森の小人たち
本に書かれたらしい自分、その本をなくした私は、森をさ迷っていたとき出会った星雪姫と、ともに森を抜けようと歩き続けるが、寒さと空腹と疲れも限界にきた頃、一軒の山小屋をみつけた・・・・。
「私は、食べてません。お腹は空いてますけど、ほら、こんなにペッタンコ」
軽く上体を起こして、お腹を見せようとした。そのときうまいことお腹がグーとなってくれたら、私の潔白は証明されるし、お腹の音を聞いて小人が油断してるすきに、腰の剣を引き抜くこともできるのに、こんなときにかぎってお腹はひっそり鳴りをひそめていた。しかも、さりげなく腰へやった手に違和感がある。腰にさした剣が無くなっている!
「あんたの探してるもんは、これかい?」左で私の脇腹を狙っている男が、私の剣を目前にかざした。こいつも小人だ。どうりで椅子もベッドも扉も小さいはずだ。ここは小人の家なんだ。
「ちっともペッタンコじゃねえズラぜ」右後ろから私の脇腹を狙う小人が憎らしげに言った。「たらふく御馳走を平らげたあとのポッコリお腹ズラ!」
「私は本当に食べていません!これでもお腹ペコペコなんです!」
「ウソつき!ポッコリお腹!」背後でまた別の声が、まるで口に何かを頬張っているかのような調子で言った。
「ウソじゃない!」そのとき私にいい考えが閃いた。「じゃあ、こうしましょう。そのテーブルの上の御馳走を私にいま食べさせて下さい。いっぱい食べて私がお腹ペコペコだってことを、証明して御覧にいれましょう!もしすでに満腹だったら全然食べられないはずでしょう?」
我ながらいいアイデアだと感心した。これなら私の潔白を証し、同時にはばかることなく、空腹も満たされる。
「よおし、この野郎、食えるもんなら食ってみやがれ!ほら食えっ!」右横の巻き舌の小人が再びテーブルを引き寄せて、木の実を盛った皿を私の前に突き出した。
「いいですよ、じゃあ・・・」私はしめしめと口に頬張ろうとした。
「バカモンっ!」目前の髭モジャの小人が怒鳴り声をあげ、右横の小人に向かって口角泡を飛ばして怒った。「これ以上こいつに御馳走を食わせるやつがあるか!」
「けど、こいつァ犯人に違えねえから絶対これ以上食えるわきゃねえですぜ!」早口で巻き舌の小人は、やはりフードを被った中から角張ったアゴを突き出して必死になって弁解する。
そしてどこからか手が伸び、膝の上の木の実は、ついぞ、私の口に入ることのないまま、皿ごとあっさり取り去られてしまった。
「ふーむ、こやつは例のグルートじゃないのかな」背後でまた別の落ち着いた声が言った。
「グルート!?」私を取り囲む小人たちが一斉に声をあげた。
「そうか、隣の森の、そのまた隣の隣の森の奥に住むっていう大食いお化けのぐグルートたァ、おめえのことか!」右横のアゴの角張った早口の小人が巻き舌でまくしたてた。
「そうなのかい?」目前の、どうやらボスらしき、頬から口の周りとアゴにかけて髭モジャの厳つい顔の小人が、私に顔を近づけてきた。「あんさん、なんでまたあたしらの縄張りにまで踏み込んで来なすったのか、説明してもらいやしょうか」
「知りません!私そんなお化けじゃないし、さっきから、あんさんって、こんな格好してるけど、私、男じゃない。れっきとした女の子です」
「女!?じゃあグラトニーだな。大食い娘のグラトニーだ」左横の辺りでまた別の、この場にそぐわない妙な朗らかな声が言った。
「ちょっと待って下さい!私は大食いお化けでも大食い娘でもない!食べてない、本当に食べてないっ!」さすがにムカついた私は、剣で狙われていることも忘れ、思わず足をドンと床に叩きつけ、立ち上がった。
私を取り囲む小人たちは一瞬ひるんで、突き付けた剣は残しながらも少し後ずさった。後ろの小人の一人は尻もちでもついたのか、ドテンという音のあとに「痛てっ」と呻く声を発した。
「うんじゃあ誰が食べたというんズラ?このポッコリお腹の大食い娘!」右後ろの小憎たらしいしゃべり方をする小人が言った。
「それは・・・」と言いかけて、私は口をつぐんだ。このまま本当のことをしゃべって、星雪姫を犯人にしてしまうことに、何故だか良心がチクッと痛み、私は下を向いた。はたして星雪姫一人だけのせいと言えるのか。私もつまみかけたのだし・・・・・。
「ほおら、答えられないズラぜ、ハイホー!」
「ハイホー!ハイホー!ハイホー!」小人たちは一斉に高く声をあげた。
私はあまりの喧しさに手で耳をふさぎ、くずおれて椅子に座ると、小さな背もたせに身を隠した。「もうイヤ!」
目をつぶり、耳をふさいで、暗い意識の殻に閉じこもっていると、にわかに騒ぎが止んで、周りが水を打ったように静まりかえったのに気づき、顔を上げてみると、小人全員の顔が目の前に揃って、私を見ていた。
「あたしのパンを食ったのは、お前さんだな」厳つい髭モジャの小人が小剣を向けた。
「あっしのチーズを食いやがったのは、おめえだな」アゴの角張った巻き舌の小人が言った。
「オレのイチゴを食べたのは、アンタだな」私の剣を奪った小人が、気取った口調で言った。
「ボクの木の実を食べたのは、キミだろ」頬に何か詰めたようなしゃべり声の小人が言った。
「オイラの銀ボタンを盗ったのは、オマエだ」場違いな朗らかな声の小人が言った。
「オラの金貨を盗んだのは、てめえズラ」小憎たらしく訛る小人が言った。
「余の水虫をうつしたのは、貴公だな」落ち着き払った口調の小人が言った。
小人たちは、ぐぐっと顔を私に近づけてきた。もう自棄になって、私が食べたことにして居直ってやろうかと考えがよぎったけど、金貨を盗んだだの、水虫をうつしただの、あまりにひどすぎる。とんでもない濡れ衣だ。いくらなんでも、それらは呑めない。
ところへ、部屋の奥の薄闇の影から、小動物のうなり声のような星雪姫の寝びきが聴こえてきた。