東京じゃん
初めましてRYUです。
"春"
春は出会いと別れの季節とは言うけれど。心のどこかではまだ遠い日のことだと思っていたのかもしれない。
当たり前のように地元の高校に進学して、友達と遊んだりご飯を食べに行ったり、ただただありきたりな日常を過ごして。
そんなありふれたことばかり考えていたけれど、今私は東京にいる。
もちろん何の前触れもなかったわけじゃない。
中学3年の秋頃にはお父さんから転勤することは聞かされていたし、冬頃にはお父さん一人先駆けて東京に引っ越しをした。
お母さんと私も中学の卒業式の後には引っ越すことが決まっていた。
だけど、転勤で引っ越すなんてことは物語の中だけのものだと思っていて、心の中ではまだ全然実感がわかない。
(それに……)
この東京という街は私が今まで住んでいた場所とはまるっきり違う。それが余計に非現実感に拍車をかけているのかもしれない。
「凛、そろそろ着くから降りる準備してね」
「はーい、お母さん」
そんな事を私が考えている間に電車は目的の駅に到着した。
扉が開くと同時に雪崩のように押し出ていく人の波。それを見送りながら急ぎ手荷物引っ提げ、乗車待ちする人の山の間を通り改札へと向かう。
(通勤ラッシュって時間でもないんだよね……)
地元では見かけないレベルの人の往来に一人ごちていると、ようやく人の波がはけて改札を抜けることが出来た。
「おぉー、ここが東京か…………。テレビで見たまんま、おっきい建物ばっかしじゃん」
「ふふ、そうね。でももう少し歩いて行けば住宅街みたいなところも沢山あるわよ」
「そうなんかー」
「ええ。新しいお家までまだ歩くけど大丈夫?」
「全然へーき」
「そう、それじゃあ後少し頑張ってね」
東京の街を唖然として眺めていた私は、新しい家に向けて歩きだす。
そんな道すがらに見える景色は、どれも新鮮に写りワクワクする気持ちが私の疲労を忘れさせてくれる。
何階建てかもわからない大きなビル。店先がお洒落に彩られたカフェ。道路にまで行列の出来たお店。どれもこれもが私の心を強く引き付ける。
(ここが、東京…………)
しかし、今は引っ越しの真っ最中のため、はやる気持ちを押さえて歩みを進める。
それから10分、20分くらい経っただろうか。段々と街の景色が住宅街のようになってきた頃、一軒の比較的新しいマンションの前で立ち止まった。
「マンション?」
「うん。このマンションの5階が私たちの新しいお家よ」
そう言ってお母さんはエントランスのスライドドアのパスワードを解除して中に入って行く。
「ほら、行くわよ」
「あっ」
マンションを見上げてほおけていた私に、お母さんが声をかけてくれたが時すでに遅し。無情にも、急いでドアを通り抜けようとした私の目の前で静にドアは閉まってしまった。
「はぁ……まったく。まあ丁度良いわ。試しに凛もパスワードを入れてドアを開けてみなさい」
言われた通りにさっきお母さんから聞いていたパスワードを入れて解錠を試してみると、再びスライドドアが開いたので今度は外に取り残されないように急いでドアをくぐる。
「大丈夫そうね」
「うん」
問題なく入れることを確認出来たので、その場を後にしてエレベーターに乗り込む。5階のボタンを押して待つこと数秒、私たちの新しい家がある目的のフロアについた。
「このフロアの奥側の部屋が私たちの家よ」
「へー、手前の扉は?」
「お隣さんよ。確か『最近外国の方が引っ越してきた。』ってお父さんが言ってたわね。それと『イギリス人の夫婦で娘さんも一人いる。』とか……。まあまた後で挨拶にもいくしその時にでも話してみましょうか」
「はーい」
(イギリス人の女の子か……どんな子なんだろ)
そんなまだ見ぬお隣さんに思いを馳せつつも、新たな家へと気持ちを向ける。
「ただいま……でいいのかな?」
「そうね」
クスッと笑い応えるお母さんにつられて私も思わず笑みがこぼれる。
(そうか、これからはこの家に帰ってくるんだ……)
「凛、その荷物は下駄箱の横の所に置いておいてちょうだい」
「この赤い紙袋のやつ?」
「そうそれよ」
「何が入ってるの?」
「和菓子よ」
「和菓子!?」
「後でお隣さんに持っていくから食べちゃダメよ」
「なんだ……丁度お腹が空いてたんだけどな」
そんなことを話しつつ、残りの荷物をリビングらしき部屋におき腕時計を確認してみると、針は13時30分あたりを指し示していた。
「あら、もうこんな時間」
「お母さんご飯はどうする?」
「そうね……ご飯にしたいところなんだけど、お父さん自分で料理とかしないからたいして食材とか買ってないと思うのよね」
試しにお母さんと一緒に冷蔵庫の中身を見てみるが、確かにお酒とチーズと調味料くらいしか入っていない。
「やっぱり。これじゃあなにも作れないわね」
「買いにいく?」
「うーん、今から買いにいっても遅くなりそうだし……そうね。せっかく東京に来たんだから外で食べましょうか」
「いいね」
「確か駅から家までの道の途中にお洒落なお店があ―「ラーメン!」―った……え?」
「来る時に結構並んでたお店。あそこラーメン屋なんだって」
「そうなの。まあ私はラーメンでいいけど凛はいいの?最近の若い子達はお洒落な写真とかとってSNSにあげたりするんでしょ?」
お母さんの言うとおり写真はとりたい。なんならラーメンの写真もとる。でも今はそんなことよりも大切なことがある。
「写真じゃ心は満たせてもお腹は満たされないよ?」
私は今メチャクチャお腹が空いている。
「あなたらしいはね。それじゃあ行きましょうか」
「うん!」
あらためて家を出てさっき見かけたお店に向かう。一度通った道で荷物もないため、今度は10分ほどでお店の前まで来ることが出来た。
「あら、丁度良さそうね」
昼頃には行列ができていたこの店も、昼過ぎになって人がはけてきた頃だった。
『『『ぃらっしゃーせー!』』』
店主たちの勢いに任せた挨拶を片耳に、私とお母さんは券売機の前に立つ。
「このお店は家系ラーメンがメインなのね」
「みたいだね。お母さんはどれにする?」
「そうね……この特製豚骨醤油ラーメンとトッピングのもやし&水菜にしようかしら」
「それじゃあ私も特製豚骨醤油と白髪ネギと……なっ、フライガーリック」
女子として昼間からニンニクをパクつくのはどうかと思うが、折角ラーメンを食べに来たんだしどうせすりおろしニンニクも頼む。それならここでフライガーリックを頼まない理由がない。いや、むしろもう……
(頼まないわけにはいかないじゃん!)
そして私は、女子にあるまじきタブーを犯してでもうまいラーメンを食べる。そう決意した。
「いらっしゃいませ。2名様でよろしいですか?」
食券を買い終えた私たちは、店員さんの案内でカウンター席に座る。
「特製豚骨醤油トッピング白髪ネギのお好みは?」
「硬め、濃いめ、多めで」
「硬、濃、多……フライガーリックは別皿でお持ちしますか?」
「別でお願いします」
「かしこまりました。特製豚骨醤油トッピングもやし水菜のお好みは?」
「硬め、濃いめ、多めでお願いします」
「硬、濃、多。ご注文は以上でよろしいですか?」
「あっ、すりおろしニンニク貰えますか?」
「はいかしこまりました。それでは少々お待ちください」
店員さんは注目を聞き終えると、足早に厨房へと戻り料理中の人たちに指示を出していった。
「お母さんもこういうお店結構好きだよね」
「まあ美味しいしね」
それからお母さんと他愛もない話をしていた時、ふと他のお客さんがどんなものを食べているのか気になったので回りを見渡してみる。
(へー、やっぱり一番人気は看板メニューなだけあって特製豚骨醤油なのかな)
他にも塩ラーメンや味噌ラーメン、まぜそばなどの定番メニューから丼ものなどを食べている人もいる。
(あっ、あの人!?)
そうやっていろんなお客さんを見ていると一人の女性に目を引かれる。その女性はキレイな金髪碧眼で、いかにも外国人といった顔立ちをした美少女だった。
そんな彼女が一人でラーメンをすする姿は、この場において一際異彩を放っていた。
(凄い美味しそうに食べてるな……)
私が眺めていた一頻りの間にラーメンを食べ終えた彼女は、最後にスープを一口飲み席をたつ。
『ごちそうさまでした』
流暢な日本語で店主に声をかけた彼女が出口に向かうなか、いまだに彼女のことを眺めていた私と目が合う。
少し気まずく思った私は、慌てて目をそらして平静を装った。その様子に彼女も少し訝しんだが、首をかしげる程度でそのまま店を後にした。
「はいおまち。特製豚骨醤油もやし水菜と白髪ネギです」
金髪美少女が店を出たすぐ後、私たちのテーブルにラーメンが届く。
「「ありがとうございます」」
「それではごゆっくりどうぞ」
鼻をくすぶる豚骨醤油のスープの香り。その表面は背油でキラキラと光を反射している。その上を彩るほうれん草、海苔、チャーシュー、そして白髪ネギ。
「いただきます」
まずは蓮華を使いスープを一口飲むと、濃厚なスープの香りが口内に広がる。
(うん)
冷水を一口飲んで口の中に残る味を洗い、次にラーメンとほうれん草と白髪ネギをまとめてすする。すする。さらにもう一口すする。
(うん)
次はチャーシューを単品で食べる。今度はラーメンと絡めて食べる。
(うん)
「お母さん、おいしいね」
「そうね」
一通り食べてみたタイミングでフライガーリックを入れる。ラーメンと一緒に食べるとカリッとした食感の後にガーリックの香ばしい風味が口中に広がる。
更に続けて何口か食べた後、今度はすりおろしニンニクも入れる。
(ニンニク×ニンニクのダブルパンチ)
強烈な刺激を求めて一口頬張る。
(んーおいしい)
そこから先は夢中に食べ続けてあっという間に完食してしまった。
「ごちそうさまでした」
「うん、ごちそうさまでした」
「おいしかったね」
「そうね。それじゃあ行きましょうか」
「うん」
『『『ぁりがとうございました!』』』
店員さんたちに見送られながら私たちは店を出ると、店内の濃い香りが霧散して新鮮な空気が胸に広がる。
「うーん……あっ!お母さん。お隣さんへの挨拶どうしよう!?ニンニク食べちゃったよ」
「あ…………また明日にしましょうか」
感想や評価とういただけたら嬉しいです。やる気が出ます。