか、景色は森から草原へと変わっている。いくら魔獣とは言っても、ひと1人を乗せて走り続けるのは疲れるはず。それでも文句ひとつ言わなかった。
ところが、ふいに立ち止まり、辺りを警戒するように耳をすませるルオ。
わたしはどうしていいかわからず、きょろきょろと辺りを見回した。
「隠れてないで出てこい!!」
ルオが吠えた。
すると、草むらががさがさと動き、1人の男が体を起こした。
「そう怒鳴るなって。俺はただ、ここで寝てただけだ。何もしねえよ」
そう言って両手を掲げて見せた。
しかし、ルオを見て顔をしかめた。男は黒い髪を短く刈り込み、鋭い目つきをしていた。ハンサムな部類に入ると思う。年は22~23歳。体つきは逞しく、黒い金属の部分鎧を着けていた。ゆっくりと立ち上がり、長剣を構える。
「………何者だ?」
問われてびっくりする。
「え?人間だけど?」
わたしのことを言っているのよね?
「なんで疑問形なんだよ」
「えっ、なにか変だった?ごめんなさい」
咄嗟に謝る。
記憶がないので、なにか間違っていても、それが間違いだと気づけない。怪しまれているのはわかったので、警戒されないように下手に出ておく。
「わたしは人間のレナ。この子は魔獣のルオです。驚かせてごめんなさい」
「お、おう。そうか。俺はジークだ」
愛想を振りまくため笑顔を見せると、ジークは動揺した様子で長剣を下ろした。
あれ?ジークの表情が、緩んだように見えるのは気のせいかな。
相変わらず唸っていたルオは、わたしが頭を軽く叩くと大人しくなった。ただし視線をジークに固定したままで、警戒を緩めない。
「疑って悪かった。近くの町で暴れた魔獣がいたんで、そいつかと思ったんだ。あんたらは違うようだな」
ふうっと溜息をついて、ジークは警戒を解いて長剣をしまった。
わたしはルオから降りて、ジークがいる辺りをよく見た。草の陰になってよく見えないけれど、人が寝ていたような跡が見えた。焚火の跡は見えない。よくも、こんな草原の真ん中で眠れるものね。よほど寝不足だったのかしら?動物や魔獣に襲われるかもしれない、とは考えなかったのかしら。