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二話 吸血鬼少女と話す

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 次に俺が目を覚ましたとき、窓から薄明るい光が差し込んでいるのが見えた。

 どうやら、朝まで寝過ごしてしまったらしい。


 椅子に座ったまま寝てしまったので、のびをすると肩やら腰に小さく痛みが走る。

 ただ、それも一瞬のことで、靄がかかっていた思考は次第にはっきりとしたものへと変わっていった。


――様子を見に行かなくては。

 

 流石にまだ起きてはいないだろうが、汗をかいていたら拭くくらいのことはしても良いだろう。傷にかぶせたガーゼも取り替えないといけない。


 医療箱から諸々を取り出し、一つにまとめる。

 決して十分とは言えない治療しかできないが、診療所には連れて行くことができなかった。

 魔物である吸血鬼を治療する奇特な医者なんて、この国の中には一人もいないだろう。

 治療途中に騎士団に連絡されて、殺されるのが関の山だ。


「……入るぞ」


 申し訳程度のノックの後、中に声をかける。

 当然返事はなかったが、それに安堵している自分もいた。


 やはり怖いのだ。一晩経って、いくらか冷静になると、吸血鬼を家の中に連れ込んだ、その行為がどれほど馬鹿げていて、間違ったことであるかを自覚してしまう。

 彼女が目覚めた瞬間に、文字通り、俺の首がなくなるかもしれない。

 そうならず、相手が俺に感謝したとしても、関係のない人間を喰らうかもしれないことを否定はできないのだから。

 少女が魔物である以上、吸血鬼が怪物である以上、それは避けられない運命だろう。


 ただ、それでも、一度拾った命を放り出そうとする気にはなれなかった。

 クビにされた直後で些か投げやりになっていたときの決断でも、それは自分で決めたことだ。

 一度決めた以上、それを守るべきなのだ。


 扉を開け、少女の眠る寝室に入る。


 彼女は俺のベッドに横たわったまま、昨日と同じ体勢で、昨日と同じように目を瞑っていた。

 ただ、その頬には昨日に比べて少し、赤みが差したようにも見える。

 比較的マシになった程度だったが、それでも回復はしているようだ。


「傷、見るからな」


 一応断りを入れて、布団を剥がす。

 日焼けなどを一切したことのないような、陶器のように白い肌が露わになる。

 昨日巻いた包帯は、血が滲んでいる様子も見えなかった。

 止血剤が効いたらしい。


 とはいえ、傷口はまだ塞がっていないだろう。

 定期的にガーゼを取り替えないと、化膿してしまう可能性もある。


 できるだけ刺激にならない様に、ゆっくりと包帯を剥がしていった。

 


 ガーゼにはやはり、少しだけ血が滲んでいるように見えた。

 もう乾いているところから考えるに、今は完全に血が止まっているらしい。

 下手に傷を痛めないように、慎重にガーゼの端を持ち、ゆっくりと剥がしていく。


「……これは」


 そして傷口が露わになったとき、俺は目を疑った。

 傷跡が塞がっていたのだ。

 それも塞がりたての、小さな刺激一つで簡単に破けてしまいそうな薄皮ではなく、まるで怪我をしてから一ヶ月以上経ったのではないかというほどの治りぶりだった。


「吸血鬼の治癒能力、噂に聞いたことはあったが、まさかここまで高いとはな」


 感心とも呆れとも判別のできない溜息が、口から溢れ出てくる。

 傷口が治りかけに見えるからか、縫合のあとが妙に痛々しい。

 目を覚ます前に糸を抜いておかないと、痛みに耐えられないだろう。


 俺は急遽予定を変更して、傷を縫った糸を抜く作業に取りかかるのだった。


  ◇◆◇


 糸を抜ききってしまうと、もう最初からそこに傷なんてなかったのではないか、そう思えるほどに少女の傷は回復していることが分かった。

 勿論、少し皮膚が引っ張られるようになっている箇所は有るものの、じっくりと観察しなければ分からないほどだ。

 

――これなら、目を覚ますのも時間の問題だろう。


 一応ガーゼを当て、包帯を巻き、再度布団に寝かせてから、俺はベッドの横にあるソファに座り込んだ。傷を触るという行為は、やはり神経を使う。

 寝て起きたばかりだというのに、だんだんと瞼は重くなっていった。

そして……

 



「――きてください。おきてください」

「う…… うん?」


 誘惑に負けて少し目を瞑った、ほんの一瞬だと、自分では思った。

 声をかけられていることに気づき、一瞬の混乱のあと、浮かび上がるように急激に意識が覚醒する。


――なんだ? 俺は何時間眠って……?


 目を開けて、窓の外を見ようとして。

 そして自分をのぞき込む、二つの真っ赤な瞳に目が行った。

 血の色をそのまま溶かしたかのような、そんな綺麗な紅い瞳。


 それは俺が目を開けたことを確認するや否や、少し遠ざかっていく。


 その瞬間に俺は今、自分があの吸血鬼の少女に起こされたのだということに気がついた。


「おきましたか。起き抜けで悪いですが、あなたに2、3点質問があります」


 ソファに座る俺の前に仁王立ちになって彼女は続けた。

 その口調は冷たいが、しかし敵意は感じられない。

 少なくとも想定していた最悪の状態である『起きた瞬間に殺される』というのは回避したようだった。


 ただ、どうやら俺はかなり警戒されているらしい。

 当たり前だ。彼女が吸血鬼である以上、人間と争ってきたことは、これまでに何度もあるだろう。殺し、殺される相手であるならまだしも、こうして助けられたことはほとんどなかったに違いない。

 

 敵意がないことを示すためにも、俺は両手を広げて、少し振ってみる。

 これは人間の文化だったらしく、少女は不思議そうにするだけだったが。


「わかった。だったら俺からも一つ聞かせてくれ」


 これ以上、彼女を刺激しないためにも、慎重に言葉を選んで会話を始める。

 助けた相手といきなり殺し合うなんていう展開は避けたいからな。


「……ええ、先にどうぞ」


 幸いにも、少女はおずおずといった様子で頷いてくれた。


「身体、もう大丈夫なのか?」

「……はい、吸血鬼は再生能力が高いので」

「そうか。それは良かったな」


 吸血鬼であることは、あっさりと告白されてしまった。

 まぁ、治療した相手には認識されているだろうという感覚だったのだろうが、改めて音として聞かされると、やはり緊張するものがある。


「えっと…… それだけですか?」

「そうだけど? 他に聞きたいこともないからな」


 強いていうなら、どうしてうちの前で転がっていたのかを聞きたいくらいだが、そんなことは何も急いで聞くようなことではないだろう。

 ただ、彼女は信じられないといった様子で、こちらに再度、確認してくる。


「私はあの《吸血鬼》なんですよ?」

「ああ、そうだな」

「吸血鬼と聞いて驚いたり、怖がったりしないんですか?」

「……驚いたり怖がったりして欲しかったのか?」

「いえ、そういうわけではないですが……」


 少女のいいたいことは、なんとなく分かった。

 本来、人と魔物は相容れないものだ。

 人間が魔族を助けることは水の外に出した魚が生き続けるくらいあり得ないことだし、逆もまた同じことだとされている。

 普通なら、怖がるし、憎み合う。


 例え面識のない、初対面の魔物と人間が出会ったとしても、まるで示し合わせたように殺し合うのがこの世の中での《常識》だ。

 俺がやっているのはそれに反することなのだから、当然、混乱するだろう。


「これはな、ささやかな『復讐』なんだよ」

「復讐……?」

「ああ。――」


 俺は昨日の出来事を語った。

 彼女を助けるに至った経緯までを、掻い摘まんで話す。

 語ってみると自分でも驚くほど、あっさりとしたものだった。

 5年間の苦労、妹のこと、信じていた騎士団に、裏切られたこと。


「俺はもう騎士団に所属していない。追い出されたんだ。そのささやかな復讐として、『吸血鬼』である君を助けたってところだ」


 だから別に、何かを気に病む必要はない。

 完全に回復するまで、ここにいれば良いだけの話だ。

 金も余っているわけではないが、ゴルドは口止め料も渡すと言っていた。

 余裕のある生活ではないが、数日間や数週間の間一人増えたところで、問題はないだろう。


「ふっ、ふふ……」


 そんなことを思いながら語り終えると、急に少女は小さく笑い始めた。

 何が面白かったのだろう、と気になりはしたが、聞きはしなかった。

 いや、聞けなかったといった方が良いかもしれない。

 その笑顔があまりにも魅力的で、目を奪われた。そういうことだ。


「……ありがとうございます」


 ひとしきり笑ったあとで、不意に少女はお礼を言った。

 何に対してなのか、よく分からなかったけれど、俺はとりあえず「どういたしまして」と返しておいた。


「なるほど、私はあなたの『ささやかな復讐』のダシにされた、という認識で良いんですね」

「ま、そういうことになるな」

「じゃあ、二つ目の質問です」


 一つ目の質問は、今のものだったらしい。


「あなたの名前を、教えてください」

「……ルネス・アークライトだ。君は」

「私は、ただのシルヴィアです。シルヴィとでも呼んでください。よろしくお願いしますルネスさん」

「こちらこそよろしく、シルヴィ」


 おずおずと差し出された手を、そっと握り返す。


 そうして俺たちは、小さく握手を交わしたのだった。

次話はお昼頃に投稿します。

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