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1 泉の傍で

 ぴちゃんっ


 あれ。水の音が聞こえる。

 ぼんやりとした頭で考えながら、ゆっくりと目を開けると、そこは知らない場所だった。


「ここはどこ?」


 そっと呟いたつもりが、聞こえた声にびっくり。誰の声?

 誰かいるのかと思って、辺りを見回した。見えるのは、月明りに照らされた泉と暗く深い森の木々。わたしは腰まで泉に浸かって立っていた。体を見下ろすと、白っぽい色をしたシャツ一枚を着ていた。濡れたシャツは、ふくよかな胸やくびれた腰まで張り付いたあと、裾が水面に広がっていた。飾り気のまったくない、シンプルな物だった。靴は履いていない。裸足の足が泉の底を踏みしめている。


「誰かいるの?」

 

 木々の暗闇に向かって問いかけたが、動物の鳴き声も聞こえない。静かな夜だった。

 何度か声を出してみて、初めは違和感を感じいていた声が、ようやく自分の物だとわかった。

 どうして自分の声に違和感を感じたのかな。不思議だわ。そう思った時、クシャミが出た。

 そうだ。濡れたままでは風邪をひいてしまう。

 すぐに泉から出たけれど、泉に浸かっていた時より寒く感じた。風が吹いているからだ。

 火を熾して温まりたいけれど、やり方がわからない。

 

 今は夜。人家を探しに森に入れば、たちまち獣に襲われてしまうかもしれない。それに、裸足ではすぐに怪我をしてしまう。かと言って、このままじっとしていても、いつ獣に見つかるかわからない。火があれば、濡れた服を乾かしたり、獣から身を守れるのに。そう思って、泣きそうになった。

 そもそも、わたしは自分が誰かもわからない。名前も思い出せない。どこに住んで、そんな仕事をしているのか?………何も思い出せない。頭はぼんやりしたままで、とても頼りにならない。まるで、夢の中にいるみたい。

 本当に、夢なら良かったのに。

 でも、これは現実。寒さと体の震えが、そう教えてくれる。

 じっとしていても仕方ない。シャツを一旦脱いで、できるだけ水分を絞ってからまた着た。それから枝を拾い集め、一か所にまとめて置く。焚火の準備だ。そうして、火を熾す方法を思い出そうと頑張った。

 

 火が燃えているイメージならできる。赤々と燃える炎、その熱と音。

 そう、手を翳せば………。

「……ファイア」

 

 突然だった。

 言葉がすべるように口から出ると、薪に火が付いたのだ。驚いてしりもちをついてしまった。

「何が起きたの?」

 火は確かに燃えている。そして暖かい。

 理由はわからないけれど、「ファイア」という言葉が出て助かった。これで朝まで過ごすことができる。服を乾かせるし、火があれば獣が寄って来ないから。逆に、火がなければ、わたしは凍えながら獣の餌食になり、とても朝を迎えることはできなかったと思う。


 わたしは焚火の傍に座り、いまだぼんやりした頭で今の状況について考えた。他にすることもないしね。

 わたしは記憶喪失かもしれない。だって、自分のことを何も思い出せないから。わかるのは、女性ということだけ。泉に映った姿を見て、年は17~20歳頃だと思った。持ち物はシャツ一枚と下着だけ。焚火の灯りでも、荷物らしき物は見当たらない。

 一体、わたしは泉で何をしていたのかしら?それに、どうやってここまで来たの?荷物も靴もなく、森の中を歩いていた?それにしては、足は傷ついていない。もしかしたら、泉で水浴びしている間に、誰かに荷物を盗まれたのかもしれない。うん。きっとそうよ。でも、それなら、わたしは服を着たまま水浴びする女の子だったってことよね。恥ずかしがり屋だったのかしら。


 それにしても、これからどうしよう。

 水は泉にあるけれど、食べ物はない。朝になってから人がいる場所を目指して歩こうにも靴がない。なにか、靴の代わりになるものは……ないわね。怪我を覚悟して歩くしかなさそう。

 そして。気になることがもう一つ。わたしが「ファイア」と言うと火がついたこと。あれは魔法だと思う。でも、魔法は呪文を唱えないといけないんじゃなかった?それに、どうして「ファイア」を思い出したのかわからない。ううん。ただ言葉が出てきただけで、思い出したわけじゃないわ。だって、やっぱり呪文はわからないもの。「ファイア=火」という言葉の意味がわかるだけ。変なの。


 他の魔法は思い出せない。

 でも。魔法が使えるなら、わたしは魔法使いかもしれない。そう考えて嬉しくなった。

 空が飛べたら、気持ちいいでしょうね。

 いい気持ちになった所で、体がすっかり温まり、眠くなってきた。あくびをして、横になると、あっという間に眠りに落ちた。


 目が覚めると、すっかり朝になっていた。

 焚火はすっかり小さくなり、今にも消えそうになっている。土をかけて火を消すと、泉で顔を洗った。ついでに水を飲むと、空腹が満たされた気がした。不思議。


 ぱきっ

 

 小枝の折れる音がした。

 驚いて振り向くと、そこには………。

「クウーン」

 巨大な犬がいた。

 人を乗せても走れるほど大きい。2~3mくらいかな。白くふわふわの毛で、狼に似て頑丈そうな体をしている。金色の瞳が、嬉しそうに輝き、舌を口から垂らしている。尻尾を大きく揺らしながら、わたしに顔を摺り寄せてきた。

 怖くはなかった。

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