ヘブンギブンの森の七人の小人
星雪姫と名前をなくした私が、森をさ迷っていたとき辿り着いた小屋で、星雪姫はテーブルの上の食物を、自分のために用意されたものと言って構わず食べ、ひとり寝てしまう。そこへ小屋の主人である小人たちがあらわれ、食べなかった私に怒りにまかせ襲い掛かろうとした寸前、眠りから覚めた星雪姫の言葉によって小人たちは友好的になった・・・。
星雪姫と私は、小人たちの晩餐に正式に招待された。
椅子が二脚用意され、私たちは上座に陣取る頭目のすぐ手前の席に向かい合って座った。テーブルの上の御馳走はあらためられ、さらに野ウサギのシチュー、鶏肉の串焼き、キノコのクリームスープといった料理が振る舞われ、デザートにはセブンスアップルという、この森にしかならない品種の林檎をたっぷりのせたパンケーキが出された。私は本当にお腹がポッコリするほど食べた。どれも素晴らしく美味しくて、それを言葉で表現するのは私にはとてもできない。でも星雪姫は、ちょこっと口をつけたきり、フォークとスプーンを置いた。さんざ森をさ迷い歩いて、あまりの疲労のために食欲がないのです、と小人たちの好意にお詫びを言った。私は心の中で、さっき勝手に小人たちの食物に手をつけなかったことに相好を崩し、こんな温かくて美味しいシチューや、甘いパンケーキを思う存分堪能できない星雪姫のことを、少し意地悪い気持ちで不憫に思った。
「今宵は、いつもより贅を尽くさせてもらいました」頭目が口をきった。「しかし、お嬢さんの食欲にまで考えが至らなかったことは面目ねえ」
小人たちは自分たちのことを「ヘブンギブンの森の七人のツウェルク」と呼び、順繰りに名前を教えてくれた。
「あたしはラスカルと申します」カーキ色の、誰よりも高い頭頂をもつフード付き二層外套を着た、髭モジャの厳つい顔の小人だ。「先程のこいつらの失礼、頭目のあたしに免じて、どうぞ許してやっておくんなはい」やはり頭目と呼ばれるとおり、小人ならぬツウェルクたちを束ねているようだ。
「お控えなすって」灰青色のフードの小人が立ち上がり、やや腰を落として、右の掌を差し出した。「手前、生国と申しまするは、ヘブンギブンの森、手前、ツウェルク七代目を継承いたします、ラスカルに従います、若い者にござんす、名はヘイスティ、稼業、未熟の駆け出し者、以後、万事万端よろしくお頼申します」面倒な自己紹介だったけど、要するにヘイスティという名前らしい。やはり二層外套を着て、フードの天辺は折れて後ろに流れていた。巻き舌でまくしたてるようにしゃべり、あとはひたすらお酒をあおっていた。
「余の名は、ウィサーゴ」食事を早々と切り上げひとり読書に耽っていた、黒灰色の台形フードの、長いアゴ髭の先生が、読みさしの本から目を上げて言った。「今宵は、無益なゆき違いをしたが、つまらぬことは忘れて、我々の晩餐を楽しんでくれたまえ」
「オレはワーピー」黄土色の二層外套の、気どり屋の小人だ。フードの天辺はやや斜め前に折ってキザに垂らしていた。飲むか食べるかしてないときは、テーブルの上でずっと頬杖をついていた。時たま、ブラーボ!と手を叩き、話を盛り上げようとしているが、たんに茶々を入れているようにもみえる。頬杖をはずして言った。「ま、こんな何もねえ、つまらねえトコさ、どうぞ気楽にやって下さいな」
「オラの名は、バムキンズラ」茶色の二層外套の、天辺が吹きさらされてボロボロのフードを目深かに被った、小憎たらしい訛りの小人だ。私は咄嗟に疑問がわいて、ズラは名前のうちに入るのですか?と訊いたら、「入らねえズラ!」とフードの影の下の目を炯々とさせて怒鳴られてしまった。私のひと言で気を悪くしたのか、その後ムスッと押し黙ったきり、口をかたく閉ざしてしまった。皆どこか風変わりな七人の小人たちの中でも、この小人は一人異質な感じがした。
「ボクは、スローガルト」赤茶色の二層外套の、ところどころ丸いアップリケの入ったいびつな形の、さっきマッシュルームフードというんだと、自慢げに教えてくれたものを被った、太り気味の小人だ。ふくれた頬肉のせいか、いつも笑っているようにみえる。「美味しいキノコの見分け方なら、ボクが教えてあげるよ」
「オイラはラズリーダズリ―」オリーブ色の二層外套の、白いポンポン付きフードの、口の大きな無邪気な調子の小人だ。口だけじゃなく、声や目や身振り手振りまでもがその身に比して大きく、全体にうるさい感じがする。「おまえらもオイラたちの仲間になるか?」
「コホン」星雪姫が咳払いをして、場の空気を打ち破ると、皆の注意をひきつけ私に言った。「ところであなたはご自分のお名前、思い出したのかしら?」
「私は・・・・」再び意識の奥底の暗い淵まで探ってみても、そこに答えは無かった。「わからない。全然思い出せないの」
「グルートだ」ラズリーダズリーが指をさした。
「やめたまえ。こちらもこうみえて娘さんなのだから」ウィサーゴが窘めてくれた。
「ポッコリ」
「違う!」今度は私が否定した。
「じゃあグラトニーだ」
「いいんじゃないの、ポッコリよりは。グラトニー、ブラーボ!」ワーピーがグラスをあげた。