十二話 吸血鬼少女と服選び(前編)
「ほらほら、入った入った」
エルフィの手によってボロ小屋の扉が開かれる。
少し強く引くだけで簡単に崩れ去ってしまいそうな扉は、キィィーーと甲高い音を立てて開き、そして、その向こうには。
「うわ…… いつ見ても異様だな、この光景」
几帳面に並べられた壁の棚には、カラフルな〝何か〟の入った瓶詰めが、小さく並べられている。
壁に取り付けられたり、天井からぶら下がっているよく分からない魔道具の数々も、部屋の幻想的な様相を示すのに一役買っていた。
御伽噺で見る『魔法使いの家』そのもの。
それがこの、『エルフィンフォードの万屋』なのだった。
「いやぁ、久しぶりじゃないかルネスくん、二ヶ月ぶりだっけ? いやぁ、寂しかったよ。なにせ『万屋』を名乗ってるのに、お客が全然来ないんだもの。名前に関して言えば『八百屋』の十倍以上だってのに、客足は十分の一以下なんだから。あははー 笑えないよねー。こっちたら商売あがったりだよー。それでね、もしかしたらこの場所に店があるから閑古鳥が鳴いてるんじゃないかと思って、土地の運勢を図る魔同図を作ってみたんだよ。そしたらなんと、今の時点で最高なんだってさー 商売運もだよ? 参っちゃうよねー。これ以上下がる幅もないのに、これからさがる一方なんだって。それでさー」
「よし、エルフィ、一回黙ってくれ」
どこで息継ぎをしているのか全く分からない。
それどころか放っておくとこのまま夕方までしゃべり続けそうなエルフィに、俺は一旦ストップを掛けた。
エルフィの話を聞くということも悪い考えではないが、今日の目的はそれではないのだ。
「今日はお前に、頼みたいことがあったんだよ」
「頼みたいことかい? ああ、何でも行ってくれたまえよ! 可愛い弟子の頼みとあれば、この大賢者エルフィンフォード、でッきる限りのことはしよう」
話を止められたことを気にした様子はなく、エルフィはやる気満々に返事をする。
あと、自分で大賢者って名乗るんじゃない。
「いや、そこまで意気込まれるとこっちも言いづらいんだが…… まあいいか。紹介するよ」
そう言って手招きをすると、物珍しげに棚に載せられた小瓶達を眺めていたシルヴィは、とことことこちらに寄ってきた。
「彼女がシルヴィだ。数日前から家で家事を手伝ってくれていて、それで――」
「知ってるさ。吸血鬼なんだろう? その子」
さっきフードの隙間から見えたんだーと、こともなげにエルフィは言う。
ただ、こちらはふざけるなと言いたかった。細心の注意を払ったのだ。
万一にも道中、髪の色がフードの隙間から見えないようにシルヴィの髪は後ろで縛ってある。
ぱっと見ただけでは、中身は陰になって何色かなんて分からないだろう。
「いやぁ、ルネスくんも少しばかりは小知恵が効くようになったらしいけれど、ボクに言わせればまだまだだね。とはいえ安心しなよ、そうやって気をつけてたら、多分見つかることはないだろうから」
貶してるのか褒めているのかよく分からない言葉と共に、エルフィはシルヴィのフードを取る。前髪もろとも後ろでくくられた銀髪が露わになった。
「ふうん? 君は結んでない方が可愛いよ」
「ふぇっ!?」
「おい馬鹿やめろ」
熱っぽく俺そっくりの声で盛大にセクハラをかますエルフィを、慌てて止める。
声帯模写。彼女の持つ魔術のうちの一つだ。
昔はよく、これでエルフィに混乱させられたものだった。
模擬戦闘中に妹の声で喋るのは、今でも卑怯だと思う。
「ええ…… ボクはただ、ルネス君の心の中を代弁したまでだよ」
「それがセクハラなんだよ」
「君は気にしすぎだなぁ…… シルヴィちゃんはそうは思わないよね?」
その一言に、今まで放心状態だったかのようにぼーっとしていたシルヴィは、勢いよく頭を縦に振った。
「――ほら?」
「ほら? じゃねぇよ勝ち誇った顔をするな!?」
第一、シルヴィは遠慮しているだけなのだから。
嫌なら嫌だと言って欲しい――それはそれで傷つくだろうが。
「というか、そろそろ本題に入って良いか?」
このままではらちがあかない。
エルフィの暴走会話劇は、俺が元の路線に戻さなければ、時間がいくら合っても足りない。
「――ああ、頼みだったっけ? なんだい? できる限りのことなら、力を貸すよ」
「ああ。だから――」
シルヴィに服を買ってやりたいんだ。何か良いのを持ってないか、と。
言った瞬間に見せたエルフィのニヤニヤとした顔を、俺は一生、忘れられないだろう。
◇◆◇
「へぇー まさかあのルネス君が女の子に洋服をプレゼントするだなんてねー いやいや、年はとりたくないもんだよ」
「聞いてないですよルネスさん!? 今日はあなたの服を一緒に買いに行くんじゃなかったんですか!?」
2方向からいっぺんに声が聞こえる。
流石に待って欲しい、俺は特殊能力者じゃないのだから。
「――とにかく、案内してくれ。エルフィ」
全ての事柄を『とにかく』でまとめるのには若干気が引けたが、仕方ない。
取り合うだけ無駄な事象も、この世の中には確かに存在するのだから。
「はいよー。少し大人になった愛弟子に、愛しいものと寂しいものを感じつつも、老師は先へと進むのさ」
部屋の中に数カ所ある扉。
冗談めかしたことを言いながら、エルフィはそのうちの一つに手をかけた。
「じゃ、一緒に行こうか、シルヴィちゃん」
「え、でも……」
「エルフィ、俺は……?」
「着替える場所がないからそこに残ってて。流石に裸は、まだ見てないでしょ?」
エルフィのさそう声に戸惑うようにこちらを見るシルヴィ。
ただ、一緒について行くことは叶わなかった。
「ま、良いから良いから来てみなよ。ほら!」
「うわっ!?」
エルフィに手を引かれて、半ば無理矢理に部屋に入っていくシルヴィ。
俺はその後ろ姿を、見送ることしかできなかった。
次回! シリアス注意!
なお、ここからの数話を乗り越えたら、本格的にシルヴィがデレ始めます(未来予告)




