少年と釣り
木の実や山菜を採取していた翌日、俺は湖に来ていた。この湖は洞窟の東側にあり、大きさは二十メートル程度の大きさで小さめの湖だ。
「ふわぁ……と」
無風の水面に竿を持ちながら一本の糸が垂れ下がらせ、眠たそうに眼を擦る。
ここの湖には魚系の魔物が生息しており、少しずつ糸から魔力を流す事で釣り上げることができるのだ。
これはリューにとって魚を釣ると言う『仕事』よりも均一に集中する『訓練』の意味合いが強い。
リューも幼い頃は魔力の操作が得意ではなかった。そのため、『アルビオン』が編み出したのがこの釣りである。
魔力が少なく流しても魔物は反応せず、多く流すとすぐに魔力を枯渇してしまう。そして細い糸に魔力を流すのは困難。その上半日も続くため集中力を常に研ぎ澄ましてなければならないものだった。
魚が釣れなければその日の夕食は無し、だったため頑張って釣りを始めた。
最初は釣れない。集中力も魔力も枯渇させ腹を空かせながら就寝する、そんな生活を一ヶ月をした頃から変化していく。最初は一匹、次は二匹、三匹、四匹……一年が経った頃には百匹を一日で釣ること出来るようになった。
それに伴って『アルビオン』から魔法を教えて貰い始めたため、リューにとって思い出深いものだ。
(……そう言えば、俺以外の人はどうやって釣りをしているのだろう)
魚系の魔物を釣るにはどうしても魔力と操作性を必要とする。それも持続的かつ均一にしなければならない。それを行える魔法がある訳でもない。ならばどうやって魔物を釣っているのだろうか、リューは疑問に思った。
実際には釣り餌を使っているのだが、そもそも『アルビオン』が魚を食べず、魚を釣ると言う事を知っていても釣り餌等を知らないからである。
「おっ……!」
魔力に反応があり腕に白い光を纏わせて釣竿を引き上げる。
魔物の釣りをとなればその引きは凄まじい程に強い。そのため筋力強化の無属性魔法『ボディアッパー』を使わなければならない。
ボディアッパーは筋力を凄まじく跳ね上げる魔法だが、その倍率が余りにも高過ぎて肉体が潰れてしまう。そのため、猛毒魔力と同じように禁忌とされている。
「ぬォォォっしょお!!」
雄叫びと共に釣竿を引き上げると空中にリューに匹敵する程の魚が舞う。
湖の中の自然淘汰によって小魚程度の大きさの魚は存在しない。魚は全て最低でもリューに匹敵する大きさである。そのため、この魚はこの湖では一番小さいサイズである。
「穿て」
空を舞う魚に向けて指を向けると不可視の衝撃が魚の頭を的確に撃ち抜く。
そして落ちてくる魚の追突点に亜空間の穴を開けてそのまま仕舞う。
これも釣りによって集中力が高まった事による副産物である。最適の魔力で魔法を発動させ、的確な位置で発動させる事ができるようになったのだ。
「さて……」
釣った魚を穴から出して指を白い刃に変換して素早く捌いていく。
この魚の名前は『クロビカリ』。真っ黒で光沢のある鱗が特徴の魔物で、その肉は臭みがなく淡白な味をしている。ただ、その鱗が非常に硬く、今は簡単に捌けてたがリューが魔力が少なかった頃は非常に多くの魔力を奪われた。
「さて……ん?」
捌き終えたクロビカリを穴に落とし終えると毛がざわつく気配を感じ取り周りを見回す。無論、辺りには生物の気配は存在しない。
「世界よ、教えろ」
目を瞑り小さく呟くと森全体に魔力が広がり範囲内の状況を調べていく。
無属性魔法『スカイアイ』は魔力を広げて広げた範囲内の状況を見ることができる魔法だ。だが、不可視の衝撃と同じように魔力の量によって規模が左右されるため、そこまで使用されていない。
(……場所はここより南。森を横断する道を馬車が走っている。人数は五人。一人は御者、他四人は鎧を着てそれぞれ剣、槍、杖、弓を持っている。……冒険者か)
冒険者とは、この世界に存在する魔物退治を専門として行ってる者たちでそれぞれの国に『ギルド』と呼ばれる組織がそいつらを統括しているらしい。
らしい、と言うのは釣りと同じく『アルビオン』が知らないからである。
(……何かに追われてるな)
馬車の背後を金色の毛皮をした六匹の狼が馬車に匹敵する速度で追いかけている。
金の毛皮の狼の名前は『ゴ・ウルフ』と言い、リューは知らないが冒険者の中では『群れで襲われたら諦めろ』と言われる程に凶暴かつコンビネーションの取れた動きが特徴の魔物である。
リューとしての意識では『仕留め難い狼』程度であり六匹なら一瞬で狩り終える事ができる。
(……助けなくて良いかな)
冒険者はごく稀に『アルビオン』と敵対している。相手としては魔物退治の感覚なのだろうが、リューにとっては違う。
リューにとって『アルビオン』は親の代わりである以上に大事な『家族』だ。それを殺そうとする奴らの仲間を助ける義理はない。
(ん……?あの人の杖が光っているな)
冒険者の一人が光っている杖に着目して考えていると杖に着いていた水晶が壊れてしまう。
リューには何故水晶が光っていたか分からなかった。だが、壊れた瞬間気味の悪い気配が消えたためあの水晶が魔法で索敵していたと予想した。
(あ、回り込まれた)
崖から下ってきた別動隊が馬車を取り囲み唸り声をあげる。
冒険者たちの武器や防具でゴ・ウルフの波状攻撃を防ぎきる事ができない。肉体のスペックも狼たちに比べれば低い。人数も1:3で狼の方が多い。そして戦意はない。
頭数、肉体のスペック、戦意、その全てで勝らなければ意味がない。一方的な蹂躙で終わる。
「解除」
天の眼を解除して瞼を開けて考える。
リューならば、一瞬で殲滅する事は容易い。幾ら連携能力が高くても、それを越えることは容易にできる。
だが、相手は冒険者。助ける義理が何一つとしてない存在。そんな相手を助ける理由がないのなら動くのも億劫だ。
『リューよ、聞こえてるか』
「ん……?あぁ、聞こえてるよ」
天秤を揺らすように考えていると脳内に低い男の声が聞こえる。『アルビオン』の接続だ。
「それで、何のようだ。この時間帯に呼び出すと言うことはそれなりの理由があるんだろ」
空から森を見守っている『アルビオン』が直接降りてくる事は殆どない。そのため、手足としてリューが動くのである。それを連絡するのもまた、接続なのだ。
連絡が来た、と言うことは『アルビオン』がリューに動けと暗に命じていると言う事でもあるのだ。
『お前がいる場所より南、人間の街道に『ゴ・ウルフ』が出現した。討伐を頼む』
「断る。冒険者を助ける理由がない」
『いや、そんな連中の事はどうでも良い。『ゴ・ウルフ』の数が多くなっているから調整に入るだけだ。以上だ』
接続を切られると静寂が戻り、リューは眉間にシワを寄せながら釣竿を収納する。
『アルビオン』たち―――『竜』にとって人間は『自然の調和を乱し同胞を襲う害悪』という認識である。だが『その文化や文明は自分達でも作ることが出来ない』と評価している。
故に、リューのような人間を育てる事もあり、テリトリーに入らなければ進んで襲う事もなくテリトリーに入っても刺激しなければ襲わない。
故に、どうでも良い。殺しても殺さなくても変わらない程に価値が低い。
「仕方ない、か……」
諦めるように頭を掻き白き加速を疾走するのと同時に発動させる。
白き加速の身体強化があれば目的の場所まですぐに向かえる。
白い光と共に一筋の槍となったリューは数分で現場となっている街道のある崖の真下にたどり着き、そのまま崖の側面を蹴って上に昇る。
「あ……」
その途中、足場にしていた崖の岩が崩れリュー小さな呟きと共に地面に落ちる。