第41話 大魔王との戦いに備えた予行演習
「新たな世界でエンディングを迎える?」
ショトレさんからの助言があまりにも壮大で言葉をオウム返ししてしまう。
「この魔界と同化している息子……大魔王の力を吸収すれば、一時的に自分だけが生きる小さな世界を作れるじゃろう」
「待ってください! それじゃあ僕と、あとは同じ魔王の力を持つシュウしか」
アニメとかで自分の力を部下に分け与えて強くするボスがいるけど、残念ながら今の僕にはそんな芸当はできない。それを世界が滅ぶ寸前でここに居る全員なんてとてもじゃないけど無理だ。
「そう焦るな。何も魔界が滅ぶ瞬間をまたずとも良い。適当なタイミングでわしらがお主から魔力を貰い受ければいいのじゃ」
「そんなことどうやって」
「口移しじゃ。オウが右手で魔力を吸収して、口からわしらがそれを貰い受ける」
「く、口移しってつまり……」
「キスだね」
いつも通りのテンションで冷静に教えてくれたのはナルだった。
「ボクは初めて勇者になった時にいろいろあったからね。この人生、この体では初めてだけど、また新しい人生が始まるし構わないよ」
「ご、ごごご、ご主人様の唇を強引に奪う駄犬……ハァハァ……その先にはどんなお仕置きが……じゅるり」
「オウくんとならチューしてもいいかなー」
三者三様、いろいろな反応があったけど僕とのキスは嫌じゃないらしい。
「って、キスだよ!? 本当にいいの!?」
「むしろオウの方はいいのかい? ボクの体は今は男なわけだし」
「体の問題じゃなくて心の問題だよ!」
「そうか。なら何も問題はないね。ボクはオウとキスすることに何の躊躇いもない」
真っすぐ見つめられてこんなことを言うなんて、僕が女だったら惚れてしまいそうだ。
「お主ら、シュウから口移しで魔力を貰うという選択肢はないのか……」
「「「…………」」」
ショトレさんからの指摘に三人ともが口をつぐんだ。シュウを気絶させておいて本当に良かったと思う。
「なら、わしはシュウから魔力を貰い受けるかの。さすがに五百歳を超えた老人とキスは嫌だろう?」
「そ、そんなことは……」
「よいよい。幸い、シュウはわしを好いておるようじゃし都合が良い」
強くてニューゲームを始めるにはエンディングを設定したショトレさんが絶対に必要な存在。シュウが責任を持ってショトレさんに魔力を分ける方が作戦の成功率が上がると思うんだけど……。
「シュウ、ショトレさんとキスしたらそのまま昇天したりしないよね」
「それは……やってみないとわからないな」
「二人は幸せなキスをして、ってやつだねー」
僕らがシュウをめぐって好き勝手言い合っていると、
「う~ん。ここは……はっ! ショトレちゃん!?」
「おはよう。会いに来てくれて嬉しいな」
手を顎に当てたあざといポーズで目覚めの挨拶をするショトレさん。さすがにキャラを作り過ぎなんじゃないかと心配になる。
「あぁ……笑顔が眩しい。こんな可愛い子を調教して目から光を失わせたい」
僕の心配をよそに更にその欲望をエスカートさせていた。こいつが作戦のカギになるなんて信じられない。
「あのね、お兄ちゃん。わたしと……キ、キスしてほしいの。……ダメ?」
「んごおおおお!!はうわああああ!!!!」
幼女モードのショトレさんからのお願いに発狂して大声を上げる。魔王の力が備わっているせいでただの大声が立派な攻撃になる。
「一旦落ち着かせよう」
スッと一瞬でシュウの背後に回り込んだナルは首に手刀をお見舞いする。
「がはっ!」
興奮状態で完全に無防備だったのかこの一撃でシュウは再び気を失ってしまう。
「こんな調子で大丈夫かな。全然話が進まない」
「ひとまずシュウとショトレさんがキスするところまでは話が伝わった。あとはオウと同じ魔力吸収を覚えてもらればいい」
「うむ。シュウの口から魔力を受け取るのはわしに任せろ。あとは……」
ショトレさんはナル達を見渡す。
「お主ら三人がオウから魔力を受け取る練習じゃな。オウは魔界から魔力を吸収してるわけだから、その状態で他人に魔力を供給するのは難しいだろう。エンディングを目指して練習じゃ」
「あの、練習ってまさか……」
「実際に口移しをする。いきなり本番では中学生の心が乱れるじゃろ?」
ショトレさんの言うことは全くもって正しい。ぶっつけ本番で失敗したらそこでゲームオーバーなんだから。
「キスのやり方は問題ないのですが、魔力を受け取るにはどうすればよいのでしょう?」
「ナル!?」
キスには動じず淡々と話を進めていく。
「簡単じゃ。相手から主導権を奪えばいい。例えば舌を入れたりな。あとは魔力を奪うイメージをしながら吸い取ればいい」
「なるほど。やってみます」
「ナ、ナル。本気? みんな見てるし」
「本番ではショトレさんも含めて六人、みんな同じ場所にいるんだよ? そういう心構えを含めての練習なんじゃないのかな?」
うんうんと腕を組んで頷くショトレさん。カタワとチヨはあまりに突然の展開に顔を真っ赤にして硬直してしまっている。
「ショトレさんも言っていただろう? ボクがリードしないと魔力を吸えないんだ。だから、全部ボクに任せて」
いくら股間に僕と同じモノが付いているとは言え、顔立ちは以前と同じ。髪は短めでボーイッシュだけど至近距離で見るとやっぱり女の子。魔王として好き放題暴れていた時はもっとすごい経験をしたはずなのに胸の鼓動がどんどん早くなっていく。
「いくよ」
ナルは僕の顔を手で押さえると、何の躊躇いもなく唇を重ねた。
「ん……」
そして、舌先から生暖くて柔らかい感触が全身に広がる。これがナルの舌の感触。
「うむ。うまく魔力を吸い取れたようじゃな」
ショトレさんが言うとナルの唇が離れていく。
「なるほど。たしかに力がみなぎるようです。ところで、勇者のボクに魔王や大魔王の魔力が入っても悪影響はないのでしょうか?」
「それは問題ないじゃろう。結局のところ、魔力は扱う者によってその良し悪しが決まる。チヨもカタワも特に問題ないはずじゃ」
キスの直後だというのにいつもと同じテンションで話すナルを見て、僕の心拍数はむしろ上がっていた。同い年で背は僕と同じくらいなのに妙に大人びて見える。人間の勇者として経験を積んだ人生の差を実感させられた。
「では次は……」
「はーい。わたしキスしたいー」
チヨが手を挙げるとノーブラの胸がたゆんと揺れた。かつての魔王人生でキス以上のことを何度も経験しているにも関わらず緊張と興奮が収まらない。
「えへへー。オウくんの唇ってぷるぷるで可愛いねー。女の子みたいだから安心するー」
ナルと同じように僕の頬を手で押さえて固定すると、すでに覚悟を決めていたのか勢いよく唇を重ねてきた。
大魔王によって少し大人に成長させられているチヨの唇と舌はナル以上になまめかしく、まるで別の生き物が口の中で暴れているような感覚に襲われた。
「うむ。合格じゃ」
「……ぷはぁっ! 吸い取ろう吸い取ろうって思ってたからなんか疲れたー」
「うまくできたみたいでよかったよ」
正直魔力を取られたという感覚は全くない。元々の魔力量もあるんだろうけど、それ以上に舌の感触が気になって……。
「最後はカタワじゃ。初めてがこんな形なのはショックかもしれないが」
「……いえ、むしろ嬉しいシチュエーションです。ご主人様の唇を許可なく奪う駄犬……! さすがのオウくんもお仕置きしたくなるはずハァッハァッ」
思い悩まれるよりはいいけど変な方向に振り切れてしまっていた。
「オウくん……いくよっ!」
二人と違い勢いよく飛び込んできたかと思うと押し倒されてしまった。完全にカタワにマウントを取られてしまう。
「ハァハァ……ご主人様の唇……じゅるり」
ロマンの欠片もなく、ただ自分の欲望を発散させようとする。目は血走っていて正直恐い。尻尾もビンビンに立っている。
「それでは」
もはや迷うことなくカタワは顔を近付けた。唇と唇が触れ合うやいなや唾液でしっとりと湿った舌をねじ込んでくる。
「んんッ! んんん!!!」
ものすごい勢いで魔力が吸われている。ナルもチヨも僕を気遣って遠慮していたのかもしれない。まるで犬のように舌を這わせるカタワのキスは確実に僕からいろいろなものを吸い上げている。
「もうよい! やめやめ!」
ショトレさんが僕に馬乗りしているカタワを強引に引き剥がしたことで大事に至らずに済んだ。
「まさかここまではとは……とにかく、これで大魔王の魔力を分け与えるのは問題なさそうじゃな」
「……はい」
ただキスをしただけでこの疲労感なのに、大魔王の魔力を吸収しながらこんなキスをしたらどうなってしまうんだろう。エンディングへの道筋が見えたと同時に大きな不安も伸し掛かってきた。




