プロローグ 下っ端騎士、除名される
長らく読み専でしたが、思い立ったので書いてみました。
不慣れなところもあるかと思いますが、よろしくおねがいします
「お前、明日から来なくて良いから」
帝国騎士団の団長室。
そこへ呼び出された俺に最初に投げかけられたのは、上司、ゴルドからのそんな一言だった。
「は……?」
信じられない一言に、口から唖然とした息がこぼれ落ちる。
何を言われているのか、脳が一瞬受け付けなかった。
それでも、ゆっくりとした速度でその言葉は俺の頭に入り込んでくる。
完全にその言葉を理解し終えて、俺の頭の中に浮かんできたのは、猛烈な焦りだった。
物心ついたころ、既に両親は他界していて、家族は俺と妹の二人だけだった。
妹は生まれつき身体が弱くて、いつも家にいるところを俺が稼いでなんとか生活していく。そんなぎりぎりの生き方をしてきた中で、俺は死ぬ気で努力して、帝国騎士団に入団した。
帝国騎士団はその名の通り、国直属の騎士集団だ。
給料も良いし、上司からのパワハラにさえ目を瞑れば、環境も悪くない。
そのおかげで、俺たちの生活水準は間違いなく向上した。
だからこそ、帝国騎士団に所属して5年。
俺は、国を守る騎士として、できる限り誠実に働いてきたはずだ。
血の滲むような毎日の訓練だって、休日を返上しての任務だって、他の誰よりも率先して行ってきた、そういう自負があった。
ここでクビになってしまえば、今までの5年間は、全て無に帰ってしまう。
「ど、どうしてですか!? 俺の何かが悪かったのなら、直しますから! お願いします! 除名処分だけは……!」
頭を下げて懇願する。
なんとしても、今ここで職を失うわけにはいけなかった。
ただ、そんな俺の胸中を見透かしたかのように、上司は片肘を突きながらにたにたと笑う。下品な笑みが、その太った顔全体に広がった。
「駄目だ、これは決定事項なんだよ、どうやっても覆せない」
「なっ……」
その断定的な物言い、そして右手に掲げられた一枚の紙が目に入った瞬間、言葉が詰まった。
そこには騎士団上層部の署名と共に、『ルネス・クーレライトを除名処分とする』と書かれていた。
ルネス・クーレライトは俺の名前だ。
署名が成されてしまっている以上、俺のような下っ端では、何も覆せはしない。
「なんだ? せめて理由が知りたいって顔してるな」
俺を見下すのが心底楽しくてたまらない、そう言いたげな表情でゴルドはこちらに向かって言ってくる。
確かに知りたかった。本当に急な話だったのだ。いつものように訓練を終えると、いきなり呼び出しがかかった。そしてこの有様だ。
全く以て意味が分からない。
「簡単だよ。トカゲの尻尾を切るのさ」
「トカゲの尻尾……?」
「簡単に言うと、お前はスケープゴートになるんだ。身代わりだよ。俺たち上層部の『ちょっとした失敗』が外に漏れたんだが、まぁ、お前にはその『責任をとって』辞めて貰う。万年下っ端のお前が、いきなり責任者だ。ほら、喜べよ」
なんということだ。
つまりは不祥事を起こした上層部の尻ぬぐいのために、俺の首が切られるらしい。
怒りのような、失望のような、よく分からない真っ白な感情が頭を埋め尽くす。
自分がこんな組織に今日まで生かされていたことに、呆れの感情が溢れてくる。
何が努力だ。
何が『誠実に働いてきた』だ。
何が『5年間が無に帰す』だ。
「……いままで、ありがとうございました」
もう、どうでも良かった。
ゴルドに背を向け、団長室の扉を目指す。
もう、二度と戻ってくることはないだろう。
「おい、変なことは考えるなよ?」
半分笑いを含んだような声が、後ろから投げかけられた。
「分かってますよ。騎士団の力は偉大だ。俺みたいな下っ端が何を言ったところで、もみ消されて終わるだけでしょう?」
「……分かってるなら良い。ま、口止め料くらいは送ってやるよ」
『いらない』
その言葉は出てこなかった。
俺は今日から無職になるのだ。
次の仕事を探すまでの間、当面の生活費が必要だった。
妹の薬代も、馬鹿にならないのだから。
「はぁ…… 仕事、探さないとな」
帝国騎士団の門を抜ける。
空は憎たらしいほど綺麗な夕焼けだった。
◇◆◇
――俺はもっと悲しんだり、怒ったりするべきだったのだろうか。
薄暗くなっていく道を家へと歩みを進めながらそう思う。
確かに最初は金目当てで入った騎士団だ。しかし、俺だって子供の頃は『正義の騎士になりたい』と夢を語ったことくらいあった。
誰でも救えるような、世界を明るくできるような騎士に、なりたいと。
それに、妹のことだってある。つい先日、検査のために診療所へ行ったら、入院が必要だと言われてしまい、今は入院中の妹を、心配させてしまうのではないか。様々なことに、金はかかる。
無理だと分かっていても、土下座してても、なんとか残れるように交渉するべきだったのではないか。
今考えても仕方ないと分かっていても、そんな後悔の感情がぐるぐると渦を成して、胸の中に溢れてきた。
もっと俺に才能があったら。
騎士団の中で無視できない実力者だったら。
何か、特別な力でも、持っていれば。
二人で苦しむことはなく、明日の食事を心配することもなく、平穏に、普通の家庭のように生きていけたのではないか。
そんなのは所詮ただのまやかしだ。
そう分かっていても、考えずにはいられなかった。
「着いたか」
見慣れた風景に、足を止める。
ぐるぐると悩んでいるうちに、家の近くまで来てしまっていたらしい。
職を失うという劇的なことが起こったとしても、世界全体には何の影響もない。
明日にでも、何か職を探しに行こう。
妹にそのことを言うのは、新しい職を得てからだ。
そんなことを考えながら家の前に到着する。
「え……?」
そして、気がついた。
見慣れたはずの俺たちの家。その前に、見慣れないものが転がっていることに。
「お、おい! 大丈夫か!?」
家の前に転がっていたもの…… いや、人。
それは銀色の髪をした少女だった。




