竜と少年の暮らし
「……ふぅ。これくらい狩れば充分か」
我ながら格好つけているとリュー・アルビオンは思いながら身体中についた血液を近くの泉に入って洗い流す。
約半日でリューは二十匹もの獣を狩った。元々リューは狩りは得意である。リューにとって獣を狩るのは生命の営み。そのため最低限の量を狩るのに何の躊躇いもない。
そして、リューは武器を持たない。『武器』と言う知識を『親代わり』から教えて貰ったがリューには武器を使う『必要性』を感じなかったためである。
(親父が見たら非効率だと言うんだろうな)
リューにとっての得物は身体全てだ。襲われるのなら襲われる前に襲う。殺されるのなら殺される前に殺す。その方が効率が良いのだ。
故に、一撃必殺。
拳や足は頭を砕き、握れば粉砕し、締めれば首を折り、刺突は臓器を穿つ。届かなければ石を投げれば良く、大柄なら罠に掛けてしまえば良い。故に、不要なのだ。
「さて……!」
血液を流し終えると服の代わりであるケープを身に纏い仕留めた獲物を掌に出来た穴にしまう。
この世界には魔法がある。魔法とは、火・水・風・土・無の五つの魔力の属性があり、人間にはそれのどれかを保有しており呪文によって魔法陣を作り上げ魔法を扱うのだ。
リューの魔法の適性は無。無属性の魔法は身体能力強化や視力強化、毒の作成、魔力の察知等が出来る。この魔法は『アイテムボックス』と言う亜空間に繋がる穴を開けて物を出し入れできるものである。
「親父、持ってきたぞ」
『ふむ……すまんな、リューよ』
「良いって良いって」
リューが住み家としている崖下の洞穴に入ると脳に直接響く若い声が聞こえると、リューは笑顔で答えながら獲物を置いていく。
脳に響く声は『コネクト』と呼ばれる無属性の魔法で他者の意識を繋ぐ代物である。無論リューも使えるが、口で話す方が楽なので使っていない。
そして、これを使うと言うことはリューが話しているのは人間ではない。
『ふむ……中々に大物を狩ったようだな。中々に旨そうだ』
「へへー、中々良いでしょ」
奥から地響きと共に現れた『何か』に誉められリューはニヤケながら火打ち石で火を起こす。
それは身体が純白の鱗に覆われている。それは身体がリューよりも遥かに大きい。それは縦に割れた大きな金の瞳を持っている。それの背中にはコウモリのような翼が這えている。
『それ』は――――『竜』。またの名を『アルビオン』。魔物と呼ばれる怪物たちの中で最上位に位置する真の怪物、その中でも上位に位置する『光炎の竜』である。
普通の人間ならば、『アルビオン』に出会った時点で恐怖に顔を歪めていただろう。『アルビオン』はその昔、己が住んでいた森にやって来た人間の軍隊を息吹きだけで全滅させ、その軍隊を保有していた国を七日で滅ぼした。これは『普通の』人間たちならば誰だって知っている物語『アルビオンと白き騎士』に描かれている。
そんな伝説の存在と相対してもリューには関係ない。
『む……やはり上手いな』
「まあ、良い猪が罠に嵌まっていたからな。捕獲出来たのは殆ど偶然だよ」
リューにとって『アルビオン』は恐怖の対象ではない。『アルビオン』は己の親代わりだからである。
リューは捨て子である。リューがまだ幼子だった頃、『アルビオン』が襲った馬車に乗っていた女の献身と愛情に興味を持った『アルビオン』がリューを拾い育てたのだ。
そして育てたついでに、『アルビオン』はリューに言葉を教え、全ての文字の読み書きを教え、魔法を教え、狩りの知識を教え、己の全てをリューに授けた。
そのため、リューにとっては『アルビオン』は親であり、恐怖を抱く相手ではないのだ。
『リューよ、我は食後空に発つ。汝はどうする』
「俺は木の実や山菜を採取してるよ。そっちの方が良いからね」
食後に少し会話をするとリューはそそくさと籠を持って洞穴から出ていく。その後を追うかのように『アルビオン』は空に飛び始める。
午前中はリューが狩りをして獲物を取り『アルビオン』は眠る。『竜』は元々夜の方が活動時間が長いからである。そして午後はリューは釣りや山菜や木の実を採取し『アルビオン』は空から敵が来るのを監視する。
『竜』である『アルビオン』は生態系の頂点。そのためその影や気配を察した獣たちはすぐに逃げてしまうため、獲物を狩る事ができない。だが、その巨大な魔力を索敵に使えば敵対する者たちの居場所を突き止める事は容易い。
人間であるリューには森全てを監視できない。リューの魔力は『アルビオン』には明確に劣る。そのため森全域を覆う索敵は不可能。だが、気配を消し魔力を制御する技術、罠を作り上げる手先の器用さがあり、効率良く多くの獲物を手に入れる。
二人の行動は自分の欠点を他者に補って貰っている。そうやって過ごしてきたのだ。
「ふんふんふーん!」
洞穴から東側にある木の実がなる木が多く自生する場所でのんびりと採取していく。
この辺りの木の実は甘いものが多いため、何年も前から数日に一回はこのエリアに来て果物を採取しているのだ。
『――――――――!』
「うわっ!?」
木の実を取っていた木の幹が裏返ると顔が現れ驚きながら木から離れる。
木の名前は『トレント』。木に擬態して近づいてきた獣を根で捕らえて魔力を養分として吸収する魔物である。
この辺りはトレントの生息地のため、普通の木だと思っていたら実はトレントだった、と言うことはよくあることだ。
『~~~~~~~~~~~~!』
「うっさい」
言葉では表せない声で吠えながら根を動かして突撃してくるトレントに眉間にシワを寄せながら拳で顔面を潰して息の根を止める。
トレントの弱点は木の幹にある顔のような模様である。この模様の真下に魔力の源である『コア』―――人間で例えると『心臓』がある。それを潰せばトレントはただの木になる。
リューはこの辺りをよく利用しているため、何度もトレントと戦う事になる。そのため、どこが弱点なのか完全に理解しているのだ。
「さて……」
籠をアイテムボックスに仕舞うと木々の多くが風がないのに動き始める。
トレントは群れで動く。そのため、一体現れればその近くには最低でも十体はいる。大規模な群れとなれば一つの街を森に変えることもできる。
だが、
「その程度で俺に勝てると思っているのか?」
白い光を纏い口角を吊り上げ凶暴な笑みを浮かべながら近くのトレントに人間の速力以上の速さで近付き鋭い刺突で顔面を穿つ。
ここをよく利用しているリューにとって、トレントを群れごと壊滅させる事は釣りをするよりも容易い。
そして、リューにとって魔法は一つの行動に等しい。
人間が魔法を使うとき呪文を唱えるのは人間が自分の意思で魔力を操ることが出来ないからだ。また、意図して魔力を上昇させれば肉体が魔力に壊れてしまう。
だが、リューは『アルビオン』と魔力とコントロールが最も成長しやすい三歳から六歳の時期に『コネクト』を使用して会話をしていた。そのため、魔力の量や質、操作性は勿論の事、それを入れる器が普通の人間よりも大きいのだ。
そのため、魔力を自分の意思で操作して魔法を扱うことも容易くできるのだ。
「はぁ!」
白い光の正体は無属性魔法『ライトブースター』。速度を高める魔法。その速度を利用すれば、トレントの攻撃を避ける事も容易い。
『――――――――――!』
「喚くな」
地面から突き発生した腕程の大きさの根の槍を身のこなしで回避しながら撃ってきたトレントに肉薄し顔を右手の指で引き裂く。
相手は魔物の中でも思考が気迫な魔物。本能で動いているに過ぎない。ならやりようはある。
「おっと」
『魔力の色』を感じとり身を翻しながら真下から来る槍を回避する。
魔物の魔力は普通の生物の魔力よりも特徴的だ。普通の生物の魔力が白色に近いが、魔物の魔力は黒い。リューはそれを察知する能力が高いのだ。
『―――――――――――!』
大声で吠えながら槍を突きだすが氷の上を滑るような滑らかな動きをするリューを捉えれない。
リューの使っている魔法は無属性魔法『ミラースケーティング』。どのような場所でも氷の上を滑るように動く事ができるものだ。ただ、余りにもバランス感覚を持ってなければ使いこなせない代物でもある。
「遅いよ」
トレントをすれ違いざまに刃に変化した左腕で真っ二つにする。
無属性魔法『ホワイトブレード』。白い光を纏い纏ったものを刃に変換する魔法。使い勝手が良いためリューは大小含めてかなり使用している。
「吹き飛べ」
回転しながら地面に右手を突いて方向転換すると左手の掌を向けると向けられた方向にいたトレントの幹が吹き飛ぶ。
無属性魔法『ロストエンド』。不可視の衝撃を放つ魔法。だが、威力は魔力の総量によって左右されるため普通の人間からは不評である。
だが、その特性から魔力の総量を把握する事ができるため、とある国の『学園』からは重宝されている。
無論、リューのように木の幹を消し飛ばす程の威力は誰一人としていない。
「揺らげ、世界よ」
普通に立ち上がり頭上に右手を挙げ指を弾くとリューの姿が朧のように消える。
無属性魔法『ファントムムーン』。魔力を纏い星の魔力と同化させる魔法。普通の生物には効くが魔物を引き寄せてしまうため殆ど使われていない。
『――――――――!』
魔力に気がついたトレントが槍を地面から突き出し放つが難なく回避される。
「毒よ」
根に触れたリューが魔力を解きながら暗い笑みと共に根が黒くなり始め暴れる間も無くトレントを枯らす。
無属性魔法『マジックポイズン』。魔力を毒に変換する魔法。普通の人間が使えば数秒で自分が死んでしまうため禁忌とされている。
だが、そもそも人間ではない『アルビオン』や器である肉体が魔力によって変化して魔力に対して強い耐性のあるリューにとってはデメリットは存在しない。
『『『『『―――――――!』』』』』
本能から危険を察したのか残ったトレントたちは全速力で逃亡し始める。
自分達の攻撃を避け、自分達を一撃で倒す相手。それを本能は『危険』と判断したからだ。
「逃がさない」
だが、リューとって逃がしてはならない。
確実に減らさなければまた木の実や山菜の採取の妨害をされるからだ。そのつど迎撃するのは骨が折れる。
「消えろ」
右腕を振り下ろすとトレントたちは動きを止め木に戻る。
無属性魔法『ムーンブラッド』。距離と言う概念を一時的に消失させ相手に触れさせる魔法。代償として距離によって血液を失う。
無属性魔法『マジックブレイク』。相手の魔力の中に自分の魔力を仕込み破裂させることで魔力を潰す魔法。ただし相手に触れなければならない。
魔力を自在に操る事ができるため、複数の魔法を同時に使用する事はリューにとっては造作でもない。
「さて、と……」
何事もなかったようにアイテムボックスから空の籠を取り出して木の実の採取を始める。
リューにとってはこれは日常。たかだかこの程度で作業を終えることはない。
こうして、日が沈み始めるまで木の実や山菜の採取を終え洞穴で食べた後就寝するのだった。