第40話 エンディングを目指して
「くそっ! どうすればいいんだよ」
大魔王を倒すのと同時に魔界が滅びる。つまり、エンディングを迎える前に僕らも魔界と一緒に消滅する。だからと言って何もしなければ魔界はゆっくりと滅んでいくし、大魔王を倒したわけではないからエンディングを迎えられない。
「ボク達がどう行動しても大魔王の望み通り滅びを迎えるわけか」
「わたしが誘惑したらお願い聞いてくれないかなー」
誰に見せる訳でもなく、空に向かって谷間を強調する。魔界そのものが大魔王なら見えているはずだが何の変化もない。
「オウくん達が言っていたショトレさん……大魔王のお母さんはこのことを知ってるのかな」
「どうだろう。話した感じだとどこかの城に居るみたいな口ぶりだったけど」
「私達を強くてニューゲームで元の生活に戻してくれるのはショトレさんなんだし一度相談してみない?」
「うん。そうしよう。何か解決方法が見つかるかもしれない」
「最後にショトレちゃんに会えたらもう悔いはない……」
手詰まり状態で不機嫌だったシュウも、ショトレさんに会えるとなるとその目に少しだけ希望の光が宿っていた。
「うまいことエンディングを迎えて強くてニューゲームを始めたらどの道ショトレさんには会えなくなるんだけどね」
「はっ! それなら俺はここでショトレちゃんと一緒に滅びる」
「馬鹿なことを言わないの。ほら、行くよ」
「お、おう。……ロリ犬に命令されるのも悪くないな」
絶望的な状況でシュウの中に辛うじて残されていたまともさが壊れてしまったのか、新たな趣味に目覚めかけていた。
「では、さっきと同じ組に別れよう。ボクはチヨを、オウはカタワを連れて行こう。シュウはショトレさんに少しでも早く会いたいだろう? 先導を頼む」
「任せろ! ショトレちゃんの魔力はしっかり覚えてる。こっちだ!」
欲望に一直線に進むシュウは僕らの準備を待たず跳び去ってしまう。
「ふふ。元気を取り戻してくれたみたいで良かったよ」
「さすが勇者、魔王の扱いがうまいね」
「魔王だからではなく、シュウだから。かな」
本来は相反する存在である魔王と勇者。この関係から始まった友情だけどナルの言葉を聞いて、僕らが魔王でも勇者でもなくなっても友達でいられる気がした。
「それに、シュウがいると少し話がややこしくなりそうだしね」
「え?」
「今のシュウはショトレさんに一直線だからこちらの言葉には興味を示さないだろう。なぜシュウだけが大魔王の一部に襲われたのか、とても重要なことだと思わないかい?」
僕とカタワ、ナルとチヨ、そしてシュウは単独行動。一人でいるから狙われたのだと思うんだけど。
「戦力的にはどの組もそんなに変わらない。チヨもカタワもサポート役としてはとても優秀だ。だが、むしろそんな二人を守りながら戦うボクらの方が倒しやすいと思わないかい?」
「うーん。それは一理あるかも。でも、二対一の状況に持ち込めるからシュウを狙ったんじゃない?」
何か理由があるとすればシュウの運が悪かった。僕にはこれくらいしか思い浮かばない。
「では、そもそもシュウを襲う必要があったのか。これまで散々放置しておいて、あのまま何もしなければ大魔王の望みは叶う。むしろあの襲撃はカタワにヒントを与えてしまっていないだろうか」
「……言われてみれば確かに。大魔王が何も行動を起こさなければ僕らはそれぞれの方角に進んでバラバラになるだけだったのに」
大魔王の行動の目的はやっぱり見当もつかないけど、ナルがこうして冷静に分析してくれることで希望の糸口が見えてきそうだ。
「もしかしてー、大魔王にとってシュウくんが邪魔だったとかー」
「あのロリコン魔王が? だとしたら大魔王もあながち悪いやつじゃないかもね」
「カタワ、シュウをそんな風に思ってたんだね」
奇跡でも起きない限りシュウとカタワがお互いに趣味を満たし合うことはなさそうだ。
「こほん。ロリコンはひとまず置いておいて、大魔王が警戒したのは魔王の力だろう。オウと同じ魔王の力」
「たしかに魔王の力は強大だけど、魔界そのものになってる大魔王には及ばないよ」
「ではなぜ、シュウを鳥のモンスターにしたのだろう」
「それは……魔王を無力化するため?」
だったら僕が何もされていないのはおかしい。
「オウの魔王の力は必要。だけど二人目の魔王はいらない。ボクらの体にアレンジを加えたのは……大魔王の余興だろう。腹立たしいがね」
「ナルに言われるとそういう風にしか考えられなくなるからすごいよね」
「まあボクの憶測でしかないんだけど。ただ、この戦いはシュウがカギを握っていると考えている」
憶測と言いつつその瞳には自信が満ち溢れていた。元々僕らは五人で大魔王を倒すつもりでいるんだ。誰がカギを握っていようとも一人も欠けることなくエンディングを迎えるつもりだ。
「くんくん。この甘い香りは」
カタワが何かの匂いに気付く。
「うーんと……あっ! ショトレさん」
「あのちっちゃい子―? かわいいー」
大魔王のからの妨害もなく難なくショトレさんの元へとたどり着いた。もし仮に障害があるとすれば……。
「ショトレちゃん! 会いたかった! ハァハァ」
鼻息を荒くしてヨダレを垂らす魔王だ。
「やめないか」
この戦いのカギを握ると勇者から評された魔王の後頭部をガツンと殴り一旦黙らせる。
「おお! オウにナル、チヨにカタワも。わしのせいで苦労を掛けたが無事じゃったか……良かった」
シュウが華麗にスルーされているので、僕らもスルーした。
「わー。綺麗な髪の毛―」
「犬耳が生えている私が言うのもなんですが、エルフ耳もなかなかのチャームポイントになりますね」
初めて見るエルフに興味を隠せないチヨとカタワ。それに対して、
「はじめまして。ボクは勇者のナルです。あなたが強くてニューゲームにボクらを選んでいるのでご存知だとは思いますが」
「オウから話を聞いているかもしれないが、わしがショトレじゃ。息子……大魔王を止めたいというわしのワガママに付き合ってくれて何と礼を言っていいか」
「いえ、ボクは勇者ですから。それに魔王もこの世界を満喫しているようですし」
ナルが気絶しているシュウに視線を向けると、うわごとのようにショトレさんの名前を連呼していた。
「そう言ってもらえると心が軽くなる。して、わしのところに挨拶に来てくれたわけでもあるまい。大魔王のことで進展があったのじゃな?」
「はい。進展というか……足止めをくらったというか」
大魔王が魔界そのものになっていること、確実に魔界は滅びの方向に進んでいるし、僕が大魔王の魔力を全て吸い取っても同時に魔界が滅びエンディングを迎えられないこと。
今の絶望的な状況をショトレさんに説明した。
「そうか……この大地が、空気が、息子だったのか。わしはいつも息子と共に……。そうか……そうか……」
大魔王となり別々の人生を歩んでいたと思っていた息子が魔界として常に身の周りに存在していた。ちゃんとした再会と言えるかはわからないけど、僕らの人生よりも長い時間を独りで耐えてきたショトレさんにとって、大魔王が魔界という事実は朗報なのかもしれない。
「すまんの。歳を取ると涙もろくなって困る」
「いえ、ボクらもショトレさんに息子さんを会わせてあげられたみたいでよかったです」
とても五百歳を超えているとは思えないロリエルフと、とても中学生とは思えない応対をする男の娘勇者。ここはナルに任せよう。
「では、本題に入ろう。お主らがエンディングを迎えて元の生活に戻るために」
「つまり、何か方法があるということですね?」
「うむ。オウは何度も強くてニューゲームを経験しているから気付いているだろう? 二度目でも三度目でも、同じような体験をすることに」
「はい。それを信じているから乗り越えられたこともあります」
少しずつ行動を変えて別のルートを目指すこともあったけど、流れに身を任せることで同じ運命を辿るという選択もできた。これが強くてニューゲームの強みだ。
「オウは何度もエンディングを迎えている。つまり、途中でゲームオーバーにならずエンディングを迎える運命なのじゃ」
「その運命を信じて大魔王と戦えと?」
ナルの声がワントーン下がる。失敗したら魔界ごと滅んでエンディングを迎えられないのに、運命を信じるなんてあまりにも無謀な賭けだと僕も思う。
「それも一つだが、本命はこっちじゃ」
ショトレさんは咳払いをして僕らを見渡す。
「魔界となった大魔王の力をお主らとわしで分け合い、新たな世界でエンディングを迎える」




