最終話 中学生の強くてニューゲーム
目の前にいたのは木下 衆だった。なんだかとても怒っているように見える。
「くそっ! なんで小さいくせにそんなに強いんだよ」
一瞬ボーっとしていたので忘れていたが、頬からじんわりと痛みが広がる。
「なんでって言われても」
自分でもわからない。こんなに体格差のある木下と対等にケンカできるなんて。
「……え? シュウ?」
なんで目の前にいる男子生徒を脳内でシュウと呼んだのか。それもわからなかった。思考がぐちゃぐちゃでまとまらない。
「ボーっとしてんじゃねー!」
勢いよく拳が飛んできたがそれをかわせない。その時、
「やめないか」
軽々とその拳を止めたのは剣道部のエースで女子からの人気も高いボーイッシュな女の子・双葉 成だった。
「わー。成ちゃんかっこいいー」
パチパチと拍手する度、その振動に連動して田口 千夜の大きな胸が小刻みに揺れる。そのいやらしさに男女問わずクラスメイトの視線は釘付けだ。
「まったくもう! これから私がしっかり二人を監視します。仲良くしろとは言わないけど問題は起こさないように」
委員長である菱代 側は僕らの監視役を務めると名乗りでた。
「うーん。どうしてこうなったんだ?」
この状況もそうだし、菱代さんのスカートから犬の尻尾みたいなものがチラリとはみ出しているのも気になった。それに、
「こんなにクラスに溶け込んでたっけ?」
自分を客観的に見てケンカが強いとは思えないし、女子どころか男子との接点もあったような、ないような。記憶喪失とは違うけど何か違和感を覚えていた。
「わしらが叶えられなかった日常は、お主らに託すぞ」
「貴様らが新しく始めた強くてニューゲーム、せいぜい楽しませてもらう。元魔王」
体の奥底から小さい女の子と、自分のものと似た声が聞こえた気がした。
「どうしたんだい? さっきから様子がおかしいよ?」
「え? いや、ううん。平気」
髪が短くて遠目からだと男子と見間違えることがあるけど、こうして双葉さんと間近で話すと肌はきめ細かくて甘い香りがする。
「そんなに見つめられるとさすがに恥ずかしいよ」
「もしかして桜くん、成ちゃんのこと好きー?」
「ちょっ! そんなこと……」
「フラれるのはそれはそれで傷付くね」
否定すれば双葉さんを傷付けるし、肯定すれば冷やかされる。田口さんにとんでもない爆弾を放り込まれてしまった。
「くそっ! なんでお前ばっかりモテるんだ」
「モテてないって! それに木下くんは……」
“自分より小さくて弱い女の子を犬みたいに飼いたいんでしょ?”
なぜかこんな言葉が自分の口から出掛けた。なんで?
「? 木下くんはどうしたの?」
監視役である菱代さんに食い付かれてしまった。
「あー、えーっと……忘れちゃった」
「そ、そうか。世の中には忘れた方がいいこともあるぞ。ははは」
木下の乾いた笑いを見るに、なぜか僕の脳内に浮かんだあの性癖は本当だったようだ。自分でも弱みになるような趣味だとわかっているんだろう。それがせめてもの救いかな。
「ねえ、烏丸くん。もしこれが何度目かの人生で、今までの知識や経験、それにすごく大きな力も持っている状態だとしたらどうする?」
「どうするって言われても、そんな僕はそんなチートキャラじゃないからなー、でも、もしそんな強くてニューゲームみたいな人生だったら悔いが残ってることを全部やり直したいかな」
大事なものを失くしたり、大切な人を失ったり、選択を誤ったり、力不足だったり。僕の十四年の人生でもたくさんの後悔がある。それをもしやり直せるなら、どんなに嬉しいか。
「そうだね。きっと良い人生が待ってるだろう。烏丸くんと一緒なら……ね」
「え? それどういう」
告白どころかプロポーズみたいな言葉に戸惑ってしまう。中性的な顔立ちのせいで女の子と分かっていながらもそのイケメンぶりにときめいてしまった。
「記憶にないならいいんだ。それに大切なのはこれから歩んで行く人生だ」
「まあ、そうだと思うよ」
強くてニューゲームなんて現実ではありえない。来年は受験だし、高校に入ったと思ったら今度は大学受験。就活があって、仕事をして、結婚や子育てをするかもしれない。どれも未知の体験で、その時の自分がどうにかするしかない。
キーンコーンカーンコーン
「ほら、烏丸くん席に着いて。双葉さんも自分の席に。私の監視対象にしちゃうよ?」
「ふふ。それも楽しそうだ。ついでに田口さんも監視したらどうだい? なかなか見応えがあると思うのだけど」
ふと視線を移せばそこには巨大な山が二つ。あんまり見たら悪いと思いつつ自然と視線がそこに集まってしまう。
「ハァ……このクラスは変態ばっかりね」
ため息を付く委員長の表情はどこか楽しそうだった。それに僕から言わせれば、犬の尻尾を装備している菱代さんも十分に変態だと思う。
烏丸 桜の強くてニューゲームはほとんど何も引き継がずに始まった。それは大魔王との戦いに勝利し、魔界が消滅した瞬間の選択。魔王の力や今までの記憶は引き継がず、シュウ達と友達になる運命だけを引き継いだ。それだけで十分に強いと言えるから。
元魔王様は強くてニューゲームを選択しました。




