第9話 初体験の人を守るのは魔王の使命です
どうにか菱代さんを説得して、朝と同じく普通に歩いて下校することにした。こうして中学生らしく過ごしていれば少しは変態さが薄らぐかもしれない。
「こんな風に歩いてるとさ、私達って付き合ってるように見えるのかな?」
「え゛!? 突然どうしたの?」
まさかこんなに早く乙女っぽい反応をすると思わなかった。
「私だって年頃の女の子なんだよ? 首輪を付けて歩けないショックが大きくて気付かなかったけど、これって結構恥ずかしいよね?」
「……首輪を付けて歩く方が恥ずかしいと思うよ?」
「そうかな。首輪を付けてれば犬だってわかってもらえるけど、今の私達って周りから詮索されてそうじゃない? こっちの方がなんか照れくさいよ」
菱代さんの恥ずかしい基準がわらかない。
ただ、さっき田口さんに言われたこともあって、菱代さんが僕を意識してるのかと思うと少しだけ見る目が変わってくる。
「恋人じゃなくて、ご主人様と犬なんだなってみんなが瞬時に理解してくれたらいいのに。そしたら町中で堂々と……ハァ……ハァ……」
やっぱり菱代さんを普通の女子中学生に戻すのは魔王の力があっても無理なのかもしれない……。
ため息をついて、ふと視線を路地裏に移すと見慣れた美少女の姿があった。
田口さんが数名のガラの悪い男に絡まれている。
***
「そんな大人っぽい体、同級生じゃ満足させられないでしょ?」
「オトナの俺らが優しく初体験させてあげるからさ」
「初体験なの? マジ? ヤリまくりだからこんなに発育してんじゃねーの?」
「まだ中学生だぜ? さすがに処女だろ」
魔王の聴力で耳を澄ますと、田口さんが公衆の面前で言えないようなゲスな言葉を浴びせられていた。
かつて僕は、自分の欲求に身を任せて悲しい思いをさせてしまった経験がある。魔王なんだから人間を悲しませてなんぼなんだろうけど、今はその反省を活かした、強くてニューゲームを始めた中学生だ。田口さんを放ってはおけない!
「菱代さん、ちょっと寄り道するよ」
「え……? まさかあの路地裏で……」
「想像していることは半分当たってるけど、僕はそれを阻止するために行くんだ」
「……くれぐれも暴力はダメだからね?」
菱代さんに釘を刺されてしまった。だけど当然のことだ。校外で暴力沙汰なんて起こせば、いくら田口さんを助けるためとは言えお咎めなしとはならないはず。ここは魔王の力の見せ所だな。
「あの、すみません」
とは言え、まずは交渉を試みる。もしかしたら魔王のオーラに勘付いて逃げ出してくれるかもしれない。
「あ゛あ゛!? んだテメー?」
「正義のヒーロー気取りか?」
「俺らからこの子を助けてワンチャン狙ってんじゃね?」
などなど、完全にひ弱な中学生として認識されてしまった。
「その子、クラスメイトなんです。一緒に帰ってもいいですか?」
「は!? いいわけねーだろ」
これで大人しく引き下がってくれるなら、初めから人に迷惑を掛けるようなマネはしないよな。
「なあ、こいつ後ろに居る子も可愛くね?」
「マジだ。こんなやつと一緒じゃつまんないでしょ? 俺らと一緒に遊ぼ?」
僕のお願いを無視するどころか菱代さんまでナンパしだした。
彼らくらいの年になると菱代さんの変態さも受け入れられるのだろうか。ちょっとだけそんなことも考えてしまう。
「ごめんなさい。お兄さん達、好みじゃないので」
「あ゛あ゛!? ナメてんじゃねーぞ!」
菱代さんが唐突にケンカを売る。中学生にナメられた彼らは拳を振り上げる。
「きゃー。たすけてー。なぐられるー」
得意技なのかわからないけど、棒読みで助けを求める菱代さん。
路地裏の奥まった所なのでおそらく商店街の人達には届かないが、僕に助けを求めるなら十分な声量だ。
「烏丸くん、改めて言うけど暴力はダメだからね? デコピンもだよ?」
「うん。わかってる」
ちょっとでも体が触れようものなら証拠が残るかもしれない。だったら、触らずに倒せばいい!
僕は拳に力を込める。今は魔力がないけど、あの頃の記憶を蘇らせて精神を集中させる。拳から波動を放つイメージを持ちながら、だけど殺したりしないように力も加減して……正拳突きを打つ!!
ブワアアアアアアオオオオオオ!!!!!
圧縮された空気は龍の形にも見えた。ナンパ野郎達は、その龍にくわえられ飛び去られるごとく吹き飛ばされていった。風圧のせいで叫ぶこともできなかったらしい。騒ぎを大きくしたくないので好都合だ。これからはこの技を使っていこう。
「へ? い、今の……桜くんがやったの?」
腰が抜けたのか、田口さんはぺたんと座り込んでしまう。木下を吹き飛ばした時と似たようなものだと思うんだけど、相手が三人に増えたり、龍の影っぽいものが見えて驚いてしまったのだろうか。
「驚かせちゃったならごめんね。立てる? 田口さんキレイなんだから変な男に気を付けないとダメだよ」
田口さんの手を取り体を引き上げると、心なしか顔が赤くなっている気がする。
「あ、ありがと。衆くんを吹き飛ばしたのとか、やっぱり夢じゃなかったんだね」
「僕は魔王の力を持ってるからね」
「魔王? なにそれ。ウケる」
僕の魔王ジョーク(ジョークじゃなくて事実だけど)でリラックスしてもらえたらしく、いつもの笑顔を取り戻してくれた。
吹き飛ばされたナンパ野郎は警察に駆け込むだろうか。でも、証拠はないし、証言も信じてもらえないだろうからたぶん大丈夫……なはず。
「菱代さん。僕、暴力は振るってないよね?」
「あの人達は突風で吹き飛ばされたように見えたよ」
さすが魔王の秘書だっただけある。話の理解が早い。
「ねえねえ、魔王ってマジなの? 中二病ってやつじゃなくて?」
「マジだよ。正確には、一度目の人生が魔王で、今は魔王の力を持った中学生なんだけど」
「桜くん面白すぎ。でも、その強さなら信じてもいいかも」
いきなり魔王と言われてもすぐに信じてもらえないのはわかってる。でも、田口さんの貞操は守られたし、僕の好感度も上がったと思う。ほんの少し、魔王の時とは違うルートを辿れた気がした。
「桜くんと側ちゃんは付き合ってないんだよね?」
「うん。何でも言うけどそういう関係じゃないよ」
「じゃあ、わたしが桜くんを好きになっても問題はないよね?」
「「え?」」
告白とも取れる発言に僕と菱代さんは声を合わせてしまう。
ただ、驚いてる理由は違う気がする。菱代さんは、僕が恋愛対象として見られてることに対してだと思うんだけど……。
田口さん、最終的には魔王の僕との関係を結構気に入ってたんだよね。他の女の子を魔王の毒牙から守るという名目で、すごい誘惑してきたし。
今の僕の体で満足させてあげられるかという不安と、やっぱり同じルートを辿ってるっぽい不安を抱えながら僕らは三人仲良く帰路についた。