寝ごとの美女
本に書かれたらしい自分、その本をなくした私は、森をさ迷っていたとき出会った星雪姫と、ともに森を抜けようと歩き続けるが、寒さと空腹と疲れも限界にきた頃、一軒の山小屋をみつけた。そこに用意されていた御馳走を、星雪姫は自分のためのものと言って食べると、さっさと一人寝てしまう。私も食べようかどうしようかと迷っていたとき、その山小屋の主が姿を現した・・・・・。
「うーん、あああ、もう食べられない、食べたくなぁい、お腹いっぱいなの、おかあ様なんて大キライ・・・」
小人たちは一斉に私の方から、声のする部屋の奥の薄闇へと顔を向けた。薄っすら白い足裏が、ちょこんとベッドの側面に乗っかっているのが見える。
「むむっ、あそこにいるのは何者だ」細面の鼻の長い、落ち着いた口調の小人が、星雪姫の眠るベッドの下へ歩みよっていった。「おお、これは何という美しい娘だろう!」
その細面の、黒灰色のフードつき二層外套を着た小人が、星雪姫の寝顔を覗きこんで感嘆の声をあげると、私の前に居並んでいた小人たちは、我先にと星雪姫の眠るベッドの前へすっ飛んでいった。
「おいスローガルト、そこに立ったら暗くなって見えないじゃないかぁ」陽気な声の、オリーブ色のフードの小人が泣き出しそうな声をあげた。
小人たちがベッドを取り囲んだせいで、星雪姫の姿は、まったく明かりから遮断されたらしい。
「じゃあ、ボクはどこに立てばいいんだよぉ、誰か場所を開けてくれよぉ」赤茶色のフードを被った、常に何か頬張っているような太った小人が、さらに頬を膨らませてブーたれながら、他の小人の間に強引に割って入ろうとした。
「おい、こっちに入ってくんじゃねえよ、あっち行けよ」黄土色のフードを被った、気取ったしゃべりをする小人が文句をたれた。
「バカモン!つまらねえ争いしてねえで、誰かランプに火を入れねえか」厳つい髭の小人が一喝した。やはりこいつが頭目のようだ。
小人たちは散らばって、ベッドの並んだ奥の間のランプを灯した。それは、めいめいのベッドの頭板の上にくるよう壁に設えられた棚の上に乗っていた。
ボワッ、と家の中全体が柔らかい明かりに満たされた。
小人たちは燈を灯すと、飛ぶようにまた星雪姫の眠るベッドの周りに集まった。そうして言葉も失い、食い入るように眺めつくした。
「本当ズラ、オラこんなに美しい娘っこは見たことねえズラ」茶色のフードの小憎たらしい訛りの小人が褒めたたえた。
「まったくでい」灰青色のフードの四角い顔をした巻き舌の小人が、緩やかな口調で感心の吐息をもらした。「あっしも、生まれてこのかた、これほど愛くるしい娘にゃ、とんとお目に掛かったこたねえな」
「オレぁ、あるぜ」黄土色のフードの気取った調子の小人が得意げに言った。「町中に繰り出したとき、さるご婦人を・・・あ、いや、いま思えば、この娘さんとは大違いだ。とんでもねえ、比べ物になりゃしねぇ。オレはいま最高の美というやつを知っちまった。喜ぶべきなのに、なぜか胸がつかえてくるよ。わかるかい?先生」その小人は嘆息して首を振り、隣の小人に尋ねた。
「ウム。わかるとも」黒灰色のフードの細面の小人が大仰に頷いた。「美に神性を見るとき、我々は永遠というものに触れるのだよ。しかし我々は、ほんの針の穴の、それよりもっとちっぽけな穴の中からしか、美の永遠なるものを覗けないことを悟るのだ。しかしそれだからこそ美は貴いのだし、あこがれは尽きぬのだ」
「まったく先生の仰るとおりで」再び灰青色のフードの小人が小賢し気に言った。「あっしは理由もなく涙が出てきやすぜ。神の思し召しでございましょ」
「うるせえ!おめえら静かにしねえか、娘さん起こしちまうだろうが!」カーキ色の、他と比べてみるとやけに頭頂を山高く尖らせたフードの、髭モジャの頭目の小人が一喝した。
「うーん」小人に取り囲まれて眠る星雪姫の口から呻きがもれた。「うーん、そんなの大きなお世話だわ。ムニャムニャ、私のことは放っておいて頂戴、もうイヤよ!お腹いっぱいなのよ。ムニャムニャ・・・・」
「いま、お腹いっぱいだって言った!」てっぺんに白いポンポンをつけた、オリーブ色のフードの陽気な声の小人が、大きな口を開けて指をさした。
「そんなバカな、聞き間違いであろう」先生と呼ばれる、頭頂が台形をした黒灰色のフードの小人が窘めて言った。
「うんにゃ、オラにも確かに聞こえたズラ」風に吹きさらされたみたいに少し傾いで、てっぺんがボロボロにほつれた茶色のフードの、訛りのひどい小人が反論した。
「このめんこい娘が!?ボクたちの御馳走食べたのかい?」赤茶色のキノコみたいな形をしたフードの、頬のふくれた小人が信じられないという顔をした。
「オイラの銀ボタンを盗んだのも?!」ポンポンつきオリーブ色のフードの、口の大きな小人がさらに口を大きく開けて声を張り上げた。
「ウーム・・・」星雪姫の眠るベッドの周りで、小人たちは小首を傾げたり、腕を組んだり、頭を抱えたり、目を見張ったり、口を開けたりしながら、めいめい思案にくれはじめた。
「はっ!」突然、星雪姫は飛び起き、「わたしとても怖い夢を見たわ、おかあ様が・・・」と言いかけたとき、自分を取り囲む小人たちの存在に気がついた。「なんなの、あなた方は?わたしになにか御用?」そして小人たちの凝視に、怯えたように身をすくめた。
小人たちは星雪姫の反応につられたのか、みな揃って後ずさりした。