22
ランバーの喉元にナイフを突きつけるまで、さほど時間はかからなかった。
「動くな。死にたくなければな」
おお、かっこいい。
ニキがランバーにナイフを突きつけたまま、階段を上って行く。手下達は、遠巻きにして見ている。
ニキのあとを、3人を背に乗せたルオが追い、最後にわたしが続く。
階段を上って水がないところまで来ると、またイグニスが炎を吐いた。また炎に包まれるわたし。一瞬で服が乾く。これって、けっこう便利かもしれない。
外に出ると、ガラの悪い男達が通りを埋め尽くしていた。どこから湧いて出たんだろう。
イグニスに炎を消してもらってルオに近づくと、3人まとめてヒールをかけた。魔力までは回復しないけれど、これで体が楽になったはず。特にジークは。
「助かった」
「ありがとう」
「楽になったよ」
口々に言い、ルオから降りるジーク達。
で、ここからどうやって逃げるかと言うと………
「目を閉じていてね」
ジーク達にささやき、杖を高く掲げる。
「ライト!」
杖の先を中心にして、太陽のような強い光がほとばしった。目を閉じていても、光が瞼に刺さり痛い。光が収まると、誰もが目を押さえていた。
「ぐおおおおっ」
「目がっ。目がああぁぁっ!」
まともに光を見てしまった人達が、目を押さえて悶えている。もしかすると、失明する人もいるかもしれない。でも、同情する気にはなれなかった。
「さあ行くよ」
ニキの掛け声を聞いて、わたし達はニキのあとについて歩き出した。
騒ぎを聞きつけて、いつ警備兵が来るかわからない。急がないと、ニルス達と一緒にわたし達まで捕まってしまう。
みんな目がチカチカするらしく、歩き方が頼りない。それでも、目を押さえて呻く男達を掻き分けて進んだ。
スラム街を抜けて向かったのは、ツェーン枢機卿の家。全員が室内に入ったところで、ニキが結界をかけ直した。これで一安心ね。
結界をかけ直したあと、ニキは様子を見てくると言って出かけて行った。
ジークは疲れ切った様子ながらも警戒を怠らず、レイニーは溜息が止まらない。ツェーン枢機卿は久しぶりの家を懐かしそうに眺めていた。
わたしは、犬サイズに戻ったルオをいたわるように撫でている。
しばらくしてニキが帰って来ると、ジークはようやく力を抜いた。ニキのことを信頼しているのね。
「ランバーは逃げていた」
そう言われても、驚く人はいなかった。
「オルランコスの下っ端は数人捕まえたようだよ」
それだけでは、オルランコスのレ・スタット国支部を壊滅させることはできない。支部長のセヴェリンを捕まえないと、オルランコスは簡単に復活する。それだけ、セヴェリンは悪の道に落ちた人間の心を捕まえるのがうまい。とはニキの言葉。
「ゴードンはどうなったんだね?」
レイニーにとって、1人息子のゴードンがどうなったか気になるわよね。あの場にいたのかしら?
「ゴードンは捕まったよ」
「そうか………」
レイニーは肩を落とし、小さくなったように見える。
どんな息子でも、レイニーにとっては大事な息子だったのかもしれない。
そういえば。セレスティナに大事な人はいなかったのかしら。両親や兄弟と言った親族や、友人、好きな人………誰もいなかったのかな。
セレスティナは、士爵令嬢だったジャクリーヌと先々代国王アルベルトとの間に生まれた王女だった。ただし、ジャクリーヌは側室だったため、庶子という扱いになる。王妃はすでに亡くなり高い寵愛を受けていたものの、ジャクリーヌの身分の低さから王妃になることはなかった。
ジャクリーヌは元騎士団長の父ジェームスと、宮廷魔導師だった母アリアの元に生まれた。そのため、セレスティナの魔力も幼い頃から強いと思われていたし、実際に女王となった時には、その魔力量は当時の宮廷魔導師を凌いでいた。
セレスティナが女王となったのは、彼女が25歳の時。アルベルト国王が老衰のためなくなったからだった。それから11年間を国のために尽くし、引退してか2年で死期を悟るまでになった。それから先は、レナの人生だ。
アルベルト国王には王妃と、王妃が生んだ王子がいたが、王子は体が弱くすでに亡くなっている。とはいえ、王子にはアシュリー王太子妃と幼い王孫チャールズがいた。このチャールズが、現在のレ・スタット国王だ。
アルベルト国王が崩御された当時、セレスティナが25歳、チャールズ6歳だった。アシュリー王太子妃は、チャールズ王孫がアルベルト国王に可愛がられないのはセレスティナのせいだと憎く思っており、実家の身分の低さからも軽蔑していた。そして死者の呪いが、引退後の王の命をちじめることを知り、繋ぎの王にすることを思いつく。
一方セレスティナは、幼くして母ジャクリーヌを亡くしており、祖父母もすでに他界している。自らの境遇を残念に思っているものの、すべてを捨てて逃げることもできない。そこで、私欲を捨て、女王として国民に尽くす覚悟を決める。