第39話 魔界と大魔王
「この魔界が大魔王だっていうならそんなの絶対に……」
倒せない。あまりに相手が強大過ぎる。もし勝てたとしてもそれは同時にこの世界が滅ぶことになる。つまり僕らも死ぬ。
「土と空気が同じ匂い、元となる存在が同じってだけで魔界が大魔王と決まったわけじゃないけど、可能性は高いと思う」
強くてニューゲームを始める時、僕以外のメンバーに変化を与えるほどの力を持つ大魔王だ。魔界そのものというのもあり得ない話ではない。
「もしカタワの説が正しいのだとしたら、僕らは大魔王の上に立って、大魔王を吸ってるんだよね」
「そう考えると大魔王に勝ってる気がしなくもないけど」
「大魔王はこの世界に暮らすモンスターを絶滅させようとしている。このままだといずれ僕らも死ぬ。ダメだ……僕には大魔王の目的がわからない」
世界そのものなら神様も同然。好き放題に何でも叶えられる存在ではないから滅ぼそうとしているのか……。
「私は全然実感がわかないけど、やりたいことを全部やって、それで死ねたら大満足な人生だと思うのね」
カタワが静かに語り出す。
「記憶を引き継いで新しい人生を始めるって最初はいいかもしれないよ? だけど、どんどん新しいことがなくなっていく。本当に全てをやり尽くしちゃうんだと思う」
「まさか大魔王は、強くてニューゲームすらできないように世界もろとも滅ぶつもりってこと?」
「私の想像でしかないけど。何度も強くてニューゲームを繰り返して少しずつ強くなって魔界そのものになる気持ちなんてわからないから」
それは僕も同じだ。僕は順調に力や仲間を手に入れているけど大魔王は何度も苦しい死を経験してきた。自分の運命や世界を恨んでいてもおかしくはない。
「この会話も大魔王に聞かれてるのかな。だとしたら何かリアクションしてくれるとありがたいけど」
そうつぶやくと同時にシュウのいる方角から魔力の爆発を感じた。
「今の……シュウ? やっぱり敵が」
「大魔王は一人になったシュウくんを狙ったのかも」
「急ごう!」
当然のようにカタワをお姫様抱っこして足に魔力を込める。
「このシチュエーション、ちょっと懐かしい」
首輪とリードを付けて一緒に歩くところなんて近所の人に見られたくない。その想いから誕生した魔王の脚力を活かした空中散歩。
「まさか魔界でもやることになるなんて、これは絶対通る道なんだ……」
「私は嬉しいよ。首輪がないのが残念だけど」
僕の憂いとは反対にカタワは嬉しそうだ。その笑顔は眩しくて可愛いと思ってしまう。これで変態犬じゃなければ……。
「どうしたの? 早く行かないとシュウくんが危ないよ」
「あ、うん。しっかり掴まってね」
カタワはチヨと違って女の子特有のぷにぷにがないので平常心を保って跳べる。
「……私はまだ中学生なだけだから」
「突然どうしたの?」
「……」
どうやら変態犬にはご主人様の考えてることをお見通しのようだ。
***
「あー、どうすっかなー」
地面にめり込んだ不良風の男を見下ろしてシュウは途方に暮れていた。
「いや、俺は悪くない。こいつらがたった一撃で気絶するのが悪い」
せっかくの手掛かりを気絶させてしまった事実を開き直り空を見上げた。
「ん? あれは」
見覚えのある人影がものすごい勢いでこちらに向かってくる。
「げっ! ナルとチヨだ」
この状況をナルに見られたら手掛かりを失ったことがバレてしまう。もはやシュウにとっての敵は目の前で気絶している二人や大魔王ではなくナルにすり替わっていた。
「よりにもよってナルかよ。はあ……」
深いため息を付くのとほぼ同時に、チヨを抱きかかえたナルが到着する。
「シュウ、無事みたいでよかったよ」
「よかったよかったー」
「お、おう。今なら勇者も倒せる気がするぜ。はは……ははは」
地面にめり込んだ男達の前に立ちなんとか誤魔化そうとするものの、人生経験が豊富な勇者の目は欺けない。
「それで、その男達は」
「ああ、こいつらか? いきなり現れて襲ってきたら寝てもらったんだ」
「これだけ何もない場所なのに突然現れてシュウを……只者ではないね」
「強かったなあ。俺がほんのちょっとだけ苦戦したくらいだ」
「なるほどなるほど。魔王が苦戦するほどの相手となると、大魔王の手先なんじゃないかな?」
少しずつナルに追い詰められシュウの額にはじんわりと汗が滲んている。
「この二人が大魔王の手掛かりってことー?」
「可能性は高いと思うよ。完全に気を失っているから役に立たないけどね」
勇者に一瞥された魔王はただただ微笑むことしかできなかった。
「ほら、オウとカタワもいないし。もう少し待てば起きるって。な?」
「……その二人もこちらに向かってくるよ。ほら」
目を凝らすとオウがカタワをお姫様抱っこして空中を走っている。
「羨ましい」
第一声はそれだった。
「目の前に欲望に一直線なのは魔王らしくてボクは良いと思うよ」
「はっ! いや……起きろ! お前ら大魔王様がどうとか言ってたろ!」
話題を切り替えるため目の前で気絶する手掛かりを起こそうと必死に頬を叩く。力を加減しているのでいい刺激になっているはずだが一向に目覚める気配はない。
「もしかして死んじゃったのー?」
「ば、バカ言うな! ほら、息はしてるだろ」
よく見るとわずかではあるが肩が一定のぺースで動いている。呼吸はしているようだ。
「……眠っている。という訳か。これだけ刺激を与えられて起きないのは不可解ではあるが」
「それなら、イヤだけどわたしがやってみるー。オウくんの前だと恥ずかしいから今のうちー」
チヨはおもむろに豊満な胸で男の顔を挟む。
「馬鹿な男はこうやっておっぱいを使うと何でも言うことを聞いてくれるんだー」
自分の胸を掴み、その胸をぐりぐりと男の顔に押し付ける。
「早く起きてー。それで大魔王のことを教えてほしいなー。早く返事してくれないとおっぱいの中で窒息しちゃうよー?」
胸を圧し潰すように力を込める。
「このまま死んじゃっても幸せかもしれないけどー。死んじゃったらおっぱいチューチューできないよー?」
その言葉が決め手になったのか、あるいは息苦しさに耐えかねたのか、男は自らの意志で首を動かしプハッと数十秒ぶりの呼吸をした。
「起きたー。これで大魔王のことを教えてもらえるね」
ロリにしか興味のないシュウと魔界で男の娘になったナル。あまりおっぱいに関心のないはずの二人でさえ前屈みになっていた。
手掛かりが目覚めてよかった。お疲れ様。など、当たり障りのない言葉をチヨに送りつつ平常心を取り戻すため深呼吸を繰り返す。
「おーい! シュウ―」
そんなことをしているうちにオウとカタワが着地した。
「ナルとチヨも来てたんだ。カタワが妙な匂いを感じたから来てみたんだけど、みんな無事みたいで良かった」
「あ、ああ。無事だよ。それにシュウが大魔王の手掛かりも見つけたんだ」
「そうだぜ。感謝しろよね」
なぜかしどろもどろな二人は気になったが今はそれどころじゃない。
「カタワも大魔王の居場所……いや、正体がわかったかもしれないんだ」
オウの言葉にカタワは力強く頷く。
「三手に別れたのは正解だったわけか。やるじゃないか魔王」
「んな! 褒めたって何も出ねーぞ」
唐突に褒められてシュウは赤面する。
「で、大魔王の正体ってなんだよ。居場所もこいつらに案内させてさっさと倒しちまおうぜ」
「大魔王の正体は……」
カタワが自分の推測を語ろうとしたその時、
「「ククク。真実に気付きおったか。大人しく我と共に穏やかな滅びの時を待てばよいものを」」
チヨが起こしていない方の男も含め、地面にめり込んでいた二人組が言葉をシンクロさせる。
「「穏やかな滅びか、華々しい滅びか。どう転んでも我らは滅びる。さあ、好きな方を選ぶがよい」」
男達はそう言い残すとドス黒い光を放ち一瞬で消えてしまった。
「まさかあいつらが大魔王だったのか!?」
「違うとも言えるし、当たってるとも言える」
「どういうことだい?」
半信半疑だったカタワの推測が今の言葉で確信に変わった。それは同時に、自分達がエンディングを迎えられない可能性も示していた。
「この魔界そのものが大魔王なの。だから……」
「大魔王を倒せば魔界が滅びる。僕らはエンディングを迎えられるかわからない」
オウとカタワから真実を突き付けられた三人は言葉を失ってしまった。
勝ち目があるかわからない。勝てたとしてもそこで終わり。自分達が絶望的な戦いに挑んでいることを知ってしまった。




