第38話 魔界の秘密
シュウ達と別れてどれくらいの時間が経っただろう。魔界で僕らの常識が通用するかもわからず、ただただ真っすぐ歩き続けている。
「ねえねえ、誰も見てないから四つん這いになって歩いてもいいよね? 人間らしさを捨ててただのいやらしいメス犬に成り下がってもいいよね?」
「それで早く走れて大魔王を見つけられるなら許可する」
「うう……オウくん冷たい」
場を和まそうとしているのか、ただの変態なのか。もはやどちらでもいいくらい何もない。大魔王の手掛かりどころか本当に誰とも出会わないし刺客も襲ってこなかった。
「こうやってジリジリ削られるのが一番辛いかも」
魔王の力で身体能力が格段に向上しているとは言え、ただ闇雲に歩き続けるのは精神が削られていった。早くも心が折れかけていたその時、
「シュウくんの方に新しい匂いがでた!」
「もしかして大魔王?」
「……空気の匂い」
「え?」
突然カタワがおかしなことを言い出した。毒ガスをばら撒かれたりとか、そういう気配は感じられない。
「この魔界の匂いが少しだけ変わったの。それが人間みたいに動いてるっていうか」
「どういうこと?」
「私にもよくわからないよ! でも、匂いが増えたの」
カタワは変態だけど嘘をつくタイプじゃない。それも大魔王に関わる匂いの話だ。きっと有力な情報に違いない。
「シュウのことだから『俺様が大魔王を倒してやる』とか言って僕らを呼ばないかもしれない。カタワがいてよかった。助けに行こう」
「待って!」
カタワも二つ返事でシュウの元に向かうと思っていたので引き止められて戸惑ってしまう。
「あのね、オウくんなら負けないと思ってるけど、だけど、万が一ってあるでしょ」
肩を震わせ声を絞り出す。
「だから悔いが残らないように、四つん這いになった私を見下してほしいの。『こんな時に何やってんだ』って冷たい目で私を蔑んでほしい」
カタワからご主人様を要求されることは何度もあった。だけど今回は真剣さが違う。ここで断ったらそれこそどこかへ消えてしまいそうな、そんな決意が込められているように感じた。
「……わかったよ。これが最後だけど、僕ら絶対に大魔王を倒して元の生活に戻るから。こんなことをするのは魔界で最後だ」
カタワは四つん這いになると犬のように舌を出しハァッハァッと息を荒げる。この光景を見て正直どうしていいかわからない。何の行動も起こせずただ犬のように這いつくばるカタワを見下ろす。
「待って。この土の香り……まさか」
犬プレイで嗅覚がさらに研ぎ済まれたのか、カタワは土の匂いに反応を示した。
「地面がどうかしたの? モンスターのマーキング!?」
「ううん。違うの。土と空気の匂いが同じなの」
「そんなまさか」
地面に鼻を近付いてにおいを嗅ぐが、とても空気と同じとは思えなかった。
「人間の鼻でわかるような表向きの匂いはね。でも、これは土っぽい匂いを付けて誤魔化してる。この大地全体が空気と同じなんだ」
「匂いが同じだとして、それなら僕らは地面の中にいるの? それとも地面が空気でできてるとか?」
ここは魔界だ。僕らの常識で計り知れない現象だってありえる。
「さっきシュウくんの方に新しい匂いができたって言ったよね?」
「うん。カタワもよくわかってないみたいだったけど」
新しい匂いが生まれることと土と空気の匂いが同じことに関連性を見出せず困惑する。しかし、カタワの表情は真剣そのもの。犬プレイを自ら切り上げ頼れる側近の顔で僕に進言する。
「オウくん、大魔王の居場所がわかったかもしれない」
「え!?」
話の繋がりが見えないところから僕らが探し求めてるもの現れて、僕は呆然とする。
「きっと、この魔界そのものが大魔王なんだよ」




