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でも薬に耐性があるということは、回復薬も効きづらいということでしょ。困ったわね。
どうして今もツェーン枢機卿の家にいるのかと言うと、ニキを待っているの。他に頼る相手もいないし、わたし達だけじゃどうしたらいいのかわからないもの。
「問題があったらしいな」
「ニキ!」
声をかけられるまで、ニキが来たことに気づかなかった。
どう見てみ怪しい黒づくめの男だけど、ニキならなんとかしてくれる、という根拠のない自信が湧いて来る。ほっと溜息をついて、それまで緊張していた体から力が抜けるような気がした。
「レイニーが裏切って、ジークが捕まったの」
「聞いている」
「狙いはわたしだったの」
「そうらしいな」
「わたしは………」
「なんだ」
わたしがセレスティナ・レ・スタットであることを、言ってもいい?そのせいでジークを巻き込んでしまったのだとしたら?あぁ、でも………どうしたらいいの?
立ち上がり、ニキと目を合わせる。ジークより少し背が高いかもしれない。見上げるので、首が痛い。
「ニキ、あなたは信頼できる?」
「それは見方によるね」
「わたしを裏切らない?」
「俺はクロウだ」
「秘密を守れる?」
「期間限定なら」
「わかった。それでいいわ」
ル・スウェル国の暗部クロウに属するニキ。ツヴァイ御子の味方で、一緒にツェーン枢機卿を探す仲間。うん、今だけの仲間だとしても、信頼して大丈夫だと思う。
「わたしはセレスティナ・レ・スタット。レ・スタット国の元女王なの」
「ほう」
ニキは大きく目を見開き、わたしが嘘を言っているのか見定めるように目を細めた。
「レ・スタット国の死者の呪いは知っているでしょう?わたしは記憶と引き換えに解呪をしたの。レ・スタット国の追手から逃げているのよ。ジークを巻き込んでしまって、申し訳ないわ」
「なるほど。だからツヴァイは、、君を呼んだのか」
納得した様子で、ニキは頷いた。
「あれ、怒らないの?」
「なぜ?」
「だって………秘密にしていたわけだし」
「それを言うなら、俺は秘密だらけだ」
「そっか」
なんだかほっとして、足の力が抜けた。ふらついたところを、ニキが支えてくれた。案外、良い人なのかもしれない。
「それじゃあ、レイニーがなにをしたのか説明してもらおうか」
ニキに言われて、イグニスが説明をした。深夜、寝ている時に話し声が聞こえて目が覚めたこと。話し声が、敵意を持っていたこと。そして話の内容も。
わたしは目覚めてから今までのことを話した。そして、昨日レイニーが報告してくれたことを伝えた。
「つまり、ツェーン枢機卿はオルランコスに囚われていて、レイニーは組織の人間かもしれない、と。それでは、今頃ジークもオルランコスにいるだろうな」
「あれ、レイニーが裏切ったとは言わないのね?」
「当然。レイニーは裏切者じゃない。彼はル・スウェルに忠誠を誓った男だ。国の害になるようなことを、進んでやりはしない。まあ、子育ては失敗し、1人息子のゴードンはオルランコスの一員となったが」
「ええ!ジークはそれを知ってたの?」
「いや、ゴードンがオルランコスに入ったのは最近だ。ジークは知らないだろう」
たしか、イグニスは………サラマンダーを連れた女を捕まえろ………そう聞こえたと言っていた。あの場にレイニーはいなかった?ううん、いたかもしれない。わざと大きな声を出して、イグニスに気づかせて逃げるチャンスを作ってくれたんじゃない?あぁ、でも、睡眠薬を盛ったのはレイニー以外にはいないわ。ゴードンに協力はするけれど、わたし達のことを助けたかった、というところかしら。
「よし。これでツェーンの居場所がわかった。助けに行こう」
まるで、食事に行こうと言うぐらいの気安さでニキは言った。
「ジークもね」
「わかっている」
ニキは言いながら、わたしをじっと見つめた。驚くべきことに、にっと笑った。その笑顔があまりにジークに似ていて驚く。よく見ると、目や顔の輪郭がジークと一緒だった。
「………もしかして、ジークの兄弟なの?」
「よく気づいたな。だが、他の人間には秘密だ」
当たってた!
暗部の兄に、ハンターの弟かぁ。ご両親はどう思ってるんだろう。心配じゃないのかなぁ。わたしが親だったら、どっちも嫌だな。
ニキが歩き出したので、そのあとをついて歩き出した。イグニスはわたしの肩に飛び乗り、ルオはわたしのあとをついて来る。荷物は部屋のすみに置いてきた。持って行っても邪魔になるしね。
それにしても、こんな朝からオルランコスのアジトに乗り込んでいいのかしら。人目につかない夜の方がいいのじゃないのかしら。
そんなことを考えているうちに、首都メルバルトにあるスラム街のアジトに着いた。建物は石造りの3階建てで、地下まであるらしい。飾り気はなく、とにかく頑強な造りになっている。