17
わたしからハンカチを受け取ると、ニキはポケットにしまった。
「女の趣味は、前より良くなったみたいだな。あのおとこ女は、おまえには似合わない」
「うるせえ。そんなことより、説明してもらおうか。なぜ俺達を呼んだ」
「そうだな。まずは奥の部屋へ行こうか。奥は結界が強化してあるから、誰か来ても気づかれないようになっている」
そう言って、ニキと呼ばれた青年は奥の部屋へ行ってしまった。足音も衣擦れの音もしないので、見ていて不思議な気持ちになる。
「あの人、ジークの知り合いなの?」
「………クロウだ」
「クロウって、ル・スウェル国の暗部って言う?」
なんで、そんな組織の人間がこんなところに?ツェーン枢機卿とどんな関係があるの?
「警戒してろよ。なにをされるかわからないぞ」
「わかってるよ。あいつは只ものじゃねぇからな」
ジークに答えたのはイグニス。鱗がピリピリしている。
ルオも毛を逆立てている。
ジークが歩き出したので、そのあとをついて行った。
奥の部屋は、明るくなっていた。おかげで、ニキと呼ばれた青年の顔がよく見える。やっぱり綺麗な顔をしている。暗部といえば、人目につかないよう情報を集めたり、組織に邪魔になる人や物を排除したりするイメージ。こんなに目立つ容姿で、暗部なんてやっていけるのかしら?
「さて。初めましての人もいるから、自己紹介をしようか。僕はニキと呼ばれている。もちろん本名じゃない。所属はクロウだ」
刺すような目で、わたしを見つめながらニキは言った。
暗部が自己紹介なんて、普通に考えてもありえない。何か、異常事態が起きている証だと思う。
「わたしは………」
「知っている。レナだろ」
名乗ろうとしたところを、ニキに遮られた。
「僕はツヴァイと繋がっている。意味はわかるか」
「ツヴァイ御子と情報を共有しているということ?」
「正解だ。つまり、君達がツェーンを探していることを知ってる。だから先回りして、この家に来たんだ。レナ、君を待っていた」
「じゃあ、教えて。ツヴァイ御子はわたしになにを望んでいるの?」
ツヴァイ御子には会えたけれど、ほとんど話もできなかった。彼女が、本当はなにを求めているのかわからないまま。
「それは、ツェーンの保護だろう。聞かなかったのか」
「聞いたわ。でも、そういうことじゃなくて………」
「いいか。物事には順序がある。まず君がしないといけないのは、ツェーンの保護だ。わかったか」
言っていることはわかるけれど、わたしは自分が呼ばれた理由を知りたい。どうして、わたしだったのか、他の人じゃダメなのか、理由が知りたいの。
「それで。ツェーン枢機卿の居場所はわかるのか」
「いや。まだ見つかっていない。どこかの結界に、閉じ込められているのかもしれないな」
ジークは驚いた様子でニキを見つめた。
「クロウでも追えないのか」
「そうだ」
その短い一言に、苦々しさを込めてニキが言った。表情は変わっていないけれど、心がこもっていた。
ここにきて、ツェーン枢機卿の手がかりが途絶えてしまった。これから、どうやって探せばいいの?
「そうだわ。ジーク、あの魔法書を見てもらったらどう?ニキなら、なにかわかるかもしれないわ」
「そうか!」
わたしの言葉で、ジークも魔法書を思い出したみたい。
「たしか、エスケープのところに書いてあったな」
ニキが初めて表情を変えた。怪訝そうな表情をしている。
でも残念なことに、今は手元にない。レイニーの店に、他の荷物を一緒に置いてきてしまった。そう思ってジークを見ると、彼はにやりと笑った。
「ニキ。手がかりになるかわからんが、クロウと走り書きされた魔法書があるんだ。裏通りの魔法屋で譲ってもらったんだが、気になったんで持ち歩いている。これだ」
そう言って、懐から1冊の本を取り出すジーク。
ニキは器用に片眉を上げ、その本を受け取った。皮手袋をした手で、器用にページをめくっていく。
「ふうん。『クロウ』と書いてあるな。確かに妙だ。これは俺が預かっても?」
「あぁ、かまわない。なにか手がかりが見つかるといいな」
クロウと書かれているのが、エスケープ(逃走)ということに意味があるのかしら?クロウから逃げる?それとも、クロウのところへ逃げる?う~ん、わからない。
わたしが悩んでいると、いつの間にかイグニスが身を乗り出して本を見つめていた。精霊にしかわからない、なにかがあるのかしら。
「イグニス、どうかした?」
「あれ、目隠しの魔法がかかってないか?」
そう言われても、わたしにはわからない。
「ルオ、あなたはわかる?」
「うぉんっ」
あ、そうか。ニキが信用できる人かわからないので、犬のふりをしているのね。でも、イグニスもしゃべっているし、ジークの知り合いなら大丈夫じゃないかな。
「ルオ、話して」
「あれは、目隠しの魔法がかかっています。手を乗せて、解呪と唱えてください」