12 ノヴァク自治区
街外れの丘に、ひとつの町があった。ノヴァク自治区。教会による自治が認められた、エウレカ聖教会本部。教会そのものが、ひとつの町となっていた。観光客も多く、法衣を着た人々も忙しそうに立ち回っている。
と、その時。
リーン ゴーン リーン ゴーン
教会の鐘が、5時を告げる荘厳な鐘の音を響かせた。
「すごいわね。芸術的な建物がいっぱい。綺麗だわ」
「見物してる時間はないぞ。5時半には、大聖堂に入れなくなる。行くぞ」
町の中は入り組んでいた。建物が少しづつ建て増しされたらしく、外側から中心へ向かうにつれて建物が古くなっていく。中心部は、宿屋の窓から見た、ひときわ大きな尖塔があった。
尖塔の入口は大きなアーチになっていて、聖書の一場面を模した彫刻で飾られている。
急いで奥へ進もうとして、止められた。
「申し訳ありません。神聖な聖堂に、ペットの連れ込みはご遠慮願います」
というわけで、ルオは留守番。大人しく待っていてもらうことになった。
大聖堂に続く廊下には、みごとな天井画が描かれている。じっくり見る時間がないのが本当に残念。
アーチの廊下の先に、光差す部屋があった。
「ここが大聖堂だ」
天井が高く、窓はすべてステンドグラスになっていた。色とりどりの光が差している。神々しい輝きにうっとりしていると、手を引かれた。
「ぼけっとしてる暇はないぞ。こっちだ」
整然と並べられた椅子の間を通り、エウレカ神の彫像が置かれた場所までやって来た。翼が生えた女性の像だった。
えっと………翼が生えた女性と言うと、ハーピィ??どうして神様が、魔物の姿をしているの?
よく見ると、手も足も人のそれだった。翼だけが異質に感じる。
「胸を見てみろ。レプリカだが、心臓がある」
ジークに言われて見ると、薄い服に隠れるようにして心臓があった。赤く輝く石に見える。あれがヴァルヴレイヴなのね。中で炎が燃えているように見える。ゆらめく、二つの炎………あれがレプリカだんて信じられない。まるで本物みたい………
「触っちゃダメ!」
無意識に手を伸ばしていたところを、少女の声に止められた。
ビックリして声のした方を見る。エウレカ神の彫像の後方にある扉が開いていて、濃紺色のドレスを着た少女が立っていた。鏡で見た少女に面影が似ている。黒い髪をきれいに結い上げ、頭の後ろに纏めている。小さなレディだった。
駆け足でこちらへやって来ると、黒い瞳であたしを見上げた。
「危なかったわ。あれは防犯装置が設置されているので、警備隊が来るところだったわよ」
10歳くらいの少女だったけれど、しっかりした話し方だった。
「初めまして。わたしはツヴァイ。あなたを待っていたの」
「ええ?ツヴァイって………ツヴァイ御子?どうしてわたしを??」
混乱して、言葉が出てこない。
「いいから、こっちへ来て。誰かに見つかる前に、場所を移しましょう」
少女は、さっき出てきた扉に入り、わたし達を手招きした。
ジークと顔を見合わせ、不思議な少女について行くことに決めた。頷きあって、少女の後を追いかける。
扉の向こうは、殺風景な石畳の通路が広がっていた。扉を閉めると、扉がすうーと消えて見えなくなった。
「これで大丈夫。扉の向こうでも、見えなくなっているわ」
不思議。隠し扉とでも言うのかしら?
「来て。出口まで案内するわ。時間がないから、歩きながら話しましょう」
そう言うと、さっさと歩き出すツヴァイ御子。子供の足のわりに、速い。
「見張りを振り切って来てるの。あまり時間はないのよ」
怒られてしまった。慌てて、追いかける。
「ごめんなさい」
「それで。どういう要件なんだ」
ツヴァイ御子はジークをちらりと見たけれど、視線をわたしに固定した。
「先に、あなたの名前を教えて。話はそれからよ」
「あ、わたしはレナよ」
「そう。レナ、よく聞いて。アインツからツェーンを守って」
「ツェーンと言うと………順位10番目の人ね。ヴァルヴレイヴを守るんじゃないの?」
「それはそれ、これはこれよ。今はツェーン枢機卿を探して。もう一週間も教会に来ていないの」
そこまで話して、ツヴァイ御子は立ち止まった。目の前には壁がある。
「この扉から出て。わたしはもう行くわ」
そう言うと、ツヴァイ御子はさっさと来た道を戻って行ってしまった。
「………まだ聞きたいことがあったのに………」
「そうだな。ずいぶん焦ってたな」
小さな後ろ姿を見送っている時に、妙なことに気づいた。足音がしないのだ。よくよく見ると、少女の小さな足が浮いている。浮遊魔法というのだったかしら。
それにしても。浮けるなら、飛ぶこともできるんじゃないの?どうして飛んでいかないのかしら。
その場に取り残されて、わたし達は途方に暮れていた。
ツヴァイ御子は扉と言っていたけれど、あるのは何の変哲もない石の壁。
「仕方ない。押してみるか」
ジークが手で押すと、ゴトっと音がして開いた。扉の向こうは外に繋がっていた。
「教会の入口横か………見つからないうちに出るぞ」
外に出て扉を閉めると、それは壁に戻っていた。改めて見ても、ドアがあるとは思えない。これも魔法なのかしら。
「不思議ね。どうなっているのかしら」
「目隠しの魔法でもかかっているんだろうぜ。それより、ルオを迎えに行って帰るぞ」
「そうね。ルオが待っているわね」
教会の入口へ戻ると、修道士と一緒にルオがいた。修道士の足元にお座りの状態で座っている。尻尾がしょんぼりして寂しそう。