第34話 目指せ大魔王城
「ごめんねー。わたし、この人達と一緒に行くからー」
あまり申し訳なさそうに感じは出していないが、怒って僕らに襲い掛かることもなく大人しく引き下がってくれた。
「全ての男を恨んで攻撃されるんじゃないかとヒヤヒヤしたよ」
「なぜかわたしの言うことは何でも聞いてくれるんだー」
チヨ自身は魅了能力に自覚がないらしい。無自覚にオークの群れを率いていたのだから本当に恐ろしい。
「それなら戦いは止められなかったのかい?」
「んー。オスの方はわたしの話を聞いてくれなかったんだー。人間の男は谷間を見せれば言うことを聞いてくれたのにー」
ぷにぷにと自分の胸を指で突きながら不満げに理由を語ってくれた。チヨの魅了が効かないなんて、それほど怒りの支配されていたのか。
「どうも怪しいな」
「え?」
「チヨとカタワがボクらと別行動しそうにはなったものの、大魔王の刺客みたいな者に襲われていない。シュウみたいに別の生き物として強くてニューゲームをさせるなら、もっと弱い存在にする選択肢だってあるはずだ」
なんとなく魔界という場所の雰囲気に流されて状況を受け入れていたけど、ナルの言うことも一理ある。大魔王が本気で僕らを始末するなら機会はあったはずだ。
「今は考えても仕方ないよ。ひとまず無事に五人揃ったんだし大魔王のところを目指そう」
「そうだぜ! どうせエンディングを迎えたら元の生活に戻るんだ。ああ……ロリ犬少女……」
チラリとカタワの方を見るが、肝心のカタワはプイっと視線を逸らしてしまう。やっぱりこの二人は趣味の方向性は合ってるはずなのに相性が合わない。
それにさっきからカタワの様子がおかしい。もじもじと何かを言いたげだ。
「カタワ、さっきから黙り込んでるけど大丈夫?」
「あのね……さっき言ってくれたよね。私のご主人様なら首輪を! リードを付けて!」
「いや、あれは、その……カタワを連れ戻すためのウソというか」
カタワは変態だけど忠犬なのでああ言えば戻ってきてくれると思っていた。案の定その通りになったけど、後のことは何も考えていない。
「ひどい! チヨちゃん、やっぱり男の子ってサイテー」
「これは放置プレイじゃないのー? ならわたしが」
チヨのたわわな胸にカタワの頭が吸い込まれていくと、僕は思わずゴクリとツバを飲んでしまう。
「あの光景を見ると魔界も悪くないな。なんて思ってないかい?」
「そ、そんな訳ないじゃん!」
ナルの指摘を咄嗟に否定してしまったけど、露出の多い格好をしてるチヨと犬姿のカタワが抱き合うなんて魔界でしかありえないシチュエーションだ。ほんのちょっとだけ魔界に来て良かったと思ってしまった。
「うー。やっぱり男子っていやらしい目で見てくるよねー」
「……ごめん。何も言い返せない」
これはもう男の本能だ。中学生だろうが魔王だろうが変わらない性質だというのは自分がよくわかっている。
「チヨちゃんの言う通りだよ。いやらしい目じゃなくて蔑みの目で見てほしい。ハァハァ」
「話がこじれるからカタワは黙ってようか」
「蔑みの……目」
「シュウも黙ってような」
どうにかカタワに気に入られようと努力するが、その目はどう考えても欲情のそれでドン引きはしていなかった。こんなにも変態犬を愛しているのに不憫だ。
「きっと元の生活に戻っても僕らはこんな感じなんだろうね」
「え!? 結局私は放置されるの!?」
「う、うん。魔王の力もなくしてもらうつもりだし、もうあんな無茶なことなできないよ」
「はあ!? 魔王の力なくなるのかよ」
一度目の魔王人生での後悔を二度目の人生で活かしたつもりではある。強くてニューゲームの正体がわかった今、この魔王の力はここでおしまいにするために授かったんじゃないかと思っていた。
「人間の中で暮らすならこんな力はない方がいいんだ。もちろんこの力があったからシュウ達と友達になれたけど、僕はそれで十分だと思ってる」
「……俺がまたお前をサンドバッグにするかもしれねーぞ。魔王の力がなくて俺に勝てるのかよ」
「この体格差だし負けると思う。だけど、シュウはもうそんなことはしないって信じてるから」
僕らは同じ人生を繰り返してるんじゃない。強大な力だけでなく、いろいろな経験を引き継いでいる。
「魔王の力が残るかはひとまず保留しておいて、元の生活に戻るためには大魔王を倒す必要があるんだろう? 勝算はあるのかい? そのショトレさんがわざわざ勇者だけでなく魔王を二人も用意したくらいだ、相当な強さだと思うのだが」
シュウと仲違いしそうになったところでナルが話題を大魔王に変えてくれた。こういうところはみんなをまとめる勇者っぽくて本当に頼りになる。
「僕がシュウと戦った時、シュウの魔力を吸い取って無力化したんだ。魔力の量が多いから時間は掛かったけど大魔王にも通用すると思う」
「その間、ボクらは大魔王を足止めすればいいのかな?」
「うん。できるだけ魔力を消耗させてもらえると助かる」
「そのまま倒しちまってもいいんだろ? ガチでやり合ったら俺の方が強いぜ」
中学生らしからぬ体格と魔王の力。この二つを持つシュウならもしかしたら大魔王だって倒せるかもしれない。
「ショトレさんは大魔王のエンディング条件を解除してるけど、大魔王自身が自分に『死』というエンディングを設定してる可能性があるんだ。だから、普通に戦って倒すのはリスクがあるんだ」
「オウが魔力を全部吸って、大魔王の力もエンディングも無しにするしかないってことかよ」
「すごーい。オウくんまるで勇者みたいー」
僕も魔王なんだけどチヨの認識では大魔王を倒す存在は勇者になるらしい。
「力の出所は魔王かもしれないけど、オウもシュウも立派な勇者だと思うよ」
「いいなー。うらやましいー」
「チヨとカタワだって勇者さ。戦闘力は低いかもしれないけどボクらには欠かせない仲間だ。そうだろ?」
「うん! 二人のサポートがないとすぐにやられちゃうかも……」
魔王を倒す自警団に身を置いていただけあって人間関係を円滑に進めるのがうまい。力に任せて好き勝手に暴れていた魔王とは大違いの人生経験だ。
「よし。全員の意識がまとまったところで大魔王の城を目指そうか」
「って、その大魔王の城はどこにあるんだよ」
「カタワ、何かそれらしい匂いは感じる?」
「……ごめん。なーんの匂いもしない。魔界って本当に荒れてるんだね。チヨちゃんが連れたオーク以外のモンスターとも出会わないし」
辺りは見渡す限りの荒野で時々岩が見つかる程度。果物が成る木はあるみたいだけど、それを誰かが食べている様子もない。
「……大魔王は『世界の死』をエンディングに設定している?」
「え?」
「いや、ひとつの仮説なんだけどね。世界が滅びたら別の世界で強くてニューゲームを始める。それが大魔王の狙いなのかなって」
どんなに強大な力を持っていても、誰もいなければその意味は薄い。一度も会ったことのない大魔王だけど、病弱な体で何度も強くてニューゲームを体験するうちに世界を恨んでもおかしくはない。
「もしそんなことができるくらい強い力があるなら、自分を変えることだってできるはずなんだ」
「オウが言うと説得力があるな。魔力を吸い取るなんてズルい手とはいえ俺に勝っただけのことはある」
「自分を変えて私のご主人様になってもいいと思うよ?」
珍しくシュウが良いことを言ったと思えばカタワは相変わらず。僕はこんな友達と一緒に過ごす生活に戻りたい。
「何も手掛かりはないけど今は進もう。自分から動かないと始まらない」
僕ら五人を大魔王の城を目指して当てのない旅を始めた。




