第5話 この辺でルート分岐を狙ってみます
すっかり覇気のなくなった木下を見て、僕はかつての自分を思い出す。
力のある者に抑圧され、誰にも助けを求められず、ただただ時間が過ぎるのを待つだけの人生。
魔王になった時はさらなる復讐のために力付くで下僕にしたけど、今は魔王の力を持つ中学生だ。力を持ったからこそ出てくる気持ちの余裕が、木下を助けてもいいかもしれないという気持ちにさせていた。
それに、もし木下と下僕ではなく友達という対等な関係になれたらルート分岐になるかもしれない。そんな打算も少しだけあった。
***
「菱代さん、ちょっと相談なんだけど」
翌日、犬の散歩こと菱代さんとの下校途中に見かけた木下が気になった僕は菱代さんに相談してみることにした。
「実はさ、木下くんっをどうにかしてあげたいと思ってるんだけど」
「…………」
普段なら何だかんだで変態プレイに持っていこうとする菱代さんが神妙な面持ちで黙り込んでしまう。一分ほどの沈黙が続いたあと、菱代さんが口を開いた。
「同じクラスだから知ってると思うけど、木下くんはずっと学校を休んでる。あ、ケガの状態が悪いとかじゃなくて、精神的なものみたい」
暗い顔で外をふらふら歩いているのを目撃しているので体が大丈夫なのは知っている。菱代さんなりの僕に対するフォローなんだろう。
「酷いよね。自分はさんざん烏丸くんを殴っておいて、いざやられたら不登校なんて」
クラスの問題児だった木下に対して菱代さんが嫌悪感を抱いているのは魔王時代で知っていたことだ。本気で僕を助けようと思っていて、だけど復讐が恐くて何もできなかったことも知っている。
だからこそ、僕が動き出さないと何も変わらない気がしていた。
「菱代さんの気持ちはすごく嬉しいよ。でも、僕も一歩間違えば木下くんみたいな暴君になったかもしれないんだ」
「そんな! 烏丸くんは暴力で人を脅したりしないじゃない」
これはあくまでも魔王時代の教訓を活かしているのと、現状、魔界との繋がりがなくて中学生の体だからだ。
魔王へと変貌した僕はその力で好き放題蹂躙し、気に入らないものを全て消し飛ばしてきた。その反省があるからこうして振舞えるだけなんだ。
「ううん。実は僕も失敗してるんだ。信じてもらえないかもしれないけど、昔ね。だから僕は木下くんとしっかり話し合って友達になりたいと思ってる」
「そうなんだ。うん。わかった。烏丸くんの見張り役として、木下くんと友達になるところもしっかり見守るよ!」
「ありがとう。僕が一人で行っても怯えられるかもしれないから、菱代さんが一緒だと心強いよ」
「木下くんの心をさらにリラックスさせるためにワンちゃんを同行させるのはいかがですか?」
「いや、ごめん。話がややこしくなるから、この時だけはマジでやめて」
「あはは。冗談だよ冗談……ざんねん」
嫌悪感を抱く相手にも犬姿を見てもらいたいって一体どういう心理なんだ。わからない。変態の考えることはわからない。
でもよかった。大人しく引き下がってくれて。
木下と犬姿の菱代さんを会わせるわけにはいかないんだ。たぶん魔王時代に知った木下の性癖は今回も健在のはず。お互いの趣味と利益が一致しても、知ってる人同士でそういう関係になられると気まずいものがある。
「それじゃあ今日の放課後、木下くんの家に行ってみようか?」
「突然押しかけて迷惑じゃないかな?」
「烏丸くんは、事前に木下くんが来るってわかってたらどうする?」
「居留守を使うか逃げる」
「でしょ? こういう時はサプライズの方がいいんだよ」
行動力のあるドMはこういう時に頼りになる。
木下の親御さんは僕をどう思うんだろう。やんちゃな息子を大人しくした恩人……とは思ってくれないだろうな。
元々は木下が僕を殴ってたから文句は言えないと思うんだけど、最近の親は論点がズレてるからな。魔王時代はどうだったっけ。木下を下僕にしたのは魔王になりたてで一番イキってた時だからあんまり記憶にないな。
「ところで烏丸くん」
「うん?」
「木下くんの家に行くまでは首輪を付けてもいいよね? ほら、もしかしたら偶然に木下くんとバッタリ遭遇するかもしれないというスリルがハァハァ」
「……もうこの犬は諦めるか」
ルート分岐を目指して木下の家に向かうと決めたものの、この犬の欲求がどんどんエスカレートしていて不安が増していく。何をしても変態のままならきっと本物なんだろうな。
この反動で木下が実はめっちゃ良いやつだったりしないかな。しないだろうな。あの時と同じでゲス野郎なんだろうな。