第43話 決戦!大魔王
この魔界には夜という概念がなかった。時間が止まっているわけではなく、不気味な明るさがいつまでも大地を覆っていた。なかなか寝付くことはできなかったけど、それでも目をつむれば自然と意識が遠退いて、目が覚めると疲労感はなくなっていた。
「よく眠れたようじゃな」
この魔界で五百年近く過ごし、実は息子と共にその時間を過ごしていたショトレさんは物憂いげに空を見上げていた。
「おはようございます。が正しんでしょうか。僕らの世界と常識が違い過ぎてて混乱しています」
「無理もない。それに今日は決戦の日じゃ。心も落ち着かんじゃろう」
具体的にどれくらいの時間が経過したのかはわからないけど、もうずっとここで元の生活に戻るために奮闘したような気がする。
「他の者はすでに準備できておる。あとはオウ、お主のタイミングで始めてくれ」
シュウ達はすでに覚悟を決めていた。魔界と共に滅ぶか、新たに強くてニューゲームを始められるかの瀬戸際。僕らは視線を合わせてこくんと頷く。
僕が右手に魔力を集中させてブラックホールのような空間を生み出すと、シュウもそれに合わせて同じものを生み出す。するとそこに地面がどんどん吸い込まれていく。
果てしない戦いだけど、この世界は確実に小さくなっている。すると突然、空とも地面とも言えない、脳に直接声が入ってくるような感覚に襲われる。
「魔王が二人掛かりで我の魔力を吸い、さらにそれを分割する。か弱き存在にしてはよく考えた」
「強がりかい? シュウをどうにかできなかった虚勢を張っているようにしか思えないな」
現に大魔王は僕らに語り掛けるだけで何もしてこない。今の状況でまともに戦闘できるのはナルだけ。シュウを襲わせたように魔界の一部を兵士にして戦わせることもできるはずだ。
「ククク。我が別の世界で強くてニューゲームを始める選択肢に気付いたのは褒めてやる。それを阻止する方法に辿り着いたのは……愚かな母親の入れ知恵か」
大魔王の言葉にショトレさんは何も言い返さない。
「貴様が余計なことをしなければ魔界が滅びることもなかった。全ての元凶は貴様だ!」
「…………」
もしショトレさんが息子の死を受け止めていれば大魔王が誕生しなかった。
「大魔王がいたから僕は魔王の力を、そして友達に出会えた」
「オウ」
「それに、こうして友達と一緒にありえないくらい大きな敵と戦ってる。大魔王、お前がいたからできたことだ」
「世迷言を。我に感謝するとでも言うのか?」
「ええ。そうです。私は魔界に来て夢が叶いました」
「俺はショトレちゃんに出会えた!」
「ふふ。大魔王はそのショトレさんの息子なんだけどね。なかなかいやらしい展開だ」
ナルはこんな時でもいつも通り鋭いツッコミを入れた。
「わたしもー。オウくんとシュウくんみたいな男の子がいるって気付けたー。オウくんとならキスしても平気だしー」
「ボクはこんな体にされたけどね、何も変わらなかった。変わったのはボクの心情だけ。変わらずにボクと一緒に居てくれる友に出会えた」
「大魔王! 何度も病気で苦しんで死んでいったお前の気持ちはわからない。けど、お前がいてくれたから救われた人だっている」
「自分と世界を融合できるほどの魔力だ。ボクらに吸われても多少は意識が残るんだろう?」
「だったら、僕らと一緒に始めよう。強くてニューゲームを!」
「何をバカなことを! 我は死を乗り越えて手に入れたこの力でまた世界を」
「ぐわああああ!!!」
大魔王は自らオウの中に取り込まれていく。
「このままだとオウの体が大魔王に乗っ取られかねないね。そろそろ失礼するとしようか」
ナルはおもむろに近寄ると顔をしっかりと押さえる。
「オウだけに大変な思いはさせないよ。魔王を救うなんて……いや、オウは魔王である以前にボクの友達だ。勇者が友達が助けるのは当然のこと」
唇が重なった瞬間、体中を駆け巡っていた大魔王の力が抜けていくのを感じた。それと同時に、
「ぐっ!」
今度はナルがその衝撃に耐えている。
「今度はわたしー。みんなで協力すればだいじょうぶー」
まずは胸の中に頭をぐっと抱き寄せられる。その柔らかい誘惑に一瞬だけ気が抜けて魔力吸収を中断しそうになってしまった。
「むぐぐっ!」
「えへへー。わたしの武器をしっかり利用しないとねー」
魔界と一緒に自分達が滅びるか滅びないかの瀬戸際でもチヨは変わらぬテンションで接してくれる。
「ありがとう。ちょっとだけリラックスできた」
「男の子って本当におっぱいに弱いよねー。今ならわたしのおっぱいで大魔王も倒せるかもー」
僕の口の中に艶めかしい舌をぬるっと挿入すると、今度は舌同士を絡ませてくる。
「ん……」
大魔王の魔力が抜けていくのもあるけど、何よりキスが気持ち良い。
「はぁ……はぁ……」
反対にチヨは大魔王の魔力を受け止めて苦しそうな表情を浮かべている。
「チヨ、大丈夫?」
「だいじょうぶー。ちょっと気合を入れて激しくしちゃったー」
唇が唾液で湿ってさらに妖艶さを増している。こんな状況でも反応してしまうなんて男は悲しい生き物だとつくづく思う。
「最後は私だね」
一度練習しているとは言えまだ二度目のキス。かつての経験を活かすナルや男を魅了することに長けるチヨと違い、カタワは最も中学生に近い感性を持っている。
「ごめんねカタワ。ファーストキスも二度目のキスもこんな形になっちゃって」
「オウくんのせいじゃないよ。それに私……」
カタワが言葉を詰まらせる。その間にも魔力は僕の右腕にどんどん吸い込まれていき、魔界が小さくなっている。
「私……オウくんの犬だから。犬がご主人様とスキンシップは取るのは普通だよ?」
「カタワみたいな変態犬は僕じゃないと面倒を見れないね。魔界にいる間だけでもちゃんとご主人様になろうかな」
「わ……ワン!」
耳と尻尾をピーンと立てて歓喜の鳴き声を上げた。
「そ、それでは、ご主人様を苦しめる大魔王をこの駄犬が救ってあげるワン」
練習の時は発情したカタワに押し倒されてしまったけど、今はそういうわけにはいかない。ある意味これがちゃんとした形のキスになる。
「どうしよう……勢いに任せられないと……ドキドキする」
頬を赤らめ伏し目がちに言われてドキっとした。こうしていれば可愛い女の子なのに……。
「……カタワ、こっち来て」
「え?」
カタワは言われるがまま僕に近付く。魔力吸収に意識のほとんどを集中させているので向こうから寄ってもらうしかない。
「飼い犬の面倒を見るのがご主人様の務めだ。いくよ」
僕の方から顔をグイっと近付くて唇を重ねる。本当はカタワに主導権を握ってもらって大魔王の魔力を吸ってもらう必要がある。だけど、変態で犬願望がある以外は普通の女子中学生にそれは酷な話だ。
「う……んん……!」
自分から舌をねじ込むのも、魔力を受け渡すのも初めて。それも魔力吸収と同時進行なので魔力のコントロールが難しい。それでも、
「ぷはぁっ!」
どうにか大魔王の魔力を与えられたはずだ。
「しゅ……すご……かったワン」
大魔王の魔力を受け止めて、さらに初めて男の方から舌を入れれた変態犬はすっかり放心状態になっていた。
「ご、ごめんね。でも魔力はしっかり渡ったはずだから。どうにか新しい世界を作って強くてニューゲームの準備をしてね」
「ひゃ……ひゃい」
せっかくうまくいったと思ったのに新たな心配事ができてしまった。もうこうなったらカタワを信じるしかない。
そして、もう一人の魔王の方は……ものすごい勢いで魔力を吸収していた。その視線の先にはショトレさんがいる。
「キス……! ショトレちゃんとキス……!」
もはや完全にキスで頭がいっぱいになっている。この状況で欲望を剥き出しにできるなんて、やっぱりシュウは強い。
「さて、ではそろそろ。わしが魔界と消滅しては意味がないからの」
とてとてとシュウの元に近寄ると、シュウの顔を両手で掴みひゅっと背伸びする。かなり身長差があるのでこういうシチュエーションになるのは仕方ない。
なんだか、とてもイケない光景を目にしている。
「ん゛ん゛!!!」
目をカッと見開き、顔はいまにも爆発しそうな勢いで赤くなっている。ショトレさんのことだから魔力はちゃんと吸えてると思うけどシュウのリアクションで心配になる。
「……これで……よし」
ショトレさんとシュウの口に間には糸が引いている。見た目は幼女でも中身はナル以上に経験豊富な五百歳。僕自身も魔力吸収に集中しないといけないのに、そのキステクニックに思わず唾を飲んだ。
「あと……もう少し」
空がどんどん近付いてきて、魔界と呼ぶにはあまりにも狭い空間に六人はいる。この空間に押しつぶされた時、大魔王は消滅する。
「……ありがとう。母さん」
「え?」
外から? いや、体の内側から? 大魔王の魔力で構成された世界と、その魔力を体内に吸収した自分達。もはや外にも内にも大魔王がいるような状態で、どこからともなく声が聞こえた。
「我の……僕のために頑張ってくれたのに、僕が少しずつ歪んで……」
「いいや、わしの自己満足のためにお前を……オウ、すまなかった」
「おい! オウって」
「偶然……あるいは運命と呼ぶべきか。同じ名を持つオウに救われると思わなんだ」
ショトレさんがずっと名前ではなく『息子』と呼ぶのが引っ掛かっていたけど、僕に気を遣ってくれてたからみたいだ。
「こうして母さんと一緒になれてようやくわかったよ。母さんが僕を大切に想っていたくれたこと。それなのに……」
「最期にわかってくれて嬉しいよ。わしらが滅びても、次の世代へと強くてニューゲームとして繋げられる」
「そうだよ! 僕と同じ名前の大魔王がいたから友達と出会えた」
「私も犬になる夢が叶いました」
「悪い男の子だけじゃないってわかったかもー」
「お、俺は幼女と……」
「ふふ。その幼女は大魔王の母親なんだけどね。ボクもこうして面白い友人ができて楽しいよ」
たしかに大変なことはあった。だけど、この強くてニューゲームがなければ僕らは絶対に揃うことがなかったと思う。
「お主ら……ありがとう」
いよいよ魔界は消滅寸前のところまできている。
「僕らは新しい世界で強くてニューゲームを始めるんだ!」
そう心で強く念じた瞬間、オウは意識を失った。そして……
強くてニューゲームを始めますか?
三度目となるこの文言を聞いたオウは迷うことなく答える。
「はい!」




