姫と小人たち
本に書かれたらしい自分、その本をなくした私は、森をさ迷っていたとき出会った星雪姫と、ともに森を抜けようと歩き続けるが、寒さと空腹と疲れも限界にきた頃、一軒の山小屋をみつけた。そこに用意されていた御馳走を、星雪姫は自分のためのものと言って食べると、さっさと一人寝てしまう。私も食べようかどうしようかと迷っていたとき、その山小屋の主が姿を現した・・・・・。
「娘さん、そんな怖がるこたありませんぜ、とって食おうってわけじゃねえんで」灰青色のフードの小人が手を伸ばしなだめる。
「そうだとも、何も心配いらねえよ。オレたちのこと、森の紳士と皆が言うぜ」黄土色のフードの気取り屋の小人は鼻の頭をかいた。
「でもその剣でわたしを刺すんじゃなくて?」
「いやいや、とんでもねえ。こいつはグルート退治の為でして、手前らもほら、さっさと物騒なもんしまわねえか!」髭モジャの頭目がドヤしつけた。
小人たちは、口々に「へい」だの「あい」だの「はは」だのと返事して、抜き身を鞘におさめた。
「ところで娘さん、どうしてここに寝ていなさるんで?」頭目がきいた。
「わたし、ですか?」星雪姫は少し警戒心を解いたようだ。「それはとても疲れたもので、森の中を歩いたあとでしたから、ちょうどいい小屋をみつけ、それで横になってちょっと休んでいただけですわ。それが何か?」
「いえいえ、こんな森の奥深くでございまさ、疲れるのは致し方あるめえし、あたしらのベッドでよろしけりゃ、いくらだって休んでいただいて構わねえんでございますが、その・・・・」
「まあ、このベッド、あなた方のでしたの?わたし、てっきり空き家かとばかり思ってましたわ。それは失礼しました」
「いいえ、とんでもございません」頭目は大仰に両手を左右に振ってみせた。「ところでその、テーブルの上の食い物のことでございますが・・・」
「テーブルの上の、食いもん?」
「娘さん、確か寝言で、お腹いっぱいだ、とか仰ってたようですが」遠慮がちに頭目が訊く。これでやっと、私の濡れ衣も晴れるはずだ。
「え、ええ。そういう夢は見ましたわ。夢の中で、異国の珍しいお料理を、たらふく御馳走になる夢を」
「夢の中で!」小人たちが声を揃えて言った。
「けど、うなされていたご様子でしたが」灰青色のフードの小人が訊いた。
「ええ、夢の中で、怖い魔女に無理矢理たべさせられたのです。ああ、怖い夢だった」星雪姫は再び身をすくめ、毛布を胸に引き寄せた。
「じゃあ、テーブルの上の御馳走は?」
「わたしは知りませんわ」しれっと言った。
「でしょうな」頭目は大きく頷いた。「こんな、か細いお嬢さんが、あれだけの量の食い物食えるはざねえんだ。いや、別に疑ってたわけじゃねえんでございますが、どうも最近、物騒なことが多いもんで、いや、お気に障りましたら、どうかご容赦下せえ」
「いいえ、私は別に」
「そりゃそうでさ、頭目、こんな別嬪さんが盗み食いなんかするはずァねえでしょう」灰青色のフードの小人が言うと、やはり頭目と呼ばれた髭モジャの小人にきつく頭を叩かれた。「イテッ」
「こいつ、おれが疑ったみたいに言いおって!」
「スイヤセン・・・」灰青色のフードの小人はしょんぼりした。
「こんな美しい姉さんが、オイラの銀ボタン盗むはずないんだ!」オリーブ色のポンポン付きフードの小人が、無邪気な顔で声をあげた。
「こんなかわいい娘っこが、オラの金貨盗むはずねえズラ」茶色のフードの、訛りのきつい小人が、苦虫を嚙みつぶしたような顔で言った。
「このような麗しいご令嬢が、余に水虫をうつすはずはござらんのだ」黒灰色のフードの下の細い顔に、よく見たら長いアゴ髭を生やしていた、先生と呼ばれている小人が高く声をあげた。「しかし仮にお嬢さんが下さるというのなら、余は喜んで頂戴する所存でございますぞ」
「まあ、わたし、水虫なんて持ち合わせてございませんけれど」
「たはは、そらそうでしょうな。するってぇとなんだ、やっぱりあの娘の仕業か?」いまさっき、頭目に頭を叩かれてションボリしていた灰青色のフードの小人が、早くも元気をとり戻して私の方をにらんだ。すると再び、小人たちの関心が、私の方に集まった。
「ちょっと待ってよ、私じゃないってば!」
小人たちは星雪姫のベッドの周りから離れ、こぞって私に近づいてきた。
「グルート!」
ランプの燈が、小人たちの表情に不気味な影を刻み込んで、ゆっくり歩みよってくる彼らの怖ろしさを誇大に照らす。
「大食いお化け!」
そして小人たちは、さっき納めた剣に再び手をかけ、抜こうとした。