第32話 メスの頂点
最後に見た時よりも背が伸びて、全体的にさらに大人の印象をまとっているがあれは間違いなくチヨだ。モンスターに囲まれてはいるが、明らかに好待遇を受けている。
「ひとまず声を掛けてみる?」
「周りのモンスターが懸念事項ではあるが、動かないことには何も始まるまい」
「うーん、チヨちゃん。ずいぶんと女の子に好かれてるみたいだけど」
モンスターの大群自体は魔王二人と勇者、さらに有能な犬が不意打ちを防いでくれるので問題はない。それよりも気がかなりなのは
「なんでメスの頂点みたいな扱いなんだろ?」
僕が経験した一度目の魔王人生でチヨはどんなオスのモンスターでもその体で魅了できた。一方、オスをたぶらかす姿は人間、モンスターを問わず同性から反感を買っていた。
「チヨちゃん、男の人から身を守るために自分から攻めてるって言ってたけど、今の状況は平気なのかな」
僕にとっての二度目の人生でチヨの誤解は解けてクラスの女子達とも打ち解けられた。男子はスキンシップが減って残念そうだったけど、遠くからチヨを見つめるいやらしい視線は変わらなかった。
その視線が、女子達がチヨを守るきっかけとなり結束は強くなったようだけど。
「オウくん達はここで待ってて。私が行ってくる」
「それは危険すぎる!」
「モンスターに蹂躙されるロリ犬……いやいや、ダメだ! カタワじゃあの群れには勝てない」
シュウの口から欲望が漏れていたけど心配する気持ちは同じみたいだ。
「ボ、ボクはこの場合、どっちに扱われるんだろうか」
「ナルちゃんには申し訳ないと思うけど、私の鼻は男だって言ってる」
カタワの鼻は魔界で手に入れたもの。モンスターの能力に近いと言ってもいい。その鼻がナルを男と判定したのなら、モンスターはナルを男と認識するだろう。
「すまない。女勇者が一番活躍できそうな場面なのに……」
申し訳なさそうに自分の股間を見つめて落ち込むナルを誰も責められない。
「シュウ、何メートルくらいまでなら一秒で移動できそう?」
「お前が五百メートルって言うなら俺は六百メートルってところだな。オウよりも遠くまでいける」
「それは頼もしい魔王様だ。カタワ、僕らは一瞬で助けにいける位置で待ってるから。もしもの時は魔界中のモンスターを敵に回してでも助けるからね」
周囲の時間が一瞬止まる。僕、何か変なことを言った?
「……まるでプロポーズだよ」
ナルに冷静にツッコまれてハッとする。
「いや、そういう意味じゃなくて。危険な場所だけど安心してってことで」
「俺がカタワを助けるからな!」
「ははは。紅一点はモテるね」
「もう! からかわないでよ! あとナルちゃんは自暴自棄にならないで。女の子だって知ってるから!」
あやうく男女の泥沼にハマるかと思ったけど今は青春をしている場合じゃない。チヨと合流して大魔王を倒さないと!
「それじゃあ行ってきます。絶対にチヨちゃんを連れ帰ってみせるから」
カタワはモンスターの群れに向かって走っていく。ある程度距離ができたところで僕らも後ろから付いていく。
魔王と勇者の視力ならカタワとチヨの姿をハッキリと捉えることができる。集中し過ぎて背後からの不意打ちには気を付けないとだけど。
「あっ! モンスターがチヨに気が付いたみたい。チヨが手を振ってる。ひとまずいきなり戦闘にはなってないみたい」
「さすがカタワ。自分の戦闘能力が低いことをアピールすることで相手の闘争心を削いだな」
「そうなの?」
「すまない。適当なことを言った。だけど、すごい嗅覚を持っても中身は女子中学生。あのモンスターに比べたらザコもいいところだ。チヨがカタワに気付いてくれたのも大きい」
ナルの言う通り、チヨが友好的に接しているおかげかモンスターも大人しく待機している。
「チヨが神輿から降りたぞ」
「完全にチヨの仲間だと信じてもらえたようだ。これなら……」
カタワがチヨを連れ帰って、僕らが五人で大魔王を倒す。そして元の中学生活に戻るんだと考えた途端、カタワの表情が困惑の色に染まった。
「カタワのやつ、チヨに手を引かれて神輿に乗ろうとしてないか?」
「いや、カタワは断ってるようにも見える」
「待て待て! チヨに頭を撫でられてて、だんだん表情がとろけてるような……」
使命感を持っていたカタワが少しずつチヨに懐柔されているように見える。周りのモンスター達もそれを歓迎するかのようにはやしたてていた。
「まさかチヨはこうやって魔界中の女の子やメスのモンスターを配下にする気なんじゃ」
「オウの予想が正しいかはともかく、チヨならそれができそうなところが恐ろしい」
「いくら男が苦手だって言ってもオウは平気だったろ。大魔王に何かされてんじゃねーか?」
周りのモンスターの声がうるさくて耳を澄ませてもカタワとチヨの会話は聞こえなかった。どういうやりとりがあってカタワはチヨと一緒に行くのかさっぱりわからない。
「シュウみたいに大魔王に手を加えられてるのなら、大魔王を倒せば解決できるけど……」
「もしチヨ自身の意志なら……認めたくないが、ボクも含めた男子軍とは敵対することになるだろうね」
「はあ? それならチヨは無視して大魔王を倒せばいいだろ。そしたらもう一度強くてニューゲームを始めればいいんだし」
シュウの提案は正しいと思う。五人で倒すというこだわりを捨てて、強制的にエンディングを迎えればいい。
「チヨが率いるメスの軍勢と大魔王をボクらだけで相手するのは厳しいと思うけどね」
「それに、従えてるのがメスってだけで、チヨはオスも魅了できるんだよ。もしかしたらシュウは平気かもしれないけど、向こうにはカタワも付いてしまった」
「ぐぬぬ……貴重なロリ犬には手を出せねー」
戦闘能力が未知数の大魔王。それに加えて男を魅了して無力化できるチヨと、特殊な趣味を持つシュウの弱点とも言えるカタワまでもがチヨの手に堕ちてしまった。
チヨを飛ばしてナルと合流した三度目の強くてニューゲームは、より過酷なルートを辿っていく。




