第42話 エルフの特訓
「さて、残るはこちらの方だが」
ショトレさんは気絶しているシュウの手を取り、そのまま自らの平らな胸に押し当てた。
「ねえ、お兄ちゃん起きて。私のドキドキ伝わる?」
「ん……? え? んなああああああ!!!!」
「このドキドキをお兄ちゃんと共有したいの。ダメ……かな?」
可愛く首を傾げるとシュウは無言で激しく首を上下に振る。
「魔力を手に集中させて、私の魔力を吸い取るイメージをしてみて。お兄ちゃんに私の全てを奪ってほしいの」
「お……おお……!」
興奮のあまり完全に語彙力を失った魔王は素直に言うことを聞いている。このまま連れ去られでもしたらまた別の問題に発展しそうだけど、それは心配ないようだ。
「んっ……! すごい。上手だね。この調子で大魔王の魔力も吸えそう?」
「あ、当たり前だ! 俺は魔王を超える魔王だからな!」
僕を超える魔王って意味なのかな? たしかに同じように魔力吸収を使われたら体格で勝ってるシュウの方が強そうだし、あえてツッコまないでおこう。
「お兄ちゃんすごい! それじゃあご褒美に」
チュッと唇同士をくっ付けた。僕がナル達としたディープなものではなく、キスと言えるかも微妙なくらいの一瞬の触れ合い。だけどシュウは、
「んほおおおおおお!!!!!」
興奮し過ぎたのか大声を上げてまた気を失ってしまった。
「うーむ。魔力の吸収や譲渡については問題なさそうだが……」
「え? 今ので魔力を吸えたんですか?」
「無論。伊達に五百年も生き永らえておらん」
見た目は幼女の年上エルフはキャラクターの切り替えだけでなく魔力の移動も早いらしい。
「となると問題は、シュウがキスに耐えられないということですね」
「シュウくんって意外とピュアだよねー」
「この場合ピュアって言っていいのかな……」
中身は五百歳を超えている外見は幼女のエルフとのキス。状況がこじれ過ぎている。
「気を失った状態でも新たな世界を創造できるのなら問題はないのだが……シュウにそれはできそうかの?」
「うーーーん……ショトレちゃん」
「ショトレさんと二人きりの世界を常に妄想してそうですね」
「……あまり準備に時間を掛けると大魔王に再び狙われるやもしれん。決行は明日じゃ」
「あ、明日!?」
魔界は確実に滅びに向かっている。だけどそれは明日や明後日の話ではない。モンスターのオスがいなくなり、子孫を残せなくなって少しずつ数が減っていく。そういう絶望的な話だったはずだ。
「この作戦はお主らが魔力を譲り受ける必要は全くないと思ぬか?」
「ええ。オウが大魔王の、魔界の魔力を全て吸い尽くし、それで新しい世界を作ってエンディングを迎えればいい」
「あ……!」
言われてみればその通りだった。ナル達が少しでも大魔王の魔力を削ってくれたら楽になるけど、何もそれを分け合う必要はない。
「息子、大魔王は恐らくこの展開も織り込み済みじゃ」
「僕らがエンディングを迎えるこのルートをですか?」
「うむ。自分の魔力を全て吸わせてオウの体を乗っ取る。そして別の世界で新たな人生をスタートさせる。それも一つの選択肢じゃろう」
「それじゃあシュウが狙われたのって」
魔力を吸収できる僕は全く新しい強くてニューゲームを始めるのに必要だった。だけどシュウと魔力を分担されればそれも叶わない。
「勇者のボクからすれば魔王が二人なんて勘弁してほしいシチュエーションだったけど、ちゃんと理由があったんだね」
「これで変態じゃなければよかったのに」
「それカタワが言う?」
シュウが絶賛気絶中なのでみんな好き勝手に言っている。ナルが言ったようにこの戦いのカギとなる存在とは思えない扱いだ。
「大魔王にはこの作戦も筒抜けじゃ。だが、今何もしてこないということは、現状では打開策がないということ。あるいは、こちらの作戦中に何か仕掛けるか、どちらかじゃ」
「おそらく後者でしょうね。ボクらが大魔王と戦う決心をした以上、新たな強くてニューゲームの可能性が生まれたわけですから」
大魔王は完全に人生を諦めて滅びの道を進んでいるのかと思っていた。だけど心のどこかで生きたいと願っている。もしチャンスがあればやり直したいと思っている。
「よし! 明日はみんなで大魔王に、そしてこの魔界に勝とう! 新しい世界で強くてニューゲームを始めるんだ」
「「「おー!」」」
明日の決戦に向けて士気が高まる。大魔王が新たな人生のチャンスを諦めていないように、僕らだって諦められない。
「と、その前に、シュウをどうにかせんとな」
「あー」
僕一人では絶対に大魔王に対抗できない。シュウは大切な友達だ。そんな友達が気絶した状態で新たな世界を作る可能性に賭けるのも忍びない。
「こうなれば荒療治じゃ。一晩わしが密着して耐性を付ける」
ショトレさんはおもむろに気絶しているシュウの体に覆いかぶさる。
「お兄ちゃん、起きて。私、お兄ちゃんが一緒じゃないと寂しい」
甘く切ない声で耳元で囁くとシュウが目をくわっと見開いた。
「ショ、ショトレちゃん!?」
「明日は大魔王と戦う日でしょ? 私、恐くて……」
「お、おお、俺様がいれば安心だ。大魔王の魔力を吸い尽くしてやる」
「えへへ。お兄ちゃんは頼もしいね」
体を密着させた状態である程度の会話ができていた。何度も気絶する中でシュウも成長していたらしい。
「ふふ。やはり決戦前夜というのはこういうものなんだね。どんなに腕に自信があっても人の温もりを求めてしまうんだ」
かつて勇者として自警団と共に魔王を討ち倒したナルの言葉には重みがあった。
「どうだい? ボクらも」
「な、何言ってるの! それにナルは今男だし」
「ふふふ。冗談だよ。ボクらは健全な中学生だ」
健全と言っていいか疑問が残るけど、新しい強くてニューゲームで記憶が残っていたら気まずい。すでに三人とキスしてるのがおかしな状況だからこれ以上はこじらせたくない。
「オウくん、さっきのお仕置きにきてもいいからね」
「わたしもー。キスの練習したくなったらいつでも呼んでねー」
「よかったね。後腐れなく強くてニューゲームを始められそうじゃないか」
元の生活に向けた懸案事項はなくなった、だから、絶対に大魔王に勝ってエンディングを迎えるんだ!




